赤くなる果実
幾つかの村を自らの脚で経由し、一日かけて辿り着いたのは森の中の果樹園。靄がかった夜空の下に、まだ青いリンゴが木の枝に成っている。
それらが、育つのに時間はかからなかった。手伝ってくれたのは、何十匹いたリンゴくらいの小さな妖精だった。
球体に青白い翼を背負い、四本の指でリンゴを育ててきただろう妖精達は、無惨にも黒いナイフ達に蝕まれた。甲高い悲鳴を叫ぶとともに、傷から吹き出す赤色がリンゴを育てた。
最後まで逃げられなかったのは、夜なのに生真面目にリンゴの世話をしていたのが原因だったのだろう。誰一人として、この果樹園から出られなかった。
妖精、地面、木、リンゴに刺さった黒いナイフが突如溶けだす。傷ついた手首を前に翳すと、溶けた黒いものがそこへ吸収される。忽ち、傷がついていたはずの手首は、傷だけを跡形も無く消した。
『騎士』との戦いによって初めて知った自身の能力だった。これで、一つしかなかったナイフが黒くなって複製され、無数の刃で相手を攻撃する事が可能になった。
「てめェ!!何してんだァ!!」
突如、私に女の怒号が浴びせられる。声の主へ首を動かすと、長く薄青いボサボサの髪を生やした丸い頭だけが浮いたモンスターがいた。軍手のような手袋を被る五本指の手も漏れなく浮かんでいる。
「なんなんだよ!!おめぇ……!!こんな事してッ!!」
言い終えた瞬間、片手を広げて大鎌を出した。憎悪を睨む目から涙を流しながら、刃先をこちらに向けられる。
私は、懐からナイフを取り出す。そいつに見せつけるように、手首を傷をつける。傷口から黒が這い出るのを確認すると、空中に振り撒いた。
しかし、
それを待たずして一頭身はこちらへ攻撃を仕掛けてきた。
不意を突かれ、咄嗟に後ずさる。だが、刃で斜めに服を裂かれ、腹部に鋭い痛みが走った。
先制されたうえに怪我を負ってしまい、こちら側が不利になってしまったようだが、負ける心配は無かった。
体を切れば切るほど、黒が溢れてくるからだ。痛みの代償として、武器を無限に手に入れられる。更に、時間が経てば傷が治り、また武器を生成する事が出来る。
なんて便利なのだろうか。
半ば焦りながら腹から空中に出る黒を掴む。それは、体温と同じくらいの熱を持っていた。
あいつがもう一度大鎌を振ってくる前に、掴んだ黒を長剣へ形を変えさせる。後ろへ出した足に力を込めて、そいつの振るう大鎌の刃を見据えた。
「ううぅ!!」
大きく唸りながら、勢いに任せて大鎌をこちらへ振ってくる。それを、退いて躱し、当たりそうな場合は剣で弾き返して、攻撃の機会を窺った。
しかし、何度躱しても相手は攻めを繰り返す。隙が無いわけではない。そこへ攻撃しようにも、次から次へと繰り出される攻撃を守るのに必死で、こちらが攻めに転じる事が出来ないでいた。
あの宙に浮いた黒に攻撃させようにも、防御で頭が占領されて指示が出せない。
足の踵に硬い何かがぶつかる。次に、背中にぶつかる。
振り向かなくてもわかった。
木にぶつかった。防御に徹しているうちに後ずさりすぎた。
それでも構いなく振られる大鎌が、首が切れそうなくらい近くなって、直前に剣で止める。柄に力を込めて、この窮地をどう脱するか考える。
すると、まだ涙を流しているそいつが大きく口を開ける。
「こんな事して何が楽しいんだッ!!クソ野郎がァ!!」
耳が千切れそうな喚声を浴びせられたが、感情には何も響かなかった。ただ、少しだけ、鼻に何かが貫かれる感覚がした。
醜いものを見るような目でこちらを睨んでいる。それは、こちらにしか集中していない事の証だった。
そいつの後ろにあった無数に分裂させた黒を刃物に変えさせる。
あとは、後頭部に。
刺していった。
「うあぁ!!?」
気づいた時には、あっけなく、されるがままだった。浮いた頭が地面に転がるように落ちる。口から血が吐き出され、私の赤くなった革靴が更に赤く染まった。
「……!!」
最後に力を振り絞ったのか、大鎌を持っていた手が私のスカートを強く掴む。見上げた目が、殺してやる、とでも言うかのように、細く、鋭く、見据えていた。
無数の刃が刺し終わっても、まだ掴んでいる。こちらを睨んでいる。もう言葉を発せない口からは、荒い呼吸が吐かれると共に、尖った歯がギリギリと歯軋りを繰り返した。
永遠に感じられたような一分が終わると、そいつの手が力無く地面に投げ出された。顔は地面に埋もれ、もう見えない。きっと、涙と憎悪でグシャグシャなっているだろう。
そんな顔を一瞬だけ想像して、長剣を腹の傷に戻す。吸収された長剣は、傷を治していく。が、制服は破れたまま。
残念ながら、治せるのは体だけであり、破れた衣服までは直せないようだ。
靴先に付着した血を地面に擦りつけて、歩き始める。懐にしまったナイフに触れながら、考える。
これで、粗方モンスターを片付けたはずだ。
あとは、あの兎と、執事と、お嬢様と、黒いヤツ。
どこにいるのかわからない。一度、あの場所に戻ろう。
私が目覚めたあの場所に。




