二度目の零落
鏡越しに、どの物語にも付随しないだろう喜劇を眺めていた。
あれは、あらゆる情緒にも左右されない、堅固たる絶望を纏っている。
あれほどの光景を見て、触発されないわけがない。
無い体が疼く。人魂だけの存在になってしまったが、今なら、きっと……。
*
私の意志は消え失せていた。
時間に流されるまま、ナイフを振った。何回も、あらゆるモンスターを切り殺しては、感情に押し殺される。まるで、心臓を手で上から圧力をかけられてる感覚だった。
海底にある都市が再び沈むのに、そんなに時間はかからなかった。ドーム状のガラスの中にあるそれを懐かしく思ったが、そう思っただけでナイフを振り下ろす手は止まらずにいた。
泳げそうなモンスターを重点的に殺し、ガラスを破るだけで、ほら、この通り。
目の前の薄赤い海に、無数のモンスターが浮かんでいた。
*
暗く、黒い街。影のようなモンスター達も、私のナイフで死んだ。不意に、雲に隠れた月が晴れて辺りを照らしだした。
ここは少し手強かった。抵抗するモンスターが都会より多く、体に傷を負ってしまった。その影響で、黒い何かがそこから出ていた。
しかしその度に、その黒いものが傷を回復させ、何事も無かったかのように綺麗な肌を形成させた。
風が、血の臭いを乗せて私の鼻へ届く。もう何も無いこの街を静かに眺めていた。
五分くらい経ち、もう十分だと思い足を動かした。
その瞬間、こちらに向かってくる緑色の動かないブーメランのようなものが見え、間一髪で躱した。風の音もなく現れたそれは、ブーメランではなかった。
空中で、空気に馴染むように消えたそれの発生源に目を向けると、黒いコートと藍のズボンを着ている白い山羊の獣人が刃の長い剣を握っていた。
こちらを睨みつけては、静かに口を開く。
「……これは、お前がやったのか。」
怒りを抑えながら放ったその言葉は、私の心を揺さぶる。こんな行為、私の意志でやっているわけではないことを理解してほしかった。
もちろん、目の前の山羊はそんなことを知る術などない。だから、剣の柄を持つ手が怒りに震えている。
「もう少し早く病院を出ていれば、皆を守れたかもしれないのに……。」
目を閉じ、自身を落ち着かせるように零した。被服はともかく、剣の持ち方や背の高さ、落ち着き払うその素振りや容姿は、宛ら騎士に見える。
そいつが目を開けると、その黄褐色の瞳に、ただならぬ殺意を宿らせていた。
「覚悟は出来ているな。」
それは、戦闘の合図だった。
こちらが先に前へ飛び、ナイフで攻撃を仕掛けると、騎士は後から私へ走って剣を振る。お互いの刃がぶつかり合い、火花を散らす。
攻防戦が始まった。
騎士は細い腕にも関わらず、力強く果敢に攻め入っていく。私は、隙を見せないほどの激しい猛攻を守る事しか出来ず、反撃をする機会が見当たらないでいた。
そんな時、抜け穴を見つけた。猛攻撃の中で、相手の隙を一瞬だけ見つけることが出来た。
しかし、ほんの一瞬だけで、気づいた時には再び隙のない猛攻が始まっていた。騎士に攻め入られ、刃渡りの短いナイフで受け止めては後ずさる。
そんな事を繰り返し、あの抜け穴へ意識を集中させた。いつ来てもいいように、しっかりと見据える。
鬩ぎ合いの中、ついにその時が来る。
隙へ攻め入った瞬間、なんと騎士は胴体をひねらせてナイフを躱した。
私はそれを理解したと同時に、そいつは体を回転させて振り向きざまに剣を振った。この唐突な攻撃を避けることが出来ず、首に冷たいものが横切った。
カウンターだった。
安直だった。隙に意識を集中させすぎた。
首にジリジリと痛みが走る。それだけで、切り傷が出来ていたのは容易に想像できた。
なるべく時間をかけないように体勢を立て直す。が、騎士はそれを許さなかった。
切っ先の光った剣が私に向かってもう一度振られた。切っ先から放たれたのは、先程見た緑色のブーメラン。
どうやら、魔法によって創られた衝撃波だったようだ。
目の前にまで迫った衝撃波を、体勢を崩しながらもナイフで跳ね返す。しかし、それを跳ね返した衝撃で私は地面に倒れた。
首を触って傷を確かめる。……黒いのが流れているのだろう、触った指にはあの黒いものが付着していた。
山羊の足が私の腹を踏み、私を抑える。剣の切っ先を首の前に置かれ、変わらない殺意で睨んでいる。
「こんなに殺してしまっているんだ。ここでお前を殺しても、誰も文句は言わないだろう?」
冷酷を放って、剣で首を断ち切る為の腕が振るわれる。そして、剣の刃が首に触ったか触っていないかの距離で、何かが起こった。
刃の擦りあったような鋭い音と火花が散った。




