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乖離

 

 私は、前方にいる咲夜歌(さやか)に向かって手を翳す。


 感情に蝕まれてしまった貴方を助けるわ。この意志で。


 無から現れた柄を握る。そのまま手に力を込め、まるで引き抜くように、その柄を引き上げる。

 現れたのは、光輝く長剣だった。これは魔法ではない、自身の意志を糧に創り出される武器だ。感情に対抗できるものはたった一つ、意志に他ならない。


 剣を振り、後方の仲間を護るためのバリアを張る。そして、刃を咲夜歌に向けた。


 咲夜歌は、無表情というより、無感情な表情で私を見据えている。冷酷で残酷なものを宿している瞳が、逃がさまいとでも言うかのように私の様子を窺っている。



 たちまち、私は走り出した。


 すると、今までずっと隠していたのだろう、いくつもの黒い刃らしきものが咲夜歌の背後から飛び出し、私へ放たれる。

 私は柄を握りしめ、刃を幾度も弾き飛ばす。咲夜歌の目の前まで走ると、切っ先が胴へ当たるように剣を振り上げた。


 黒い大鎌がそれを止めた。しかし、咲夜歌の右肩から生えたようにあるその大鎌の刃に、腕が痛くなるほどに力を柄に込めてもう一度剣を振り上げる。



 金属の割れる音が耳に届いた。



 剣が大鎌を貫通させ、割れたその刃が宙を舞う。咲夜歌の瞳が自身の大鎌に向けられる。まるで、信じられない、とでも言っているかのように、隠しきれない驚きが表れていた。

 その隙、僅か一瞬だったが、私はそこを付け入る。柄を逆手に握り直し、心臓目掛けて振り下ろした。




 見事、心臓を突き刺せた。


 背後から、咲夜歌の名前を呼ぶ声が聞こえた。声からして恐らくキュウイだろう。咲夜歌を殺したと勘違いしているのかもしれない。


 心配は無用。咲夜歌を助けるのが目的なのだから、殺すなんて事は絶対にありえない。殺すのは……いえ、排除するのは、その黒い感情だけ。


 私は、もう一度柄に力を込め、引き抜く。すると、咲夜歌と咲夜歌に憑依していた黒い感情が乖離した。

 咲夜歌は力なく仰向けに倒れる。一方、咲夜歌の形をした感情は心臓に剣が刺さったまま、私は柄を脇腹に持って来て、それを勢いよく蹴り、前方に飛ばした。


 急いで倒れた咲夜歌のもとへ走る。


 ……息はしている。ただ、とても弱々しい。衰弱しているのだろう。


 咲夜歌を抱えようとすると、前方にいた感情が立ち上がる。顔が歪み、剣を突き刺した心臓部分を右手で抑えながら、大きく裂けた口から咆哮が私の耳を劈いた。


 左腕のの黒い大鎌が、肩から体を蝕んでいく。やがて全体が覆われると、一つの大きな黒い球体に変わり、空中に浮き始めた。


 そこから、波紋のようなものが広がった途端、球体が割れる。




 風が発生した。


 追い風だ。ただ、これは自然現象で吹いた風ではないことは火を見るより明らかだった。




 目の前にあるのは、喩えるならブラックホール。漆黒が、全てを吸い込んでしまうような強風を発生させたのだ。

 積もっている雪も、冬木も、その漆黒に呑まれる。私も、こんな近距離にいればいつ吸い込まれてもおかしくない。


「アリア!!」


 背後から微かに聞こえた声に、思わず振り返る。いつの間にか消えていたバリアと仲間の表情が目に入る。


 グラスの横にいるイミラ。先ほどの呼び声は貴方だということに、今気がついた。私は、咲夜歌を抱えて立ち上がった。



 しかし、その瞬間、足が地面から離れたのを感じた。



 *



 その瞬間に気づいた途端、思わず走り出してしまった。


 アリアが吸い込まれてしまう……咲夜歌もそうだ!


 とにかく、手を伸ばして走った。吸い込む風の影響で、幸か不幸か足が速くなる。

 そうして掴んだのは、咲夜歌の手だった。とても冷たい、白い手だった。気絶しているのだろうか、顔面蒼白のまま目を瞑っている。



 アリアは、どこだ!?



 最悪の場合が頭を過る。あのブラックホールの奥を見据えようと首を傾げた時だった。



 咲夜歌の足を掴む手が見えた。辿ると、アリアだった。



 こうなってしまったら、時間の問題だ。アリアに筋力があるか分からないが、今回ばかりは火事場の馬鹿力を期待するしかない。


 だが、そんなことが簡単に起こるはずもなかった。必死に掴む俺らを嘲笑うかのように、俺の足が地面に食い込んで行きながら、ブラックホールへ滑っていく。


 強く掴んでしまっているためか、咲夜歌の手首が赤くなっていた。さらに、俺の爪が食い込んだせいで小さな傷口から赤い血が風に従うように流れていた。

 俺もそうだが、咲夜歌ももう限界なのかもしれない。腕と脚が同時に引っ張られているのだから、痛くないわけがない。




 不意に、ブラックホールが大きくなった。それと比例して、吸い込みも強くなる。


 無表情ばかりのアリアが、珍しく苦しそうな表情を浮かべている。今にも手が離れてしまいそうだった。



 その予想が、当たってしまった。



 アリアの手は限界に達し、咲夜歌の革靴を滑りながらブラックホールに吸い込まれてしまった。


 次は、咲夜歌が吸い込まれていく。手を掴んでいた俺も、足が浮いていった。

 こんな状況でも、俺は仲間の様子を見るために振り返る。すると、俺を助けようとしているのか、こっちに走って来ていたのが見えた。


 まずい……これでは全員吸い込まれる……!


 そう思いながらも、俺は咲夜歌の手を取るのに必死で、まともに口を開けられず、逃げろと叫ぶことも出来なかった。


 俺は結局何も出来ず、咲夜歌の手を離さないまま、吸い込まれてしまった。



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