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死の感情たち

*思いがけない誤解を生まないようにここに記載しておきます。*


前の章はアリアやその他の視点が主でしたが、この章は『あいつ』に捕まってしまった咲夜歌の視点です。


加えて、注意があります。


ここから少し残酷表現が含まれてきます。お気をつけて、お読みください。




 

 瞼を開けると、数多の星が輝く夜空が視界いっぱいに広がった。とても綺麗な風景だと思った。それ故に、昼が夜を侵食するように、心の穴が広がっていくようだった。


『あいつ』に捕まった。


 その事実だけ思い出すと、白く冷たい絨毯に預けていた体を起き上がらせた。


 深呼吸をして、辺りを見渡す。葉のない木々が生えていない二手の道の行き先はわかっている。一つ目は崖。二つ目は……


 モンスターが蔓延るレンガ街。


 振り返ってその道を見据えた。夜空に漂う星と月の光が、行き先を示すようにそこを淡く照らされる。遠くに、賑やかそうなレンガ街が見えた。


 不意に、何かを握った手がそれを強く握りしめた。見ると、ナイフが握られていた。それは、異常なまでの悪辣と嫌悪と死で出来ていた。月の光を照り返す刃は、私の顔を写し出した。



 それは、無情。



 全てを失った、闇そのもの。

 感情が溢れてくるようだった。どす黒い何かが、心の奥底から湧き上がる。それを息に変えてゆっくり吐き出せば、忽ち黒い感情は少しばかり落ち着いた。


 ナイフは隠しておこう。制服のポケットなら、多少はみ出してしまうが、それがナイフとは誰とも思わないだろう。そして、ポケットにしまった瞬間だった。



 前方から雪の踏む音が聞こえた。



 直感的に、誰だかわかった気がした。


 前を見れば、犬獣人のモンスターがこちらへ歩いてきていた。こんな場所に相応しくない半袖短パンを着て、まるで初めてこの場所に来たと言わんばかりに首を忙しく回しては、天真爛漫に歩き回る。

 突如、何故だか、そいつとは違う何かの存在に畏怖を覚え、思わずポケットに入れたナイフの柄に手をかけた。


「あ、こんばんは〜!」


 犬はこちらに気がつくと、笑顔で大きく手を振った後ここへ走ってきた。

 いつも近くにいるあの兎獣人がいないようだ。それが分かると、握った柄に力を込めた。


 これから起こることを、頭の中で否定した。


 やってはいけないことなのに、体は意志に反して手に力が籠る。体は動く筈なのに、人形のように、頑なに体を動かすことが許されなかった。

 見たくないと思って目を瞑ろうとしても閉じない。柄から手を離そうとしても離れない。足をあげようとしても、地面にくっついているかのように離れないでいた。


 犬が、目の前で止まり、手を出した瞬間だった。


 絶望が犬の体を横切る。それは、紛れもなくナイフだった。服を切り裂き、隠れていた胸部を切りつけた刃先は、鮮血で染まっていた。


「!!?」


 犬は混乱して、切りつけられた胸を見ていた。興味から恐怖に変わった緑色の瞳は、ただただ戸惑いに満ちていた。


 一歩、二歩と後ずさったあと、苦しそうに胸に手をやり、仰向けに倒れてしまう。

 それに馬乗りして、両手でナイフの柄を握りしめて刃先を心臓に向けた。犬は、やっと察した。


「や……やめ」


 か細く放たれたそれは、私の意志に届くことはなかった。



 *



 惨劇は繰り返される。レンガ街を赤く染め上げたのはモンスターの血。私の制服も、少し返り血で赤くなってしまった。


 こんな事をしたくなかった。そう思うだけで、振り下ろす腕は止まらなかった。……本当の事なのに、自分自身でも言い訳に感じてしまう。


 何故だか、兎はこのレンガ街にはいないようだ。近くの赤色の館にも入ったが、豪華絢爛な家具や装飾がとんと並んでるだけで、虫の息すら聞こえなかった。安心したと同時に、手はナイフを強く握りしめた。

 この体は殺戮を求めている。ナイフは絶望を求めている。そんな気がした。そんな気なんて、しなくていいのに。


 今からナイフを隠す必要はなかった。レンガ街から逃げたモンスターが都会へ行けば、危険を喚起するはず。


 ナイフを掲げた私が、逃げ惑うモンスターを次々刺していく想像が頭に過ってしまう。バカみたい。そんな事、想像したくない。


 足は、次の舞台、都会へと進んでいった。


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