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記憶の破片

 

 二階へ上がり、陽の光が届かないテーブル席に向かう。暗いそこに座って、未だにインスタント食品を食べている影は、こちらに見向きもしない。

 仲間のほとんどを一階へ待機させたままここに来た。今連れている仲間は、ツェルとイミラのみ。とりわけ、この二人に何かの感情を抱いているわけではない。連れてきた理由としては、旧友が故に話しやすいといったのが主である。


「なんでこいつが……」


 イミラが露骨に嫌々そうな顔を浮かべながら零した。

 そういえばこの影に、空気やら何やらを壊されたから、それ以来良い印象を持っていないのだろう。実際、私も良い印象を抱いていなかった。


「ごめんなさい、話があるの。」


 ……まるで耳に届いていない。依然として、リーロディヴは食べ物を汚く貪っている。温めもせず、乾いた硬い麺を大きい口に……今度はレトルトカレーらしき袋を強引に開ければ、そのまま吸うように食べる。


 なんと言えばいいかわからないが、こいつの着ているパーカーのフードによる顔の影のお陰で、口と赤い瞳しか見えなかったのが幸いに感じた。

 ……いえ、リーロディヴは影族の為、顔どころか体すら影のように暗いから、そう考えるのは筋違いなのかしらね。


「もういいだろ、こんな奴。仲間にしなくたって……」


 イミラが苛ついた様子で私に詰め寄る。


「イミラ、残念だけれど、そういうわけにもいかないの。こいつは、咲夜歌を最初に人間だと見破った。咲夜歌に根強い恐怖と戸惑いを与えた。」


「……じゃあ余計仲間にしちゃダメだろ。」


 私は溜息を吐いて、少しだけ落ち着く。


「だからこそなの。根強い印象があるから、咲夜歌の記憶に強く訴えかけられるの。」


「……アリア、咲夜歌が今どうなっているかわからないってさっき言ってたよな?なのになんだ?記憶に訴える?まるで咲夜歌の状況がわかってるように言ってるな。」


 イミラが一息吐いて、再び言葉を放つ。


「……教えてくれよ。本当はわかってるんじゃねえか?咲夜歌が今どうなってるのか。」


 …………そう。


 ……仲間を心配させまいと思っていた。


 恐ろしく懐かしい感情が心の底から湧き上がってくる。私は涙を出す代わりに、目を閉じて深い溜息を出した。涙なんてきっと出ないけど。


「お前のよくやってるやつだ。」


 ……?


 イミラはニヤつきを含めた笑みで私の目を見た。


「俺の推測でしかないが、お前が目を閉じながら溜息を出すのは、隠し事か感情か何かを押し殺した時に出る癖みたいなものだろう。……気づいてたか?俺がまだ未熟者で、環境にも慣れてない頃、俺に何度もそれをやってたな。」


「…………」


 なんとなく、私はツェルへ振り向いた。相変わらず顔は見えないが、笑っているような気がした。

 ……私、そんな癖があったのね。


「……そうなのね。やっぱり貴方って、洞察力が非常に優れてる。」


「どうも。」


 自分でも、とても驚いた。まるで、心の内を見透かされてるみたい。

 ……私の……最大限にまで考えた咲夜歌の今の状況を、イミラやツェルに言ってもいいかもしれない。本当に、可能性でしかないものだけれど。


「あの装置の詳細はよく分かってない。だから、咲夜歌が今どういった状況にあるのかもわからない。だから最悪の場合……」


「咲夜歌が死ぬとか?」


 イミラが口を挟む。その答えは実に安直であり、真実より程遠い。


「いいえ……。世界の秩序が乱される。」


 二人は、わからないと言いたげに私を見る。


「あの装置に吸い込まれてわかったことがあるの。それは、単なる時間遡行装置じゃなかったっていうこと。私達は、今までそう思ってきたでしょう?だけど、違った。あれは……」


 そこまで言って、言葉が詰まってしまった。視線が泳いで、次の言葉を探している最中、思わぬところから声が聞こえた。


「面白そうなこと言ってんなぁ?」


 それは、斜め後方から。イミラでも、ツェルでもない。野太い声が、後ろから響いた。振り向くと、リーロディヴがニヤついてこちらを見ている。

 いつの間にかあの食事を終えて、頭にかぶったフードを指で摘みながら、何事も無かったかのように白い歯を晒している。

 イミラは一歩前に出て、リーロディヴを睨む。


「お前には関係ないだろ。」


「いいや関係あるな。」


 食い気味に言葉を返されると、片膝をたたみ太い足を席に置く。視線をイミラから、即座に私へ移される。


「わかったことってなんだ?生憎、オレも部外者じゃないんでね。」


「……何言ってるの?」


 こいつは一体何なの?部外者じゃない?罠……?……だめだわ。正常な思考が出来ない。

 思わず片手で頭を抱えてしまう。


「お待ちください。」


 ずっと黙っていたツェルが、ツェルに向かって制止をかけた。私に近づくと、少し膝を曲げて自身の口に手を添えたあと、私にしか聞こえないような声で囁いてきた。


「実は、この者を見てから引っかかっていた事がありまして……」


 思わずリーロディヴを見据える。ツェルが言葉を続けていく。


「メイと日常的に談笑していた者ではありませんか?」


 その言葉を理解した時、失っていた記憶のピースを得た気がした。


 研究所中で、かなり目立つような黒いパーカーを着ていた。加えて、いつも隣に白衣を着た研究仲間のメイがいたから、余計に目立った。

 課が違うのに、時間が開けばいつも共有している研究室に邪魔していた。私達が所属する課で、知らない人はいない程に。


 影族だから、姿や形は変わってないのに、何故だか私は忘れていた。イミラは覚えているだろうか?そう思って、すぐ結論が出た。


 イミラは、リーロディヴと会った時、若干の嫌悪感を抱いていた気がした。気がしただけで、確信は無かったが。

 私の記憶が正しければ、この店に会うもっと前、つまり、研究所で会った時から良い印象とは思っていないはず。イミラの性格……空気を壊されるのが嫌いという一つの性格があるから、そう思っただろう。


 疑いを確信に変えようと、私はイミラへ顔を向ける。


「イミラ、リーロディヴの事を覚えてる?店の時より前の、研究所で会った時の事。」


「は?そんなわけねえだろ。覚えてたらそもそも近づかねえし。」


 ……ただの勘違いだったみたい。


 さらに、ツェルが私に言った言葉が聞こえていたみたい。あとから、リーロディヴについて思い出したのだろう。


 ……このことについて追求するとキリがない。リーロディヴに再び向くと、私はなるべく自然な形で咲夜歌の話に変えた。


「あの装置に吸い込まれた咲夜歌が、今危険な状況にあるかもしれないの。どうか、咲夜歌を助ける仲間になってくれないかしら?」


「は?」


 疑問を投げかけるように返事をした。思わぬ返事にたじろいでしまうと、疑問を目を向けながら私に質問をしてくる。


「あの装置のもとへもう一度行くのか?だったら仲間になってやってもいいぜ。オレは咲夜歌よりそっちに興味があるからな。」


「もちろん。あの装置へ行くわ。」


「じゃあ行くぜ。」


 こんなあっさりと話が終わった。リーロディヴはテーブル席から降りると、ゆっくりと立った。


 ……拍子抜けの様な気もしたが、結果的に仲間になったので、これで良いだろう。


「いいのか?アリア。」


 イミラが囁いてきた。私も、リーロディヴについて様々な心配があるが、それをいつまでも考えている暇はない。


「これでいいのよ。」


 私は、新たな仲間を連れて一階へ降りていった。


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