熟す時
テントから出た後は簡単だった。まず、全員に私の体のどこかに触れさせるよう指示する。漏れなく全員を、転移魔法で転移させられるからだ。
この事を説明した後、エリサとグラスが納得したように頷いた。
……イミラはどうして私の手の甲をつつくように触っているのかしら。鬱陶しいし、触るなら堂々と触りなさい。貴方だけ残ったらどうするつもり?
私は、イミラの手を強引に握る。
残りの仲間の、グラス、エリサ、ツェル、骨種族の奴は腕や肩などの適当な所を触ってくれていた。
「準備はいいわね?」
全員、頷き返した。最後に、皆に覚悟を持たせる。
「酔いによる吐き気にだけ気をつけて。行くわよ。」
*
一瞬の歪みで、体が捻じ曲げられる様な感覚が、空間を含めた全身に走ったところで、転移が終わる。目の前に飛び込んだのは、見た事のある店内の二階。
大きな窓からは太陽が差し込み、複数のテーブル席やそこに敷かれた明るい緑を基調にした白のテーブルランナーが、眩しいほどに照らされていた。
ガッ、ドゴッ、ゴッ
重いものが、乾いた木造の床に落ちる音が数回辺りに広がった。どうやら、複数人、転移に失敗したようだ。失敗と言っても、空中から地面に落ちただけだが。
落ちたのは、グラス、エリサ、骨種族の奴の三人。どれも魔法を扱えない者達。
「うぅ〜……」
「ちょっと……もっと優しく転移出来ないの?」
「またか……いってぇ」
三人のうち、エリサが不満を漏らす。
ツェルがエリサの手を引き、ゆっくりと立たせると、エリサは質素なドレスに付着した埃などを振り払った。グラスはイミラの手を借りて立ちあがり、骨は誰の手も借りずに一人で立ち上がった。
さて、ここは二階だ。受け付けにいるツエルバから近くない場所に移動してしまった。一階へ繋がる階段を向かう最中、周りに目を向けながら歩き出した。
そして、太陽の当たらないあのテーブル席に、仲間のさせる一人がいた。ツエルバはいつも受け付けにいるはず。エルダートは過度に地下から出てくることはきっとない。
テーブル席に並ぶインスタント食品とその残骸。まだ何かを貪っている黒い影は、こちらに気づく様子は一切ないようだ。
こいつが満足したところでまたここに来るとしよう。……きっとそんなことはないと思うが。今の状態では、話すことすら困難だろう。
現実離れした光景を横目に、階段を降りた。
受け付けには、小さい手を枕がわりにして寝ているツエルバがいた。寝ているところ悪いけど、これから重要な話があるのよね。……ああ、そうだわ。
先に、咲夜歌に興味を示していたエルダートから話をしてみましょう。きっと、快諾してくれるかもしれない。
階段近くにある扉のノブに手をかけて開ける。……鍵がかかってる。解錠魔法を使うしかないわ。簡単な木造の扉だから、これくらいはどうってことないわね。
扉を軽くノックして発動させる。そこから波紋が広がり、扉が光る。鍵が解錠される音が聞こえると、ノブを回して扉が開くことを確認した。
そのまま、地下室へ向かう暗い階段の先を進んだ。
白い縦の筋が目の前まで来ると、鉄扉を開ける。エルダートは、何かの文書を食い入るように見つめている。が、扉の開く音が響くと、こちらを振り向いてきた。
私を視界に入れた瞬間、骨しかない表情で嬉しそうに立ち上がった。
「これはこれは!!人間ではないか!!?ようこそ私の研究室に!」
興奮するエルダートを抑えつけるように、ゆっくりと口調を強めて話す事にした。
「ええ、そうよ。私は人間。時間はあるかしら?」
「やはりそうなんだな!!ここに人間が来るのは二回目だ!!こんな幸運な事あるのだろうか!!?キミ、咲夜歌を知っているかね!?キミと同じ人間なのだよ!!早速会って彼女を安心させるといい!魔族だらけの世界に恐怖しているだろうからね!」
残念。咲夜歌はその反対。恐怖しているのではなく興奮しているの。今の貴方と同じように。
「そうね。それで……大切な話が」
「あああ!!そういえば咲夜歌はどこにいるんだ??今日もこの店に来ていないのか??いつもは早く来ては私に挨拶してくれるはずなのに、太陽が真上に登っても来ないとは!!彼女の身に何かあったのか!!?」
「ええ。そうよ。」
「……え、本当かね??」
我に返ってやっと静かになったエルダートが、私の目をまじまじと見つめながらそう聞き返した。
「今、咲夜歌は危険な状況にある。どうか仲間になってくれないかしら?」
「もちろんだ!!やっと人間に繋がる情報が見つかったというのに、死なれては至極困窮する!!咲夜歌はどこにいるのかね!?」
「焦らないで。まずは、咲夜歌を救出する仲間を、あと二人ほど集めないといけない。」
「むぅ……」
エルダートは、不服そうに腰を曲げて俯く。が、すぐに背を伸ばして私を見下ろす。
「仕方ないな!!キミも人間だ!言うことは聞こう!!」
「ありがとう。」
「……やけに上手くいったな。あいつ、疑ったりしないのか。」
後ろにいた骨が、私からエルダートに視線を移しながら口から零した。
「咲夜歌が人間だから、研究対象が死なれては困る、ということよ。何故疑わないのかは見当がつかないけど。」
骨に視線を移す際、視界の隅に、自身の手を見つめるグラスが見えた。そちらに目を向けると、何かを拾ったようだった。掌に、紫色に光るガラス片の様な物を持っている。あれは……
私以外に、そのグラスの様子を疑問に思った仲間の一人が、グラスに近づく。イミラだ。
「何してんだ?」
「わ!!う、ううんなんでもない!」
桑色の被毛や尻尾が逆立って驚いたグラスは、手にあったそれを急いでポケットに突っ込んだ。苦笑いを浮かべながら、手に何も持っていない素振りをイミラに見せる。
「ほら、何も持ってないし!!」
「……そうか。」
イミラは、疑いの目を向けながらも、深くは追求しなかった。
「だが、もしここで何か拾ったりしてたら、この部屋から出る前にここに置いてけよ。」
「……うん。」
遠回しにグラスへ注意を喚起すると、イミラは部屋を見渡しはじめた。文書と何かのガラス片が散逸された研究部屋。
散らばっているガラス片は、グラスが持っていたものとは全くの別物だということが一目でわかる。いや、見なくてもわかる。
これ以上ここにいる必要は無いと思い、仲間全員に階段を上がるよう指示すると、エルダートから順に上がって行った。
グラスは、ポケットの中を気にしていたが、やがて仲間に着いて行った。あの紫色の欠片は、ここに置いていかなかった。
*
「ツエルバ!!起きるのだよ!咲夜歌を助ける仲間になろうではないか!!?」
「……ああー??」
何が起きたのかと、頭をあげながら寝ぼけ眼を白い手袋に包まれた手で摩る。頭しかない体では、疲れそのものが頭に集中するはずだ。もし仲間に入ったら、誰かに担いでもらった方が良いだろう。
まだ頭が冴えていなかっただろうが、私から咲夜歌の状況を説明する。すると突如、目を見開いて受け付けの台を両手の平で叩く。
「はあ!?サヤカが危険!?その仲間になってほしいって……それマジかよ!!」
「ええ、まだわからないけど、咲夜歌を救えなかったら最悪の場合は……」
「大丈夫わかった。そこまででいい!どうりで最近来ないと思ったら……てかさ」
私を見るなり怪訝な顔を浮かべた。
「アンタの後ろにいるやつは仲間でいいんだよな?じゃあアンタは誰だよ?」
「私はアリア。咲夜歌の……いえ、咲夜歌に助けられた人間。仲間の詳細は、あと一人の仲間を集めてからでいいかしら。」
「……」
私と仲間達を見回し、表情が険しくなる。
「仲間になってもいいけど、それはアタシじゃないといけない?アタシである必要はある?」
「もちろんよ。この仲間は全員、咲夜歌を助けられる運命を持っている。貴方もそう。」
「ちゃんと理由はあるんだな……」
ツエルバは、考え込むように顎を浮いた手で支えて俯くと、小さく唸った。やがて、深い溜息を漏らすと、私を見据える。
「わかった……。ちょっと待っててくれ。」
受け付け台を飛び越えると、店の外に出る。りんご畑の方へ無い脚を動かして走っている。
さて、これでツエルバは仲間になった。残るは……
二階へ上がるための階段を越え、陽の当たらないテーブル席に座っている彼を見遣る。
リーロディヴ、貴方だけね。




