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罅割れた空

 

 極彩色の空間から抜けた先は、黒い街並みが広がっていた。仲間の全員が空間から出ると、たちまち空間は消え入った。


 見上げると、夕日か朝日か分からない空が広がっている。そしてそこには、罅が入っていた。かなりの大きさだ。


 ここはどこだろう、あの罅はなんだ、などと言っている仲間達に、リーダー的存在のアリアが仲間に振り返った。


「ここはヴァルダド半島の街ね。……そうでしょう?イミラ。」


 アリアは変わらない無表情で俺に視線を向けた。


「ああ、そうだな。」


 なぜアリアは俺に真偽を聞いたのかは分からなかったが、ここは間違いなくヴァルダド半島にある街だ。絵画を届ける際に来たことがあった。


 文字通り黒い街並み。内装は知らないが、ほとんどの建物は黒色で統一されている場所だ。白色の要素を挙げるとするなら、空に浮かぶ雲しかない。


 そんな暗い色が佇む街並みに、生き物が全くいなかった。前にここへ来た時は、賑わいといった程の騒がしいものではなかったが、行き交う住人が少し多い程度だったのに、今は恐ろしいほど静まり返っている。


「……(くさ)い……」


 俺の隣にいた兄貴がそう言って、眉をひそめながら鼻を抑え始めた。しかし、俺を含めた兄貴以外の仲間全員は、疑問符の混じえた表情でお互いの目を見合わせる。


「さすが犬獣人だな。鼻が利くぜ。どんな(にお)いだ?」


 くぐもった声のリーロディヴ(そいつ)がにやけながら、恐らく全員が思っていたことを口に出した。

 皆が兄貴に視線を向ける中、兄貴は、うーん、と唸ったあと、ゆっくりと口を開ける。


「なんか……変な臭い…………あ!」


 言い淀んでいた最中に何か閃いたのか、左腕を胸の前に置く。


「前に腕を怪我したんだけど、その時血が出てて、それと同じ臭いかも!」



 静かな街に、兄貴の声が響く。内容とも相まって、それは、忘れかけていた緊張感を呼び起こす結果となった。



「じゃあ、もしかしたら近くにケガをした人がいるかもしれないのだ!」


 ナインドが可愛らしい発想を思いついた。思考も見た目もまだ幼いカボチャの二男に、そんなわけないだろと内心怒りを覚える。

 アリアは、街並みの奥を見据えながら仲間に言葉を放つ。


「それだけだと言いけれどね。」


「……それだけって何よ。」


 腕を組んだエリサが、分かりきったことを聞いた。


 虫の息すら聞こえない街。臭う血。

 どんなに察しが悪い奴でも、何かがおかしいと認めるはずなのに、エリサはそれでもおかしいと認めることが出来ないらしい。


 それに比べてアリアは、有り得るかもしれない凄惨な光景にさえ目を背けずに立ち向かうような達観さを、白衣と共に纏っていた。これはアリアの潜在意識が魅せる、一種の幻覚なのかもしれないが。


「その答えは、おのずと分かるわ。……皆、着いてきて。咲夜歌(さやか)に会いに行くわ。」


 アリアは歩きだした。


「っ……咲夜歌はどこにいるんだよ?」


 一瞬言葉が詰まったキュウイが一歩前に足を出し、アリアに手を伸ばす。骨種族のそいつの表情は分からなかったが、なにやら咲夜歌を気にしているようだ。

 歩みを止めたアリアが振り向く。


「歩きながら説明するわ。」


「じゃあ、空にあるあの罅は?」


 カルダが上を指さしながらアリアに聞いてきた。


「それも歩きながら、ね。時間が無いの。」


 この状況をいまいち分かっていない仲間を、アリアは気にせずに再び歩き出す。仕方なく、仲間も俺もアリアに着いていくことにした。


「……なあ待てよ。時間が無いなら転移魔法を使えばいいじゃねえのか?」


 アルタルスが質問しても、アリアの足は止まることなく歩み続ける。


「…………理由があるの。それも、歩きながら説明する。」


 今まで風など吹いていなかったが、不意に弱々しい風が吹き始めた。そこで、やっと俺もあの臭いが明確に顕れる。


 仲間達も臭いを吸い込んだのか、明らかな嫌悪感が表情に浮きはじめている。

 それもそのはず、兄貴の言っていたことは間違っていなかったからだ。




 これは、明らかに血の臭いだ。


 最悪だ。まさかとは思っていたが、こんなにも酷いのか。




 隣にいる兄貴に目を向けると、眉をひそめ、両手で鼻を抑えていた。嗅覚の鋭い犬獣人には、刺激が強過ぎるのだろう。よく見ると、目尻に小さな涙が浮かんでいる。


 皆が無言で歩き続けていた時、影のような物体が地面に倒れていた。一つだけではない。複数体、そこら中に転がっていた。

 臭いの根源がそれらだと、俺は確信した。


「こ……これ……」


「…………」


 誰もがこの光景に驚愕していた。俺もだ。アリアでさえ足を止めて、この光景を眺めてしまっている。



 大勢の影族が黒い血を流して倒れているのだろう。影族は体を構成する全ての物質が影のように黒い。一見して血が流れているのか疑問に思ってしまったが、生々しい血の臭いがその証拠だった。



 あまりにも惨い光景に立ち尽くしていたが、不意に、誰かが歩き出すような足音が聞こえた。


「こりゃひでぇな……誰がやったんだろうなぁ?」


 言ったのはリーロディヴ(あいつ)だった。そういえば、こいつも影族だった。こいつの言葉を聞き、アリアは振り返る。

 気持ち悪いくらいニヤけた表情が、黒いフードの奥から見える。その赤く光る瞳が、アリアに向けられていた。


 俺は、わざと何も分からない振りをしてアリアを揺さぶっているのだと思った。

 疑問符を盾にして、真実を吐き出させようとしている。こいつの事はあまり分からないが、以前会った時に狡猾で気持ち悪いという第一印象が、俺の中で根強く残っていた。


「……咲夜歌の可能性が高いわ。」


 アリアの言葉に、仲間は動揺し始める。俺は可能性の一つとして考えていなかったわけではなかったため、それほど衝撃は受けなかった。

 すると、今までずっと黙っていたツェルが俺の隣まで歩いてくる。


「イミラ。あなたは、咲夜歌様の仕業だと思いますか?」


「……可能性の一つとして、考えてた。そういうお前はどうなんだ?」


(わたくし)もあなたと同じ意見です。」


 まあ、そうだよな。


 咲夜歌は恐らく『あれ』に捕まったのだろう。アリアと同じように。

 もしそうだった場合、救える可能性が低いのだ。だたあの時は、運が良かっただけ。

 咲夜歌を救う場合、特に魔力の持たない兄貴やエリサなども、咲夜歌の近づく前に殺られそうである。



 アリアは、この事がわかったのだろう。



「咲夜歌はそんな事をするやつじゃない!!」


 アリアに放たれたその一言は、その場の空気を一瞬で凍らせた。


 その言葉を放ったのは、キュウイだった。一歩前に足を出し、骨の表情には、微かに怒りを察知できる。

 それでも尚、アリアは無表情を崩さない。だが、俺はアリアの考えていることがわかった気がした。


「……そうよね。貴方達の思う咲夜歌は、そんな事をする人じゃないものね。……思っていたよりも、深刻な状況だったわ。」


「な、なあちょっと待てよ。」


 不意に、アルタルスが一歩前に踏み出してアリアを止める。


「何でサヤカがやった可能性が高いんだ?そもそも何でサヤカなんだ?」


 質問されたアリアは、俯き気味になる。淀んでいる黄色の瞳が、まるで固定されたかのように動かなくなった。


「貴方達にとって、にわかには信じがたい事よ。……咲夜歌がこうなってしまったのは、あの装置が関係しているはず。話せば長くなるし、その大半は結局、憶測でしかない。

 ……それでも、話を聞く?」


 俯きから目を上げたアリアの問いに、皆は肯定しなかった。同時に、否定もしなかった。沈黙という答えを、アリアに返した。


「…………分かったわ。順を追って話しましょう。まずは、あの暴走した装置について。……あれは






 記憶複製装置。」





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