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役目を終えた選択肢達

時間が少し遡ります。


chapter-5の最後から続いています。

 

 私達の前に現れたのは、居間と思しき空間だった。ただ、ここはまるで夢の中かのように朧気で不明瞭だった。

 しかしながら私の思考は明確である。この事実を基に、とある結論に至った。


 ここは、咲夜歌(さやか)の記憶の一部が具現化された場所だ。


「うわぁ……なに、ここ?」


「ここは咲夜歌の記憶を基に創られた空間だと思うわ。」


 右後方から聞こえたグラスの声に、私は振り向かずにその問いに答えた。

 その時、何かの匂いが鼻に届いた。花のように可憐な匂いではない。それは、とても美味しそうな匂いだ。


 居間の向こう側、台所であろう場所では、艶やかな白髪の少女、咲夜歌が鍋に向き合って何かを料理している。匂いの根源は、まさしくそこだった。


「カレーか。」


 それにいち早く反応したのはリーロディヴだった。言われてみれば、咲夜歌が作っていたカレーという料理に酷似した匂いだ。


 その時、居間の扉が開かれた。現れたのは、咲夜歌より幼い少年だった。制服を着たその少年は咲夜歌のように白髪ではなく茶髪であったが、きっと咲夜歌の弟だろう。


『ただいまー……あ、これカレー?』


『おかえり、悠貴(ゆうき)。そう!今夜はカレーでーす!』


『やったぁ〜!』


 悠貴はカレーと言われるや否や嬉しそうな笑顔になる。咲夜歌もそれに釣られてフフッと笑う。


『もう少し煮込んでからだから、ちょっと待っててね〜』


『うん!』


 悠貴は頷くと、持っていた鞄をテーブルに置いてチャックを開けながら椅子に座る。

 何の変哲もない日常だ。不自由のない運命を辿るはずだった記憶の少女は、絶望という名のけたたましい着信音でその道を外れることになってしまう。


 咲夜歌は持っていたお玉杓子を鍋の内側に立てかけるように置くと、手を洗って置いてあったハンカチで拭くと電話に出た。


『もしもし、お父さん。どうしたの?』


 慌てている父から放たれた言葉を聞いて、突如咲夜歌の顔から笑みが消えた。その様子を見ていた悠貴も、ただ事ではないと察したのか、笑顔は消え、不審そうに咲夜歌を見つめていた。


 完全に笑みを失った咲夜歌は、ただ悄然として父からの言葉を聞いている。


 不意に、群青色の瞳が悠貴へと向ける。咲夜歌はゆっくりと呼吸すると、目は下を向き、俯いてしまった。


『う……うん。わかった……』


 何かを肯定すると、再び携帯の向こう側を聞き入っているのか、口を固く閉じて黙り込む。


『…………わかった……』


 今にも消えてしまいそうなほど小さく返事をすると、耳に当てていた携帯を力なく離し、父との電話を終了した。

 わかりやすく憂いを帯びた表情に、悠貴は堪らず電話の内容を聞き出す。


『なんだったの?』


『…………』


 唇を噛んだ咲夜歌だったが、伝えない訳にもいかないのだろう、瞳を宙にゆっくり泳がせながら重い口を切る。


『お母さん…………と、お父さん。今日は遅く帰ってくるって……』


『え……』


 悠貴は訝しげに咲夜歌を見つめる。途端、咲夜歌は再びゆっくり俯き、次に顔を上げた時、憂いを揉み消した笑みで悠貴を見つめ返した。


『さ、カレー食べよっか!……ね!』


 そんな咲夜歌の不器用な優しさに、悠貴はどういう事なのかと思いながらも言及はしなかった。


「咲夜歌は嘘を吐いているな。」


 またリーロディヴが口を開ける。振り返ると、私を含む全員がリーロディヴに視線が集まっていた。


「どうしてそう言える?」


 イミラがその発言に食いついた。リーロディヴはにやけ顔を崩さなかった。


「分からないのか?……まあ、アリアならわかるんじゃねえか、なぁ?」


 リーロディヴは私に視線を移した。にやけ顔が深くなり、睨んでいるようにも見える。


「さあ、どうでしょう。」


 私は言葉を濁した。……実際、リーロディヴの言っていることは正解だ。しかし、ここで咲夜歌の記憶を漏らすことはしない方がいい。この空間で情報を共有することは愚の骨頂だろう。


 この空間はあの暴走した装置の中。私達の場所と咲夜歌がいる場所を繋ぐ、言わば橋渡しなのだ。

 余計な情報を漏らせば、暴走した装置が何をしでかすか分かったものではない。最悪の場合、咲夜歌のいる場所へ通じなくなってしまうことも有り得るだろう。



 まさかとは思うが、リーロディヴはそれを見越して私に情報を吐かせようとしていたのだろうか?



「……?何か光ってるのだ?」



 不意に、ナインドが言った。グラスのポケットを指さしながら、そのカボチャ頭の彫られた顔に不思議そうな表情を浮かべている。

 グラスの方を見ると、言った通りポケットが光っている。……いや、あれは、ポケットに入っているものが光っているのだ。



 確かあそこには……エルダートの研究室で拾った紫色の欠片があったはずだが。



「あっ……!こ、これはっ!」


 慌てながらポケットに手を入れたグラスは、その欠片を触った。




 その瞬間、空間にノイズが走った。




 居間や咲夜歌、悠貴はノイズの空間に溶け込んで消え、周囲が赤くなる。


「な、何が起こってるんだ?」


「どういう事!?」


 私とリーロディヴを除いた全員が辺りを見渡し、戸惑い、未知の恐怖に慄いているようだ。

 とはいえ、私も突然のことに目を見開いたが、それだけで済んだ。リーロディヴもそのようだった。


 空間が顕在化させたのは、巨大な炎だった。辺りは森で囲まれている。巨大な炎が燃やしているのは、草木だけではないようだった。


 炎の奥に見えたのは、木造の家が何軒もある。そして、その炎に向かって泣きながら尻尾も耳も力なく垂らし、膝をついているグラスがいた。


「なんだよ、これ……」


 この光景を見ている皆が混乱している時、グラスだけ釘付けになって炎を見つめている。

 それに気づいたイミラは、グラスのもとへ駆け寄る。


「おい兄貴、大丈夫か?」


「……イミラ……」


 薄く涙を浮かべているグラスは、イミラの名前を呼びながら顔を向ける。

 そこへ私は歩み寄り、手を出した。


「グラス。欠片を渡して。」


「っ……」


「早く。」


 グラスは、ポケットにある欠片をゆっくりと取り出す。そして、私の手のひらに乗せた。



 再び空間にノイズが走る。私は頭が痛くなりながらも、欠片を握った。森も炎ももう一人のグラスも消えていく。



 空間が顕在化させたのは、私の研究室だった。



 私はそれを握りしめて、白衣にあるポケットに入れた。


「これは私が預かっておくわ。」


 研究室の出口まで歩くと、扉を開けた。そこには、極彩色の空間が広がっている。この先へ飛び込めけば、咲夜歌がいる場所に通じるはずだ。


 私は振り返り、仲間に言い放つ。


「さあ、行きましょう。咲夜歌はこの先よ。」



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