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幻影

 

 誰しも、知られたくない秘密や過去を持ってる。オレも例外じゃない。いっぱいあるさ。数え切れないほどな。


 まずは、この空間について知ることから始めようか。


 辺りには、漆黒しかない。それが、吸い込まれたオレらを閉じ込めているようだ。身動きはとれる。自分の姿は……おっと、オレは着ている服は黒いしそもそも体も影だから見えねえじゃねぇか。



 そんで、目の前には仲間らがいた。だが、様子がヘンだ。全員、おかしいんだが……どう言えばいいんだろうなぁ。



 犬っころのグラスは、ウサギのイミラに縋りついて泣いてる。壊れたラジオみたいに、ごめんなさいを繰り返しては強く抱き締めている。

 イミラの方はまったく無表情を変えないでいる。具を抱き返さずにだらんとさせた手の中には、ペンダントのようなものを握っていた。


 黒スーツのツェルというやつは、全身が燃えている。その横にいるエリサは、それに向かって手を握り合わせ、何かを祈っている。


 カボチャの三兄弟、カルダとナインドとアルタルスは、それぞれの楽器で何かを演奏している。

 バイオリンを演奏しているカルダの頭上に、数字の二が立っていた。トランペットを演奏しているナインドの数字は三。だが、ピアノを演奏しているアルタルスの頭上は、唯一何も無かった。


 ……なんだか、見てるだけで頭が痛くなってくるな。夢みたいで、意識がチグハグしてるような感じ。



 不意に、唸り声が聞こえた。それは、オレの腹の中からだった。



 ……こんなよくわからない状況になっても、オレの旺盛な食欲は御健在のようだ。とはいえ、腹が減るといういつもの感覚がしたお陰で、ここは夢ではない事を確信できた。食欲に助けられるなんてバカみてぇだけど。


 パーカーのポケットからハンバーガーを取り出してかぶりつく。一回くらい噛んで、何の足しにもならないそれを腹に収める。


 十数秒で食い終わって、もうひとつ取り出そうとポケットに手を突っ込んだ時、突然辺りが白み出した。仲間らが消えていき、ある場所が現れる。


 白い廊下。見覚えはある。が、記憶はうっすらとしていて思い出せない。


「……あ」


 振り返った拍子にあるものが目に入って、オレの低い声が更に低い声で発された。


「おはよ〜!」


 いつの間にか現れていたオレの昔の友……メイが、廊下の向こう側から走ってきた。


 ……なるほどな。そういう事をしてくるのか。ヤッカイだな。


 これは幻影魔法だ。心の底を映し出したりする魔法だが、オレには効かねぇ。隙を生ませようとしているんだろうが、こんな幼稚な幻影に引っかかるほど能天気に生きてきてねぇっての。


「今日もいい天気だね!ボクらの研究室にはいつ来るんだっけ〜?」


 ただ、とても精巧に創られてやがる。まぁそんなの、俺の前にすれば塵も同然だが。これも長生の賜物だろうな。

 一回呼吸して、意識を立てる。今ばかりは、目の前の脅威に対しての意識をハッキリさせておくべきだ。


「なぁメイ、手ェだしてくれ。」


「え?……またいつもみたいにニヤけてるし、変なことしないでよ〜?」


 メイは渋々しながら右手を出してくれた。


「あ、左手で頼むぜ。」


「そ、そう……?」


 幻影だとわかってても、こういう事はあまりしたくねぇなぁ。メイが相手だと尚更な。……いや、あいつらより妥当か。

 むしろ、こういう軽い関係だからこそだな。


 左手を出したメイの手首を左手で掴んだ。…………そうして、思いっきり引いてやった。メイの体がこっちに傾くと、腹を膝で蹴る。


 え、と驚いた様子の声が聞こえる。握った左手はそのままにして、右手はメイの肩を掴んで脚をちょっと開く。そうして、力いっぱいに白い壁へ放り投げた。



 ぶつかったメイや壁、地面さえも割れ、黒い空間に投げ出された形で突っ伏している咲夜歌が現れた。こいつは、もう一人の咲夜歌だな。左腕が鎌みたいな形になってるからわかりやすい。



 すげぇ巧妙な幻影魔法だった。この咲夜歌はメイに成り代わっていたのに、左腕を掴んだ時は何のヘンテツもなかった。

 腹にケリを入れたときの感触も投げ飛ばすときの重さも、メイとこいつと比べたらかなり変わるはずなのだが。



 目の前にいる咲夜歌がゆっくり起き上がる。こっちに向けている目が、ギモンで濁っていた。


「オレに幻影は効かないと思っておいた方がいいぜ。万物の真偽が見分けられるんだ。どんなに巧妙な幻影でもな。……幻影に限った事でもねぇけど。」


 佇む咲夜歌は、ただ言葉を聞きながら口で深呼吸を繰り返し、こっちを睨みつけていた。


「ここは、穏便に済まそうぜ。オレは体を動かすのは苦手だし、お前もそんなボロボロな体じゃロクに動けねぇだろ?」


 変わらず、睨み続けてくる。


「わかったわかった、じゃああれだ」


 仕方なく、ポケットから包装されたバーガーを取り出した。それを、口の前には持っていかず、咲夜歌に向かって持つ。




「バーガー食うか?」




 すると、咲夜歌は急に動き始めて左腕の鎌でオレの首を切り裂こうとした。が、間一髪創った光る刃で防くことができた。


「ッ……いきなり動くのは反則だろ。」


 そんな不満を漏らしたところで咲夜歌の攻撃が鎮まるはずもなく、あれを皮切りに次々とその大きな刃で裂こうとする。


 後ずさりしながら、それを光る刃で凌ぐ。攻撃が素早く、こっちが攻撃に転じる隙はない。そんな状況でも、ひとつ分かることがあった。

 咲夜歌の攻撃は絶対に当たらないと確信していた。これは慢心でも傲慢でもない、技量と経験の差で分かるカクジツセイだ。


 とは言っても、ずっとこれを続けているわけにもいかないな。


 ふと視界の隅っこに光るものが見えた。遠くぼやけているように見えて、オレが創った刃ではないようだった。

 鎌の刃先を捕らえて、一旦攻撃の雨を止ませることにした。



 そこに目を向けた。すると、アリアが持っていたはずの光る剣を持ったツェルが佇んでいた。



 *



 体中に痛みが走っていた。主に背中から、全身に染み渡るように広がっている。

 目を開けると、目を開けたかさえわからないくらいの暗闇が開けた。


 ふと手に冷たいものが触れる。そこに目をやると、もうひとつ、手があった。何やら、赤い血が出ている。手首の斑点のような複数の傷口から流れて、黒い地面に流れていた。

 そこから、顔へ視線を移すと、顔が蒼白して目を瞑った咲夜歌が映った。


 途端、私は脳がフラッシュバックを起こしたかのように直前の記憶を思い出した。



 そうだわ、私はあれに吸い込まれて……



 この様子だと、咲夜歌も吸い込まれてしまったらしい。イミラや、他の皆は無事だろうか。

 その心配が重りになって、仰向けになっている私を押し潰さんとしている感覚に陥る。


 予期しない状況になってしまった。これからどうすればいいのだろう。

 咲夜歌から黒い感情を排除するところまではよかった。しかし、次はそいつが生み出したであろうこの空間に閉じ込められた。


 私はこのまま餓死してしまうのだろうか。その前に、あいつが来て、復讐と言わんばかりに私の心臓を突き刺すのだろうか。




 ……違う。




 こんな何も無い空間で終わる、そんな徒死で終わるわけにはいかない。……それだけじゃない。

 隣には衰弱しきっている咲夜歌がいる。この娘は、ただ悲劇的な運命を辿ってしまった、ただの健気な少女よ。私ならまだしも、この娘がここで死ぬなんて、私が許さないわ。


 上半身を起こし、辺りを見渡す。背後に、私が意志で創っていた光る長剣が横たわっているのが見えた。手に取ると、力が湧いてくる、そんな感覚を覚える。


 感情的な重りを翻すように立ち上がる。


 辺りを歩き回ってみようとした瞬間。



 顔に衝撃が走った。



 目の前を見ても、黒い空間しかない。確認するように、手を前に出す。


 すると、そこには壁があった。空間と同化し、全く気づけなかった。

 ここが空間の端らしい。視線を下にすると、握った光る長剣が目に入った。


 ……これで空間を壊せるだろうか。


 博打の選択だが、やらないよりやった方がいいだろう。私は柄を両手で握り直し、長剣を振り翳すと壁に突き刺す。


 見事に壁は剣を迎えるように刺さってくれた。今度は握った手に力を込め、下げていく。すると、突き刺して空いた隙間から見覚えのある雪道が覗いた。



 ここから出られるかもしれない……!



 その思いに駆られ、更に手に力を込める。人が一人通れそうな程の小さな穴を長剣でこじ開けると、長剣を一旦置き、外に出る。

 雪を踏む感覚が、私の靴裏から広がる。


 間違いない。ここは吸い込まれた場所。


 私たちを吸い込んだ後、巨大な空間を創り出したのだろうか。……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


 再び黒い空間に入り、咲夜歌の背後から両脇に手を入れる。そのまま、滑るように外側へ運んでいく。

 咲夜歌の半身が外側へ出たところで、急に穴が閉じ始める。


「あぁ……!!」


 思わず声を漏らす。不意の出来事に驚愕しながらも、足を素早く動かし、早急に咲夜歌を手前に投げるように運んだ。


 それが功を奏し、下半身から何も無い咲夜歌にならずに済んだ。

 だが、勢い余って咲夜歌が覆いかぶさってしまう形で倒れ、胴体が雪で冷たくなった。


「……はぁ。危なかったわね。」


 私は冷たさで凍える体で咲夜歌を優しく押し退()けると、背負うように持ち上げた。


 咲夜歌をどこかで休ませてあげないといけない。水も飲ませた方がいいだろう。そう考えると、一つ適当な場所を思いついた。

 グラスとイミラが住んでいた家だ。


 そこならここから近い上に暖炉もある。そこのソファの上に寝かせれば、きっと良くなるだろう。


 その家へ向かう前に、振り返る。


 皆がいないということは、これに吸い込まれてしまったのだろう。心配だが、私にはどうすることも出来ない。

 あの光る長剣は、あの中に置いてきてしまったからだ。時間が経てばもう一度創れるが、それがいつになるか分からない。


 私は、誰かがうまくやってくれている、そう信じて、足早にあの家へ向かった。



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