楽しい楽しい演奏会 後編
開催する場所を確認した咲夜歌達は、演奏会の主催者のひとりであるカルダという人型のカボチャに、この辺に図書館があると聞き、それを探し回っていた。
演奏会の開会予定時間は夜だ。図書館で時間を潰そうと、咲夜歌達は周りを見ながら探す。
だが、開催場所であるテントから歩いてすぐのところに、それは見つかった。と言っても、咲夜歌は外見だけで判断したため、入ってみなければわからない。
「これが図書館かしら?」
「さあな。地図はここに図書館って書かれてるが。」
あ。ここで間違いないわね。
隣にいる兎獣人のイミラが、地図という動かぬ証拠を咲夜歌に言い、目の前にある建物が図書館だと確信する。三階はある高さと横幅を合わせれば、かなり大きな図書館だ。
昼だからこそ図書館だと分かる気がするが、もし夜に来たらお化け屋敷と勘違いしそうだ。木造で建てられているため、余計そう思ってしまう。
近づいて、大きい窓から中を見てみれば、かなりの多さの本がそれぞれの本棚に集約して並んでいる。さらには、
三階に相当する高さにまで本棚がある事に気づく。中央に螺旋階段が上に伸びており、そこから途中に伸びる廊下でその高さにある本が取れそうに思う。
それと、さっきから思っていたのだが。本棚から本を取ったり収めたりする水色の触手のようなものがたまに視界に入る。なんだのだろうと咲夜歌が思うと、
「入ってみる?」
と、咲夜歌の隣にいた犬獣人のグラスがふたりに聞いた。咲夜歌はグラスの方を見て、すぐ図書館へ戻す。
「そうね、入ってみましょう!」
数え切れないほど並んだ本棚を見ながら、咲夜歌は明るく言った。
*
既に開かれた大きな両開きの扉を通ると、圧倒されるような本棚の高さと大きさに言葉を失った。見上げてみると、かなりの高さがある。
窓から見るのとは全く違った景色がそこにあった。木の匂いが、咲夜歌の鼻をくすぐって止まない。
賑やかな外とは違い、中は無音とまではいかないが、穏やかな静寂が支配していた。ここにいたモンスターが少なかったということもあるからだろう。
咲夜歌は、受付の方を見ると、メガネをかけているスライムのモンスターが座っていた。…椅子にではなく、受付のカウンターテーブルに。そのモンスターはこちらに気づくと、
「こんにちは〜。」
と、小さいながらも明るい声を放った。女のような声だ。
「こ、こんにちは!」
咲夜歌は目の前の圧倒される光景に目を張っていた為、スライムに戸惑いながらも挨拶を返す。イミラは会釈だけした。グラスは咲夜歌と同じように高い本棚などに夢中で、挨拶どころではなかったようだ。
ここで、先程の疑問が晴れる。
あの何本もある水色の触手、このスライムの手…だったのね。
「さて、どこに行こうか…。」
イミラがそう呟く。咲夜歌は、イミラの方を向いた。
「とりあえず、それぞれ好きな本を読めばいいんじゃない?」
「別行動って事か。」
何気なく言ったイミラの言葉に、咲夜歌は思わずニヤつく。咲夜歌はイミラの顔に近づく。
「まさか、私と一緒にいたいの〜?」
「は?」
食い気味にイミラが睨む。男らしい低い声が更に低くなった、威嚇するような声だった。途端に、咲夜歌は困る。
「そ、そんなに私が嫌?」
「あぁ。」
またもや咲夜歌に被るように言う。そしてすぐ、本を探しに行くのだろうか、どこかに行ってしまった。困り顔の咲夜歌を置いて。
*
まったく、ああいうやつは苦手なんだ。
俺は心の中で愚痴をこぼす。早足だった足を、後ろを見ながら普通の速度にする。
あいつが居候してから最低でも一週間半は経過したはずだが、俺は未だにあいつに慣れない。落ち着いている思えば急に興奮する。さらに、親しい仲でもないのに、名前に"ちゃん"をつける。俺は、あいつをいいとは思っていない。
小説
ふと、視界に入った文字。本棚の側面の部分にそう書かれていた。そういえば、本、とりわけ、小説は久々に読んでいない。昔は、地学、物理学といった知識ばかりを集めた本しか読んでいなかったのだ。小説なんて、一回しか読んだことがない。
…久々に読んでみようか。
俺はそう思って、小説の本棚へと足を踏み入れた。
*
「なによ…もう…!」
咲夜歌は、静かな図書館を歩きながら小さくそう呟く。イミラの事を引きずっているようだ。むすっ、とした顔で本棚を通っていくと、ある本に目が止まった。
『エルカトルラの歴史』
あら、ここの本棚、歴史でいっぱいじゃないの。
見れば、それの周辺の本は歴史関係の本で埋まっていた。その中でも、咲夜歌は目に止まった本を本棚から取り出す。かなり古いようで、背表紙には埃がついていた。ある程度埃を振り払ってから、適当なページを開く。
『…ていた一方、新たな危機が……ていた。氷………ある。この……は、何度……れが訪……来たが、特…この………は歴史…で最も強……のとさ…る。その影……、木々は……た。この……時代に……は、全て…生物が……したと……る。しかし、我ら…』
何これ…擦れていて読めないじゃない。
咲夜歌は擦れた文字を手で優しく擦っても、文字は表れなかった。別のページを読もうと咲夜歌はページをめくる。
『…その周辺の地域では、地図…西……入っては……ない…域……る。入って………ば、…度と……ては来れない…さ………る……究……間では、黄……国と呼ば……い…。一方…東……にある海の……は、古…都市………ている。そこに…を解き………鍵…ある…されており、今も調査……………いる。』
あ。ダメね。読めないわ。
咲夜歌は裏表紙を見て、この本の製本された年月日を確認する。
…今日、何年?何月?何日?
ここで思い出す。咲夜歌はこの異世界に来てから何年かがわからなかった。仕方なく本をもとの本棚に戻すと、他の本を見ようと歴史に関する本棚の通りを抜けていった。
…そうね。せっかくだから、勉強なんてどうかしら?
咲夜歌は、科学に関する本棚を探すことにした。
*
僕は、図書館のはじっこにあるマンガコーナーにいる。目を引くマンガがいっぱいあって、どれを読もうか迷う。
「あ!」
僕は、小さく声を上げた。読みたいマンガが見つかった!それを手に取って、近くにあるいすに座った。僕は、長くて細くて大きいテーブルにひじをついてマンガ読み始めた。
*
本棚の前で立ちながら本を読んでいる咲夜歌は、ふと窓の外を見てみる。
あら、もう夕方?
空は赤紫色に染められ、遠くから小さな星々や月が顔を覗かせていた。どうやら、かなり本に没頭していたらしい。面白そうだと手を出した量子学の本を本棚に戻すと、咲夜歌はふたりを探そうと歩き出した。科学の本棚から抜け、中央の螺旋階段を登る。
上からならふたりを見つけやすいはずよ。
そう考えた咲夜歌は、二階の高さまで登ると、吹き抜けの下を覗いた。
「あ、いたいた。グラスちゃんと、」
テーブルに座って本を読んでいるグラスを最初に見つける。半袖半ズボンの、陽気な男の子のような服だからそうだ。…陽気のようなというか、陽気だ。
次はイミラだ。咲夜歌は、歩いて他の吹き抜けたところから下を覗く。
「あぁ、あれかしら?」
本棚の前に立って本を読んでいるイミラがいた。あの白く長い耳がそうだ。服だってあのピンク色のパーカーだ。間違いないだろう。白い毛並みのため、暗い雰囲気の図書館だとよく目立つ。
咲夜歌は、ふたりを呼ぼうと中央の螺旋階段を降りた。まずは、近い方、グラスから。椅子に座って本を読んでいるグラスに近づく。
「グラスちゃん!」
「わっ!サヤカだ!」
驚いたグラスは本から目を離して咲夜歌を見る。咲夜歌はちょっと小さな声でグラスに伝える。
「もう夕方だから、そろそろ演奏会の場所に行かない?」
「あ、うん!わかった!」
グラスは椅子から立ち上がると、咲夜歌の後ろに着いていくようにした。
さて、あとはイミラね。
咲夜歌は上から見た吹き抜けの景色をたよりに、イミラがいた本棚へ歩く。
…あら?いない?
イミラがいたであろう本棚の通りには、モンスターひとりもいなかった。本棚の側面には小説と書かれている。通りに入ってみるも、誰もいない。通りを抜けて、一つ横の本棚を見る。
ああ、なんだ。ここにいたのね。
本棚の列が一つずれていただけのようだった。咲夜歌は、自分のした事にため息を吐きたい気持ちで、イミラに伝える。
「イミラちゃん。そろそろ演奏会に行きましょう!」
「…はぁ…そうだな。」
どうやら、突っ込む気すら失せてしまったようだ。イミラは頭を掻きながらわかりやすいため息を吐くと、出口の方へと歩き出した。咲夜歌もグラスも、置いていかれないようについて行った。
図書館を出ると、家々には明かりがともされ、昼とは違う顔を都会は見せた。明かりと夜空のコントラストが美しい。モンスター達は、相変わらずの多さで行き交っている。騒音で包まれた都会だけど、静寂に支配された都会も見てみたい、なんて、咲夜歌は思う。…静寂な都会とは、都会と言えるのだろうか?
咲夜歌は図書館を名残惜しく感じながら、演奏会の開催場所のテントへ向かった。
*
テントに着くと、中は明かりが灯っている。空間魔法で広くしたテントの中に入ると、既に大勢のモンスター達が演奏が始まるのを今か今かと待っている。テントを埋め尽くすくらいの多さに、咲夜歌は驚いた。昼に来た時とは大違いだ。
「もっと早く来た方がよかったかしら?」
「そうかもな。」
咲夜歌の発した呟きに、イミラが同意する。
…こんな騒々しいのによく聞こえたわね。
咲夜歌はそう思いながらグラスの方を見る。グラスも、他のモンスターと同様に、演奏会を待っている。尻尾を振りながら、目を輝かせて。かなり後方で演奏会を聞くことになるのだが、大丈夫だろうか。
不意に辺りが段々と暗くなり、辺りは静まり返る。ステージを照らす光だけが残り、紫色の縁の赤いカーテンコールがゆっくりと開き出した。咲夜歌は、わくわくしてステージに釘付けになった。
カーテンコールが開かれ、ステージに立つさんにんのカボチャが目に入った。
背が高いカルダはセンターに立ち、ヴァイオリンを弾く構えをとっている。背が低いナインドは、その隣でトランペットを吹こうとしている。そして、もう一人。
あのふたりと同じ衣装を着て、椅子に座ってピアノのようなものを弾こうとしていた。鍵盤に白い手袋を着た手を置き、ふたりの合図を待っているように見える。頭に彫られた表情は、ふたりと同様の紫と橙の縞模様の大きい魔女帽子で隠れて見えなかった。背は、座っているからわからなかった。ただ、カルダより大柄である事は確かだった。
最初は、カルダが弾き始める。ステージには合わないが、それでもヴァイオリンの美しい音色が響き渡る。咲夜歌は、惚れそうになる一方、この三つの楽器がどうやって合わさっていくのだろうか、と考える。
次に、あの大柄なカボチャが弾き始めた。息ぴったりだ。自然な形でピアノが伴奏に入る。ヴァイオリンの美しい音色と、ピアノの穏やかな音色が、壮麗な旋律を生み出して、響いていく。
そして最後、トランペットのナインドが吹き始めた。またもや自然にふたりの演奏に入ってくる。美しく紡がれるさんにんの演奏は、水紋のように響いてモンスター達を魅了する。
「すごいわ…。」
咲夜歌はステージを一心に見ながら小さく呟く。さんにんの息の合った演奏が、咲夜歌の心に染み渡っていく。ヴァイオリンの美しい音色。ピアノの穏やかな音色。トランペットの力強くも優しい音色。合わさって、咲夜歌とモンスター達の心を震わせた。
*
「ピアノも出来るのですね、すごいですわ!」
私は、ピアノを弾き終えてあの女らの話を聞く。
「流石ですわ!私には一生できないですわ!」
「私も、ピアノを弾けるようになりたいですわ…。」
だって。面白いことを言うわね、こいつら。
ピアノが出来て、何になるっていうの?出来たとして、何が変わるっていうの?私は変わらなかったわ。何も。
ピアノが弾けるのは、何も無いから。空っぽだから。なろうと思えば、なんにでもなれるだけ。それだけ。そこに理由なんてないわ。
「どうやったらそんなに上手く弾けるのです?」
私は努めて明るく言う。
「やりたいから、やっただけ。」
*
気づけば演奏は終わりに差し掛かっていた。クライマックスに、さんにんの演奏は力強さを増す。始めの穏やかな旋律とは対称に、荘厳な旋律が響いて。そして最後、ゆっくりと、さんにんの演奏が終わった。
モンスター達は拍手をした。勿論、咲夜歌もだ。咲夜歌は、なんだかスッキリした。
音楽って、こんなにも美しいのね…。
拍手喝采に包まれながら、さんにんは観客に礼をする。それと同時に、カーテンコールが閉まっていく。咲夜歌は、屈託のない微笑みでそれを見ながらそう思った。
*
「あ!出てきた!」
グラスがテントを指差しながらそう言う。テントの方を見れば、あのステージで演奏していたカボチャ三兄弟が出てきたところだった。グラスと咲夜歌は走って、イミラは歩いて三兄弟のもとへ近づいていく。三兄弟はそれに気づいた。
「あ、やぁ。さんにんとも。」
カルダが片手を少しあげてこちらに振った。咲夜歌達は三兄弟のもとに着く。
「演奏は聞いてくれたのか?」
「うん!すごかった!すごいよかった!」
ナインドの質問に、明るく返すグラス。
「私も…音楽って、こんなに素晴らしかったんだって、初めて思いました。ありがとうございます!」
咲夜歌は深くお辞儀をする。するとカルダやナインド、カルダより背の高いカボチャは、彫られた目が上に向かせた三日月の形になって、照れる。
「い、いやぁ、ありがたいなぁ!」
「そう思ってくれて嬉しいのだ!良かった!」
「…ありがとな。」
最後に、あのカルダより背の高い人型のカボチャが礼を言った。声もカルダより低く、図体は大きい。
「ああ、そうだ!」
カルダは急に声を上げる。カルダは促すように、片手を背の高いカボチャの前に置いた。
「君たちには少しだけ話したかな。アルタルスって言うんだ。俺の兄。」
「あぁ。」
咲夜歌は確かに気づく。確か、時間にルーズなんだっけ?
「へへっ…よろしく。」
演奏の時には見れなかった彫られた顔を見ることが出来た。ニヤついている。常時ニヤニヤしていて、なんだか咲夜歌は不思議に思った。
「それじゃあ、また。次の演奏会も、楽しみにしててくれ!」
カルダはそう言うと、大きいテントに魔法のような呪文を唱えて、中に入って行った。
「次も来るんだぞ!」
次にナインドがついて行く。
「…来てくれて、ありがとな。」
最後に、アルタルスが入っていった。
「次の演奏会も、みんなで行こうね!」
グラスは、イミラと咲夜歌に明るく言った。
「えぇ!もちろん!」
咲夜歌も明るく返す。しかし咲夜歌は、次の演奏会よりもあのカボチャ三兄弟の方が気になっていた。
「…」
イミラは何も言わなかったが、代わりに強く頷いた。今回で、こういうのも悪くないと思ったのだろうか。
「さて、そろそろ帰りましょうか!グラスちゃん!イミラちゃん!」
咲夜歌は、ふたりの肩に手を置いて交互にふたりを見てそう言った。そしてすぐに肩からは手を離して、振り向いて歩いていった。
「うん!帰ろー!帰ろー!」
グラスは、咲夜歌の言葉に明るく答える。そして、笑顔で咲夜歌について行った。
「"ちゃん"をつけんじゃねぇ。」
イミラは、咲夜歌のいつものような勝手な親しみに相変わらず突っ込んだ。それから、一つ溜息を吐いてから、仕方なさそうに咲夜歌について行く。
咲夜歌は、たまらなく笑った。その笑みは、屈託がないように見えた。
…ああ、これが、"楽しい"っていう、感覚なのかしら?
咲夜歌達は、変わらず賑やかな夜の都会を歩きながら家へ帰って行った。




