重なる不撓
俺が右手を一気に握ると、人参が破裂すると同時に、それを刺していた鎌を破壊する。
呼吸を整え、太っちょ黒パーカー野郎に向かって走りながら、状況を確認する。
敵は放電する結晶らしきものに胸を貫かれ、身動きが取れないようだった。一方、少し遠くにいたツェルは光る剣で自身の体重を支えており、傾きながらも立っている。
細長い手が脇腹を押さえているのを見る限り、そこに殴打されたのだろう。
そして、目の前のデブ野郎。
俺が来る時間がもう少しでも遅かったら、その自慢の真っ黒なニヤケ顔に鎌の切っ先が貫通してたのだ。死が間近に迫っていたのにも拘らず、俺の方を見るなりヘラヘラとしながらポケットから包装を取り出す。
「……驚いたぜ。」
それを言う割に、心底驚いた表情に見えない。
「どうやって幻影魔法から抜け出したんだ?」
「……お前に言う義理は無いな。」
言ったところでどうなる。
俺は、ポケットに入れてあるロケットに触れる。こいつに助けられた。もし無かったら、永遠に幻影を彷徨っていたところだったかもしれない。
想像しただけで恐ろしい。
「ヘヘッ、冷てぇなぁ?教えてくれたっていいだろぉ?」
「うるせえ。」
そいつを軽くあしらって、敵である咲夜歌の黒い感情の権化を見据える。
「先にやる事があるだろ。」
サヤカの右腕から再び黒い鎌が生え、結晶を素早い振りで切る。胸に刺さった結晶はそのままに地面へ降り立つと、目の前にあった巨大な結晶が光りながら消え失せた。
「……そうだなぁ。」
半ば面倒くさそうに受け答えた黒パーカーが、包装からはみ出したバーガーをその大きな口へ全部入れた。
「じゃ、戦ってきてくれ。オレはアシストするぜ。」
一回噛んだだけで呑み込んだ口から出たその言葉に、苛立ちを覚える。そのことを悟られないように、そいつからサヤカに視線を移した。
「……」
鼻で深く呼吸する。手の中にあるロケットの感触から退くと、俺は不意を突くように走り出した。
サヤカに近づいたと同時にそいつは右腕の鎌を振る。刃は俺の体に刺さることはなく、鋭い音を鳴らしながら宙で止まった。
俺の意志が創りあげたバリアだ。
感情的な攻撃であればあるほど、これは絶大な効果を発揮する。
攻撃によって出来た罅割れを操作して、その部分をサヤカに向ける。と同時に、罅割れの中から光線を撃ち出した。
しかしサヤカは躱す。俺も、こんな簡単な攻撃が当たるとも思っていない。
相手の攻撃によってバリアに罅を入れさせ、そこから相手に向かって光線を放つ。この繰り返しだ。こうしなければ、安定しない。
サヤカの後方に人参を出現させて攻撃させることも出来ないことは無い。が、二つの事を思考することが苦手である以上、サヤカの方へまともに光線が放てなくなるのが目に見えていた。
そうなってしまったら負けだ。
無駄な思考は省き、目の前の素早い鎌の動きにだけ集中する。
「イミラ!」
ツェルの声が耳に届く。それのせいで集中が途切れた。
まるでそこを見計らったかのように、鎌の切っ先がバリアに触れる。
その瞬間、バリア越しに電気が持つ特有の痺れのようなものが切っ先から広がった。
結果、切っ先はバリアに触れることなく直前で止まった。
不意に、ツェルの方向から光る剣が、灰色の地面を滑りながら足元で止まる。
「それを使ってください!私も援護します!」
俺が剣の刃を踏み、宙に飛ぶ柄を掴んだ。再び視線を前に向けると、サヤカのその奥にいるツェルは黒く巨大な両手を生み出す。
その様子を横目で見ていたサヤカも、腕の鎌を二つに分離させた。
俺はツェルと目を合わせる。シルクハットの影で見えないが、確かに瞳が交わった。
次に、サヤカに突き刺さったままの放電する結晶に視線を移す。
ツェルの、その大きな手を使って結晶を打ってみてはどうだろう。その為には、ツェルを誘導する必要がある。
剣で防御しながら、時折バリアに接触させて光線を放っていく。少しずつ、ツェルが狙いやすい場所へと歩いていく。
と言いつつも、ツェルはそのことがわかっているかわからない。あの時の視線を合わせた時に汲み取ってくれているだろうか。
……結局、ツェルを信じるしかない。
迫る鎌の刃に剣の刃で迎え撃つ。互いに擦りあって火花を散らした後、俺は鎌の先端より少し後辺りにまで刃を滑らせると、鎌の刃を破壊させた。
サヤカを狼狽させるには効果的だったようだ。先端の零れた鎌を見るなり、先端を創ろうと集中し始める。
俺がここで攻撃しても、もうひとつある小さな鎌に遮られるだろう。ここは、巨大な手に任せるしかない。
再びツェルに目を向けた時、頷いてくれた。
狼狽している瞬間を無駄にしない。俺は横に避けて攻撃する空間を開ける。
その後、すぐに巨大な片手が握りこぶしをつくって、胸に刺さった結晶に向かって素早く殴った。サヤカは吹っ飛び、胸の結晶は刺さていなかった円錐の底までが背中を貫通していった。
上半身を上げたサヤカの胸に、円形の空洞が空いていた。変わらず無表情のままだったが、それでもどこか驚いたような瞳が空洞に向けられる。
邪魔なものは取り除いた。あとは、俺が持っている光る剣で心臓を突けばいいだろう。
アリアがそうやっていたんだ。それで間違いはないはずだ。
ツェルと合流したあと、黒パーカー野郎が軽々しくこっちに走ってきた。
「息の合ったプレイ、ナイスだぜ。」
「……ありがとうございます。」
ツェルは丁寧にお辞儀をした。
俺は黒パーカーのわかりやすい諂いよりも、サヤカに意識を向けた。
立ち上がったそいつは、胸の空洞に手をやる。黒が滴るそこが完全に黒くなって塗りつぶされると、空洞はなくなったように見えた。
突如、サヤカの背後から黒い翼が、羽を散らばせて広がる。そこから舞い上がった風が、俺の服を靡かせた。
「は、なんだよ、あれ……」
思わず口にする。
あの翼に言ったわけじゃない。
鎌や翼などに変幻自在な黒に対して言ったのだ。
それで空から攻撃するのか。
卑怯すぎやしないか。
翼が生えるということは、地上へ降りる気はないという事だろう。
攻撃が出来ないわけではない。問題なのは、どうやってあいつの心臓に剣を突き刺すか。
投槍の要領で投げるか?……そうだ。手ではなく、魔力でなんとか出来るだろうか。だが、その魔法を使いこなせていない事が次の問題になってくる。
人参だって、無闇矢鱈に放っているのがほとんどだから、当たれば幸運と考えていた。
……待てよ。そういえばあるじゃないか。
翼などなくても、相手と同じように戦える方法が。
サヤカは翼を使って高く飛ぶ。時間がない。すぐに攻撃が来る。
鎌が変形して無数に分離する。その一つひとつが、鋭い棘のように再び変形すると、その切っ先がこっちに向けられた。
と思えば、目の前が黒い何かで遮られた。驚いて上を見ると、目の前のものはツェルの操る巨大な両手だった。忽ち、棘が放たれる。
巨大な手に守られ、その攻撃を受けることはなかった。回り込んできた棘も、あの黒パーカー野郎の魔法なのか、あの放電する小さい結晶を棘の進行方向に出現させて妨害させていた。
今がチャンスだ。
「ツェル。この両手に乗ってサヤカに近づけられないか?」
「これを、ですか。……なるほど。」
意図を理解してくれたツェルは、巨大な両手から少しだけ頭を出す。
「タイミングが重要ですね。今のところ、豪雨のように止む気配がないですが。」
「わかった。タイミングを図って、俺が片手に乗ってサヤカに近づく。あとは俺に任せてくれ。上手くやる。」
その言葉に、ツェルは頷いた。
「なぁに二人で話し合ってんだ?」
俺らに近づく厄介者が、ニヤケ顔を滲ませて隣まで来る。しかし、俺の方を見ることは見ることはなく、背後の防御に徹している様子だった。
「……あいつに近づくために、この両手に乗るのさ。」
共に戦っている身である以上、作戦を言わないわけにもいかないだろう。仕方なくそう言うと、へぇ、とそいつは零した。
「棘の雨が降ってる中に一人で行く気か?」
「……」
そういうことにもなる。
だが……この光る剣でなんとかなるだろう。これを持っていると、力が湧いてくるのだ。
その感覚に誘われて、やり遂げられると感じてしまう。
「限度ってものを知ったほうがいいぜ。」
それを、払拭されるような言葉が耳に届いた。
「それでどうにかなると思って満身創痍になったら元も子もない。……だから、あれだ。悪いように聞こえるが、お前はこの雨を凌ぐほどの剣術があるように見えない。」
遠回しな言い方であることは分かったが、思考は答えを見つけられないでいた。
「……何が言いたいんだよ?」
そいつは、へっ、と口角を上げる。
「オレも手に乗って、お前を安全に攻撃させるし守ってやる。ダメか?」
……そういうことか。
そうならそうと、言えばいいだろうに。
確かに、今のこいつは降りしきる棘に完璧な防御を果たしている。こいつを頼るのは、正直なところ気が乗らないが、あいつを倒すためなら仕方がない。
こいつに、背中を預けよう。
「……ちゃんとやれよ。」
「まかせろ。」




