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記憶複製装置

 

 皆がその名前を聞くと、一斉に首を傾げた。私は続けていく。


「言葉通りよ。装置に発生したゲートへ入った人の記憶を複製し、辿り着いた場所に複製した記憶を創り上げる。

 つまり、ここは咲夜歌(さやか)の記憶が創り出した世界という事よ。私達が入る前にいた世界とは、全くの別物なの。」


 納得しているのかしていないのか、あまり反応を見せない仲間。

 結局のところ、これらも憶測に過ぎない。今ある知識を振り絞って出した、答えだ。


 次に私は、空の罅割れと咲夜歌の状況について説明しようとする。


「罅は、本来辿るはずだった運命が変わると出現するのだと思うわ。変われば変わるほど、罅は広がっていく。そして、その原因が今の咲夜歌。

 感情に侵され、殺戮を繰り返して、無数の運命を破壊し、変えてしまう。そうして、罅は広がっていくの。」


「最終的に割れたらどうなってしまうんだ?」


 アルタルスが聞き出した。私は数秒考えた後、それに答える。


「残念ながら分からないわ。さっきも言った通り、これらは憶測でしかない。私に質問しても、望み通りの答えが返ってくると思わないで。」


 そう、分からないの。


 咲夜歌が感情に侵された理由も。罅が広がっていく理由も。

 無数の可能性から考え出した、一番有り得るかもしれない可能性を提唱しただけ。疑いだせばきりがない。


「でも、もしこれらが本当だとするなら、私達も気をつけなければならないわ。運命の破壊によって罅が割れたら、どうなるかわからない。」


「気をつけると言ったって、どうやって気をつければいいのだろう??」


 エルダートが独り言のように呟く。その問いには答えられそうだと、私はすぐに口を開ける。


「私達はこの世界では部外者。本来無いものが有るのだから、死体や物、石ころでさえ動かしてしまったら、何かの拍子に運命が変わってしまうかもしれない。

 転移魔法も、どの魔法もそれに入るわ。魔力の放出によって、魔力を保っている場所の魔力量が崩れてしまう可能性がある。確率的にはかなり低いけれど。

 注意を払っておいた方がいいわ。あの罅が割れても、絶対に良いことは起きないと思う。」


「……なんだかよくわかんねえけど、とりあえず運命を変えないように行動するってことだな?」


 アルタルスの問いに、私は頷いた。


「タイムパラドックス?」


 意外な言葉を知っていたツエルバが、小さな手を顎に添えて考えていた。


「それとは少し違うかもしれないわね……」


 ここが過去という確証がない。もしそうであるなら、因果律に矛盾が生じて、私達がさっきまでいた世界がその結果に応じて改変される……はずである。

 その先を考えようとして、イミラが口を挟んでくる。


「それだったら、咲夜歌に殺された俺らは何故ここに立っているんだ、ってことになってしまうな。」


「オレらが殺された確証がないのにか?あまり先走られちゃ困るぜ。」


 イミラの言葉に、リーロディヴが衝突してきた。二人は互いに睨み合い、主張を激しくしていく。


「殺されていない確証もない。目の前の死体が見えないのか?これじゃ、無差別に殺されてそうだろ?俺もお前も。」


「そんなこたぁないだろ。案外どこかに隠れてるかもしれねぇぜ。」


 この二人は以前から良い関係ではないことは承知していたが、予想以上に火花を散らすようであった。

 リーロディヴはフードの奥の変わらないニヤけ顔のまま、イミラを見据える。


「この状況を楽しむ、は、やりすぎにしても……殺されただとか死体だとか言わずに、楽観的に行こうぜ?ウサギさん?」


「…………」


 イミラが黙ってリーロディヴを睨んでいたが、やがて深い溜息を吐いた。同時に視線はリーロディヴから外され、腕を組んで不機嫌そうに再び黙り込んだ。


 一方、自ら喧嘩の火種を鎮火させたリーロディヴは、へへっ、と乾いた笑いを漏らす。その影のように黒い手が、黒いパーカーのポケットに入っていた新しい包装を取り出す。そうして、包まれていたハンバーガーを食べはじめた。

 一口で三分の一程度にそれが無くなっていく。


 そんな大食らいの様子を見ながら、ツエルバの言ってくれたタイムパラドックスについてありえない話でもないと私は考えた。


「タイムパラドックス、ね。これもまた、可能性の一つとして考えましょう。」


 こう言って、私はイミラを見た。


 複雑な表情が浮かんでいた。リーロディヴと喧嘩したからではないだろう。今のこの表情は、私がああ言った直後に浮かんだものだったから。

 他の仲間は、私の提唱した説やタイムパラドックスについて未だに理解が追いついていないのか、神妙な面持ちで空を仰いでいるのが大半だった。


「……とりあえず、さ」


 不意にキュウイが口を切った。呆れたような、疲れたような感じが骨の表情に浮かんでいるように見える。


「咲夜歌を探そう。早く咲夜歌にあ……見て、その……咲夜歌を確認したい。無差別に殺戮をしているのかしてないのか。」


 皆は、その言葉に同意するように頷く。


 そう言ってくれるのはとてもありがたい。とは言え、この絶望のような状況で生き抜いていけるか不安だという気持ちも少なからずあるだろう。そう思っている人の為に、私は警告することにした。

 隣の空間に、元の世界へ帰れる空間を創り出す。


「そう言ってくれるのは本当にありがたいわ。でも、皆の目の前にあるこれら。……咲夜歌が殺したかもしれない。

 咲夜歌に殺されたくない、そもそも死にたくない、そう思うなら、この空間から元の世界へ帰れるわ。今のうちよ。ずっとこれを開けさせることはできないから。

 どうする?」


 皆は動かなかった。意志は固いようだ。皆が各々の顔を見合わせ、覚悟を決めている。

 そこに不安、後悔、そういったものは多少感じられつつも、仲間の結束力にそれらは塵芥も同然のようだ。


 面白いものが見れたわ。少女一人のために、こんなにも結束が固くなるものなのね。なら、私も、皆を信じよう。

 もとより信じていなかったわけではなかったが、こんな結束力を魅せられては、信頼というものが無意識に厚くなるものである。


 私は、隣の空間を閉じた。


「意志は固いようね。いいわ。咲夜歌がいるかもしれない場所の近辺へ転移しましょう。」


 すると皆は驚いたように私を見る。


「転移するのか!?さっき、転移も運命を変えるって……」


「ええ、言ったわ。」


 アルタルスの言ったことは何も間違っていない。

 しかしながら、魔法を発動したところで運命が変わってしまうのは、例外を除いて、確率的にかなり低いのである。転移魔法といったものなら尚更そうだ。


「それでも転移するのは、皆の固い意志を無駄にしないためよ。今はきっと、時間も猶予もない。しかし、いつまでもそれに怯えている場合ではないわ。大胆不敵に行動するのも、咲夜歌を救う手段の一つ。」


 皆は、納得したように頷いた。私は皆の方へ手を伸ばし、掌を広げる。


「でも、一つだけ約束してほしいことがあるわ。……これから立ち向かっていく道は決して平坦ではない。 大胆不敵に、とは言ったけど、私達の敵は誰なのかを見極めて行動して。……もう、私達だけの問題ではなくなったから。」


 静かな空間が辺りを支配する。ほどなくして、イミラが前へ出て私の手を握った。温かく、イミラ自身の手であることを実感する。


「もとより俺はその為に行動してたさ。……皆もそうだろ?」


 振り返ったイミラは、仲間を見据える。


 ……相変わらず、イミラは助け舟を出すのが得意だ。


 各々、覚悟の言葉を一つひとつ重ねていく。咲夜歌を助けるという一筋の光に向かって、私達は走っていくのだ。

 予測不可能の未来で、確実を掴み取るわ。たとえ、この身がどうなろうとも。




 咲夜歌の救出より先にある、黒い何かさえも、私は見据えてやる。




 私は、仲間全員が私の手や腕を触っているのを確認すると、転移した。



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