捨てられた真善美
首が硬化したわけではなかった。何故、剣は私の首を撥ねること無く直前に火花を散らして止まったのか。
視界の隅で見えたのは、首の傷口から出ていた黒い液体。それが、相手の剣を捕えて離さないでいた。
「!!?」
山羊は、その奇妙な光景を見て狼狽する。私はそれを逃さなかった。腹を踏んでいた山羊の足を、持っていたナイフで足首部分を切りつける。
山羊は慌てて足をどかした。 体勢を立て直しながら後ずさるところで、私は素早く立ち上がった。
首を触り、手に付着した黒い液体を確認する。これが、あの剣を捕らえて首が撥ねられずに済んだのだ。
だとすると、黒い液体は私の体の一部だ。手や足と同じようなもの。なら、それらと同じように動かし、相手を攻撃できるはずだ。
活用しないわけがない。
本能が働くような感覚だった。腕を前に翳して、手首をナイフで切りつけて黒い液体を出す。腕を大きく振って、黒を空中に撒く。
歪な黒い球体が徐々に頑丈な刃物へ変わり、山羊に刃を向ける。
山羊は足首から血を流しているのを確認すると、一回だけ荒く息を吐いた。今の私の状況を理解したのか、剣を強く握り殺意の篭もった瞳で睨む。
「気持ち悪い魔法使いやがって……」
余裕のない息から言葉が零れる。
無数の黒いナイフが山羊へ放たれた。一つ、また一つ絶え間なく襲っていく。
山羊は後ずさりながらも、それらを一本の剣で凌いでいく。しかし、弾ききれない何本かの黒は、容赦なく体に切り傷を生み出す。手首や脚、顔の頬、頭の角にまでそれが出来上がる。
徐々に、山羊が負けていく。しかしながら、その剣を扱う素質は有り余るほどの強さを誇っていた。先程までは、こちらが危機に陥っていたのだから。
「クソッ……」
しかし、数で押されてしまい、今では元も子も無くなってしまった。無数のナイフが、無数の傷を生み出し続ける。腕に、足首に。最終的に、肩にそれが刺さった。
そこから、一気に崩れた。
力無く剣を手から離すと、後ずさる事しか出来なくなってしまった。自身を守るものが無くなった。そうなってしまったら、もう何も出来なくなる。
体中に、刺さる。幾度となく、刺さる。
蜂の巣にするように、留まらず刺さっていく。
胸に。
腕に。
腹に。
喉に。
大腿に。
最後のナイフが、トドメを刺す。そこは、紛れもなく、心臓。
多くを受け止めたナイフの柄を空に向けるような形で、ゆっくりと地面に倒れた。
『騎士』は、動かなくなった。
*
病院にいたモンスター共を黒で殺す。白を赤で塗り替えていく。
屋上にまで登り、避難していた奴らを一斉に黒で刺す。
この街のモンスター共は私によって殺された。もう、この街は私しか動くものはない。
それを理解した瞬間に、空が音を響かせる。雷が落ちる音と非常に良く似た音だ。
思わず、空を見上げる。
空に罅が大きく広がっていた。




