残酷
「わぅ!!?」
ボフッ
みんなと転移した僕は、鼻が思いっきり地面に当たっちゃった。だけど、鼻は痛くなかったし、地面がとても冷たいけど柔らかくて、鼻が曲がっちゃうようなことは起きなかった。
手をついて、立ち上がる。鼻や服に付いちゃった雪を払い落とす。……あれ?ゆき?
辺りを見渡すと、起き上がる仲間のみんなと、見覚えのある街並みが広がってた。ここは、イミラと僕が住んでいる街だとわかった。
けど、いつもと違う様子だった。
街のみんなが……死んでる。
血を流して、雪を赤く染めて、痛みで顔がおかしくなった状態で倒れてた。
思わず、口を抑えた。視界の隅でイミラが心配そうに見てくれていたのは見えたけど、今の僕は、目の前の……死んでるみんなに釘付けになってた。
一緒に雪合戦したり、道に迷った時は案内をしてくれたり、僕に温かく接してくれた人達が、目の前で、死んでる。
僕の鼻に届いた死んだ臭いが、喉の奥から酸っぱいものを引っ張りあげる。同時に目が熱くなる。
急いでみんなに背いてしゃがむ。目を瞑って、溢れ出す涙と酸っぱいものを抑え込もうとした。
「兄貴!大丈夫か!?」
イミラが声をかけてきた。だけど、その声はくぐもってて、よく聞こえなかった。
背中に何か温かいものが当たる。僕は、イミラの手が僕の背中をさすってるんだと思った。
イミラにこんな僕を見られたくなかった。けど、僕の背中をさすってくれてるイミラの優しさに、気が緩んじゃう。
「……アリ……、あ…………せ………!?」
イミラが何か言ってたけど、今度は本当に何も聞こえなかった。イミラと誰かが話してる。でも、やっぱり聞こえない。僕は、ただ抑え込むのに必死だったから。
ふと目を開けると、ぐにゃんとした視界の中に、ヘンなのがあった。涙が離れ落ちて、少し元に戻った視界になると……アリアがさっき出してた、空間とかいうものが僕の顔の正面にできてた。
鮮やかな色で、ずっと見てると嫌な気分になる。だけど、多分それと関係なく、喉の奥からどんどんアレが這い上がってくる。
ああ、ごめん、イミラ。
*
「ありがとうアリア。空間を出してくれて。」
「……これくらい、どうってことないわ。」
アリアは兄貴を見ないようにしながら、腕を組む。あと少しでも空間を創り出すのが遅かったら、兄貴のが雪の地面に流れてしまってたからな。空間様々だ、本当に。
俺は、兄貴の背中を摩りながら、辺りを見回した。
それにしても、惨い。影族が殺られていた場所より最悪だ。真っ白の雪に大量の赤い血が染まって、苦しみながら死んだのがわかる。大勢の獣人族や骨種族、自由形体族の顔が歪んでいるのがそれを物語っている。
油断すれば、俺も兄貴のように吐いてしまうだろう。
「なぁ、俺もいいか……」
カルダも、両手でカボチャ頭の口を抑えながらアリアに空間を要求した。アリアは何も言わずに空間を創り出す。
ありがとう、とカルダは掠れた声で感謝する。その後、空間に向かって流した。
その隣で、目を手で覆い隠しているナインドは、アルタルスに縋りながらすすり泣いている。そんなナインドを、アルタルスは自身の大きな体で優しそうに包んでいた。
その横を見ると、露骨に青ざめているエリサと普段通りに見えるツェルが話し合っている。
「お嬢様、無理をなさらないでください。目を瞑っておいた方がよろしいかと……。」
「……これくらい、どうってことないわ。ここまで来たのだから……この光景から目を背くことも瞑ることもしない。」
そう強情を張って腕を組むエリサだが、青白い顔はそのままだった。焦茶と橙が交互に生えている太い尻尾は、重力に従って力なく垂れ下がっている。
ツェルは、強情を張っているがわかっているのだろう、白い手袋をはめた細い手がシルクハットの影で見えない顔に埋まる。
アリアに目を向けると、キュウイと二人で囁きあっていた。というより、ここからだと少し距離が遠く、話し声が聞こえなかっただけなのだが。
お互い、真剣な面持ちで話を聞いているようだ。
都市へつづく道のりに視線を移すと、ツエルバが蹲っていた。頭しか無いから、一見して蹲っているのかわからなかったが。
被っているカンカン帽を手で深く被り、すっと黙っている。震えている口は固く結ばれ、怯えているように見える。
また辺りを見回す。すると、近くにいたエルダートが俺の近くにある死……遺体の状態を確認しはじめた。
「腹部に斜めの深い切創、倒れたところで心臓を刺突、といったところだろうか??
咲夜歌が剣術に長けていたかどうかは分からないが、素人の所業でないことは確かだ……。これらは、本当にあの優しい咲夜歌が殺したのか……甚だ疑問に思うぞ……?」
独り言を発するエルダートは、骨種族だから、本来、顔に表情というものはさほど表れないのだが、こいつの場合はかなり分かりやすかった。
眼球の無い眼窩は、まるで本物の目のように。眉間にはシワのようなものが寄っている。
今の表情は、まさに疑問そのものだ。
不意に兄貴が咳をした。いつの間にか背中を摩ってなかった手を再び摩り、兄貴の顔を窺う。
「大丈夫か?」
苦しそうに呼吸を整えながら、兄貴は溢れ出した涙を腕で拭う。尻尾も耳も垂れ下がりながら、俺に目を向けた。
「ゴメン、イミラ……。世話を焼かせちゃって……」
「気にすんなよ。……兄貴の為なら、できる限りのことはするさ。」
兄貴は俯いて、小さな溜息と混じって笑みが零れる。
「……僕、いっつもイミラに助けられてばかりだよ……」
「…………」
顔を上げた兄貴は、ゆっくり深呼吸をすると立ち上がった。俺も、兄貴の背中に置いた手をそのままに立ち上がる。
「気にしなくていい。俺が兄貴を助けるのは、兄貴は俺の命の恩人だからさ。……助けられたから、助ける。当然のことだろ?」
「そう……そうだけど…………」
釈然としない表情で再び俯く兄貴。
なんだって、あの時に助けてくれなかったら餓死してたかもしれないんだ。それ相応の対価を支払うのは俺にとって当然のことであり、兄貴がそれを気にすることは一切無い。
「でも……」
そう零しながら、兄貴は俺を見る。しかし、その目は、俺を見ていながらも、その先の俺ではない誰かを見ている気がした。
「また……イミラが死んじゃうよ……」
「……また?」
また、という言葉に違和感を覚えた直後だった。
「ロマンチックだなァ見つめ合うなんて、これからキスでもするのか、お二人さん?」
突然、リーロディヴが割り込んできた。
兄貴が驚いてそいつを見たが、俺はただ睨むことしかしなかった。本当は今にも脳内花畑を更生させるために殺してやりたいが、兄貴の前でそれは気が引ける。
「お〜カムダウンカムダウン。冗談に決まってんだろウサギさん?そんな目で睨むなよ?」
「…………」
勢いに任せてこいつに何か言ってやろうと思ったが、やはり兄貴の前では、それは出来ない。だが、内側に秘めた殺意は、いつでも殺せる、とでも言うかのように破裂寸前の状態だ。
だから、花畑に火種を撒き散らすように、俺は都合のいい言葉で警鐘を鳴らす。
「次、俺の前へ現れる時に、そのねじ曲がった性格を治しておくんだな。」
これを聞いても尚、こいつはニヤけた表情を崩さない。
ふと、黒いフードの奥の赤い瞳が一瞬だけぼやけた。
「……オレは、オレ自身に誇りを持ってるぜ。」
すなわち、自身の性格を治さないつもりなのだろう。自身に誇りを持つのは別に悪いことじゃないし、むしろ良いことだ。
だが、こいつの場合は別だ。
どんな誇りかは知らないが、相手をわざわざからかいに行く誇りなんてものは持たない方がいいだろう。
兄貴の手を取って、そいつから離れようとする。
「……行くぞ。」
「え、う……うん……」
行く宛なんてどこにもないが、とにかくその場から離れる。
……どうせなら、アリアのいるところへ行こう。見ると、既にキュウイとの話も終わっているようだ。
「アリア。」
俺がそう呼んだ瞬間。
俺とアリアを挟んで、一本の青白い光線が走った。運ばれた風が、アリアの黒髪と俺の被毛を靡かせる。
光源を辿ると、この街から離れた場所にあり、俺の記憶の中にあったものとそれが合致した。
あの光線は、俺の……
たちまち、光線は罅の入った空に吸い込まれる。光源の場所からはドーム状の小さく白いものが見え、辺りに爆発音が響き渡った。しばらくして、その白いものは空気に溶けて消え入っていく。
アリアに視線を戻すと、それに見入っていたようだったが、やがて口を開けた。
「まさか咲夜歌……!?」
その言葉を放ってすぐ光源のあった場所へ走る。
「お、おい待てよ!」
俺の制止を脇目も振らずに走っていく。俺は振り返って、皆を見た。
誰もが、あの爆発らしきものや走っていくアリアを見ていたのだろう。放心したり困惑する表情がありありと表れていた。
「皆、アリアに着いていくぞ!」
つい発してしまったが、俺のその声で、皆はすぐに我に返った。
俺らは、走るアリアに置いてかれないように着いて行く。
それから少し経ち、立ち止まったアリアと俺らは、おぞましい光景が目に入った。
地面に落ちているもうひとつの俺のパーカーを見つめている咲夜歌がいた。ただ、咲夜歌は、俺の思っている咲夜歌とは全く違う姿に成り果てていた。
服全体には明らかな血痕が付着し、服の腹部にあたる部分は斜めに切り裂かれていた。
そして、何より、左腕が……咲夜歌自身からでは右腕だが、まるでひとつの大きな黒い鎌のような形をしている。
この様子の咲夜歌を見て、どう考えても、ある結論に辿り着く。
ヴァルダド半島の影族が殺られていたのも、俺と兄貴が住んでいる街の住人が殺られていたのも、咲夜歌がやったものだと。
「やっと、見つけたわ……!」
アリアは走り疲れて息を整えながら、そう呟く。すると、その声が咲夜歌の耳に届いたのか、ゆっくりをこちらを向いた。
しばらく皆は対峙していたが、不意に向こうは不気味に音もなく笑いはじめた。
そこにいるのは確かに咲夜歌だった。
だが、咲夜歌ではないことも確かだった。




