楽しい楽しい演奏会 前編
「ねぇねぇ!見て!」
朝食を食べている最中、犬獣人のグラスは咲夜歌と兎獣人のイミラに、あるものを見せる。
「これ!みんなで見に行かない?前からずっと気になっててさ!」
嬉しそうに尻尾を振りながら、チラシのようなものをふたりの前でヒラヒラと動かす。咲夜歌はそれを受け取って、まじまじと見つける。イミラも横から覗き込むように見る。橙色と紫色の配色が目立つチラシには、
『カボチャ三兄弟の演奏会!独特で素晴らしい演奏で、あなたを魅了します!』
と、大きく書かれていた。
カボチャ…!?
咲夜歌はこの単語に反応する。
カボチャが…楽器を…弾く…?
カボチャ!?
え、カボチャってアレだよね食べ物のだよね。あれが演奏するの?えあれが?どうやって?え、どうやって?
咲夜歌は混乱した。しかし、人外好きの身としては、期待せざるを得ない、と咲夜歌は考える。
一方、イミラは興味が無さそうにそれを見ている。朝食を食べ終わり、既に手はポケットに突っ込んでいる。相変わらず、ピンク色のパーカーを着ている。部屋着にも使っているようだ。
「どうかな?」
グラスがふたりの返答を求める。
「もちろん!」
咲夜歌が光の速さで即答する。若干食い込み気味になっていた。咲夜歌は横を向いて、チラシをつまらなさそうに見ていたイミラにも、
「行きましょう!イミラも!ねぇ!」
と、強引にせがむ。イミラは咲夜歌を見て、溜息を一つ吐く。咲夜歌から目を離し相変わらずの低い声で、あー、と頭を掻く。面倒くさそうに仰ぎながらも、もう一つの溜息混じりに、わかった、と返事をした。
「これっていつにやるの?」
咲夜歌はテーブルに身を乗り出してグラスに聞く。また、あの時の興奮が再発したようだ。
「今日の夜だよ!」
「今日の夜…。」
グラスが言った言葉を確認するように言う咲夜歌。途端、ふたりを交互に見つめながら、
「忘れないでよね!!」
と、大きな声で言った。グラスは、それに反応するように
「うん!」
と答えたが、対照的にイミラは無視するように何も返さなかった。咲夜歌はそれに気づいてイミラの長い耳に口を近づけた。
「わす「わかったからやめろ!」
*
咲夜歌達は外に出ていた。あの演奏会は、咲夜歌がよく部屋の窓から見ていたあの都会の場所でやるようだ。演奏会が開かれるのは夜だが、咲夜歌達で話し合った結果、昼に出て都会を見回ってから行こうという話になった。
聞けば、グラスもイミラも買い物以外で都会に行く事はあまりないのだという。だから、どうせだから都会を見ていこうよ、というグラスの意向を以て、昼の時間に外に出たのだ。
都会への道を歩く最中、脇道に、あの赤い館に通じる道を見つける。咲夜歌は、先日の事を思い出した。あの赤い館に居るという執事のツェル。そのひとから館に入れる紙をもらったのだが、未だに使っていない。特に用事などないから、仕方ないかもしれないが。咲夜歌は、ふたりに何気なく館の事を聞いてみる。
「ねぇ、この先のある館って、何?」
「ん?…あぁ、館。あの赤い。」
「そう。あれって何であるの?」
「…そう言えば、確かに気になるかも?」
少し興味があるのだろうか、ふたりは館の話に食いつく。しかし、どうやらふたりは、この街に長く住んでいるが、何故あの館が建てられているのか知らないのだという。
「どうせお偉いさんが好き勝手やってるだけの空間だろうよ。」
「そう、なのかな?」
嫌味を言うイミラに、同意をしようか迷う咲夜歌。そこに、グラスが割り込んでくる。
「いつかあの館にも入ってみたいよね!」
「あ…確かに、内装とかは気になるかも。」
「…お前ら…。」
自由気ままに言うふたりを見るイミラはため息を混じえてそう言った。
咲夜歌達は、いつの間にか館へ通じる道を過ぎ、近くなったビル群に近づいていく。道に積もった雪も徐々に無くなっていき、やがて、普通の整備されたような道を歩いていった。目の前の都会は、もう近い。
*
咲夜歌達は、都会に着く。道はモンスター達で溢れかえっており、ふたりの住む街より多い。モンスターの種族も多種多様で、球体で羽が生えたモンスター、手だけのモンスター、スケルトンのモンスターなどと、あの街にいない種族のモンスター達が数多くいた。
咲夜歌は、口を手で抑える。目の前の光景に圧倒されると同時に、興奮を覚えてくる。あの時の、初めて異世界に来た時の、興奮。それでも咲夜歌は、踏ん張った。
だめよ私。ここで歓喜の雄叫びなんてあげたらみんなから変人扱いされちゃうわ。堪えて、堪えるのよ私…!
咲夜歌は、叫ぶ代わりに長い息を吐いた。
「よし…大丈夫。」
「…。」
しかし、残念ながら既に変人扱いをしている兎獣人のモンスターが隣にいるようだ。咲夜歌はそれに気づかず、大股に歩き出す。そして、振り返る。
「さ!どこに行きましょう?」
「来てみると、どこから行けばいいか分からなくなっちゃうね…。」
グラスは困った顔で首を傾げる。すると、イミラが、あぁー、と言いながら考えるように視線を動かして頭を搔く。
「とりあえず、あの演奏会の場所は確認した方がいいんじゃねえか?」
「あ、確かにそうかも!」
イミラが出した提案に賛成するグラス。咲夜歌も、同意するように頷く。
「それじゃあ…チラシに開催場所って書いてる?グラスちゃん。」
「え!あぁ!えぇとっ!」
グラスは演奏会のチラシをポケットから取り出す。小さく折りたたまれた為、折り目が多く交差している。
「ええと…。」
どこに開催場所が書かれているか探すグラス。咲夜歌もイミラもグラスの横に来てチラシを覗き込む。
「あ、これかしら。」
咲夜歌はチラシの左下の方を指さす。
そこには、
『地図から見て都会の南西の位置にて開催!』
と書かれている。
…いくらなんでも適当でしょう…これ…。
咲夜歌さえも、この適当さには困ってしまい、首をかしげる。
「…地図ね…。」
一方、イミラはなにか考えているようだ。と、思えばいきなり都会の中へと歩き出す。
「ちょ、ちょっとイミラちゃん!どこ行くの?」
咲夜歌はイミラを引き止めた。苛立ちを隠し切れずに長い耳をピコピコと動かすイミラは、振り返って咲夜歌に言う。
「地図はそこら辺に売ってるだろ。それを買いに行くだけだ。あと"ちゃん"をつけんじゃねえ。」
後半は怒りがこもった言い方をしたイミラだったが、咲夜歌には効かなかった。むしろ、嬉しそうに笑う。そして、よし、と意気込む。
「じゃあ、地図!買いに行きましょう!」
そう言うと咲夜歌は楽しそうに歩き出した。
「おい。」
しかし、イミラが引き止める。咲夜歌はそれに気づくと、ん?、といいながら振り返る。
「お前地図売ってる場所知ってるのか?」
「………。」
咲夜歌は、時が止まったかのように動かなくなった。
*
「ほら、これだ。」
そんな歩いていないところの店で地図はすぐ見つかった。見開きはA3くらいの大きさの地図のようだ。地図のほうは都会以外の場所も記されており、旅行するにはもってこいの品物だ。イミラは持ち合わせたお金でそれを購入した。
「西南区ね…。」
「区…?」
咲夜歌はイミラの放った言葉が気になった。地図を覗き込むイミラとグラスに混じり、咲夜歌も見てみる。すると、都会は、方角によって区で区切られている事がわかった。北だと北区。東南だと東南区。今咲夜歌達がいるところは南区だ。咲夜歌はさらに南のほうを見てみると、咲夜歌達が住んでいるだろう街は、Lを左右に反転させ、九十度左に回転させた形のような半島だということに気づく。そこに名前は無く、だた半島と記されている。
「区で分けられているのね…。」
「いまさら知ったのか。」
イミラは少し呆れたように咲夜歌に放った。その後、地図どうりに歩みを進める。ここから西南区はそう遠くない。咲夜歌とグラスは早足気味のイミラに置いていかれないようについていった。
*
しばらく歩いていれば、演奏会の会場らしきものが目に入ってきた。チラシの配色に似た大きめのテントが置かれている。…いや、どちらかといえばサーカス場だろうか?少なくとも、外観はそういう印象を受けた。咲夜歌は物珍しそうにそれを見据える。
「なんかサーカス場みたいね。」
「サーカス…?」
咲夜歌が思わず漏らした言葉に、グラスが疑問を持つ。それに気づいた咲夜歌は両手を右往左往と動かしながら慌ててごまかす。
「ああいえ、なんでもないわ!」
「とりあえず入ってみるか。」
イミラはそう言って大きいテントに近づいていく。咲夜歌もグラスもついていく。
「にしても、演奏会をするには小さくないかな?」
テントの入口付近でグラスはそう言う。言われてみればそうだ。
こういうのは、劇場とかがいい筈なのに…テントね…。
咲夜歌もグラスの言葉に同意する。咲夜歌とグラスは、入る前にもう一度テントの大きさを確認すると、イミラに続いて入って行った。
中に入ってみれば、かなり大きな空間となっており、劇場とまではいかないがステージも本格的に作られている。…ん?かなり大きい空間?
咲夜歌は中の広さの確認して、外のテントの大きさを比べた。そこで分かった事実に、咲夜歌は驚く。
これ…テントの大きさと中の空間の大きさが違うわ!中の方が大きい!
咲夜歌は、なんだか間違い探しをしているみたいで楽しくなる。
「空間魔法か。」
イミラが小さく呟いた。
「空間魔法…。」
その言葉を確認するように咲夜歌が言う。なんとなく、その空間魔法という言葉の意味を理解した。
咲夜歌達はステージに近づいていく。ステージはチラシと同じように、橙色と紫色の配色が目立つ飾りが施されている。平面なダンボールに絵を描いたような簡素なものではなく、紙か何かで作ったであろう立体的なコウモリが吊るされていたり、また縁は紫色で施された赤色のカーテンコールがあったりなど、かなり本格的だ。ステージの斜め上から降る光が、更に装飾を引き立てていた。
「きれいだね!」
「そうね!演奏会、期待できそう!」
咲夜歌とグラスが楽しく話し合っていると、不意に後ろから誰かがテントに入ってくる音が聞きえた。咲夜歌達は振り返ると、
「お、もう客がいるみたいだな?」
「いらっしゃーい!」
と話す、カボチャが現れた。
その姿に、咲夜歌は驚愕する。
カボチャは頭だけで、他は人間のような骨格をしている。指だって、五本指だ。衣装を着ているから分かる。しかし、肝心のカボチャから下の体が見つからない。
もしかして、体は透明になってるの!?もしくはカボチャが浮いてるだけで体の方は触れないとか!?はぁあ!!すごいわ!ありね!大あり!こういう感じの人外も悪くないわ!むしろ何故今まで気づかなかったのかしら!?
咲夜歌は口を手で塞ぐ。何かを抑えるように。グラスは演奏会の主催者であろうふたりのカボチャに、尻尾を振りながら興奮気味に話をする。
「わぁ!カボチャさんたちだぁー!僕、ずっと待ってたんです!」
「おぉそうか、ありがとうな、犬くん。」
犬くん。そう発言したカボチャは、背が高く声が低い。手は白い手袋をしている。顔は…ハロウィンなどでよくある、くり抜いたにやけ顔と言ったところか。被り物みたいだ。更に、笑った時目にあたる部分が上を向いた弓のような形に変化する。
衣装の方は、奇抜というか、ハロウィンを彷彿とさせる衣装である。紫色と橙色の縞模様の大きい魔女帽子。服は帽子と同じ配色の白衣を身に纏っている。
…多分白衣みたいなもの。
足は茶色の長いブーツを履き、紫色の長めのズボンの下部分がブーツに入っている。
「まぁ、僕達はお客さんがいるからこそ頑張れるってわけなのだ!この演奏会も成功させるのだ!」
意気揚々と胸を張って語るもうひとりのカボチャは、隣のカボチャとは対照的に、背が低く声が高い。多分…男の子。性別があったらの話だけどね。顔も、にやけ顔というよりかは純粋な笑顔に見える。
ここで、咲夜歌は思い出す。
そう言えば、チラシには三兄弟って書いてあったわよね?でも目の前のカボチャはふたりしかいないわ。
咲夜歌は隣にいるイミラに聞いてみることにする。
「もうひとりは?」
「…いや俺に聞かれても。」
イミラは嫌そうに顔をしかめる。すると、今のを聞かれていたのか、背の高い方のカボチャが割って入ってくる。
「ああ、アイツか。」
そのカボチャは笑いながらも呆れたように言う。
「アイツはね…怠け者だから、来るとしても開会直前かもね。」
「そういうヤツだから仕方がないのだ。」
隣の背の低いカボチャも同様に呆れて言った。
「まあ、と入っても開会にはまだ時間があるし、さすがのアイツでも遅刻することはないかな。」
「あ、そういえば!」
グラスが突然声を上げる。咲夜歌は、どうしたの、と聞いた。
「次は、都会の方を見ていくんだったよね?」
咲夜歌は、一瞬だけ考えたがすぐにわかった。
「あ、もう演奏会の場所もわかったもんね。」
「どこかに行くのかい?」
背の高いカボチャが疑問に思って聞いた。咲夜歌は言おうとしたが、先にグラスに言われる。
「あのね、都会はなかなか来ないから、演奏会が始まるまでここら辺を散歩しようってさっき話したんだ!」
「ああ、そういう事か。」
背の高いカボチャは、納得するように頷く。目も下に向いた弓のような形になっていたのを、咲夜歌は見逃さない。咲夜歌は改めて思う。
ありねッ!こういうのもありッ!
「ここらだと、大きい図書館とかあったな。」
「そこで時間を潰せばいいと思うのだ。時間はいっぱいあるけど、本を読みすぎないようにだぞ!」
ふたりのカボチャはそう教えてくれた。とても優しい。そう思った。
「ありがとう!…えぇっと…。」
名前を言おうとして、止まる。そう言えば、名前を教えてもらっていない。しかし、背の高いカボチャが察してくれた。片手は胸に置き、もう片方の手は隣を見るように促す。
「俺はカルダ。で、隣が」
「ナインドなのだ!」
「あ、ありがとう!カルダさん、ナインドさん!」
咲夜歌は改めて礼を言う。小さいながらもお辞儀もした。
「…行くか?」
地図を見ていたであろうイミラがそう言う。
「…えぇ、行きましょう。」
咲夜歌は少し名残惜しさを感じたが、ここにいても仕方がないと思った。出来ればカルダやナインドと話をしたかったが、仕方ない。咲夜歌達はテントの出口に向かう。ふたりのカボチャも、送るようにこちらを見る。向かう途中、グラスが振り返りながら
「演奏会、楽しみにしてるよ!」
と嬉しそうに放った。それに応えるように、カルダとナインドも
「ありがとう!待っているよ!」
「待ってるのだ!」
と返す。
咲夜歌達は大きいテントから出ると、カルダが言っていた図書館を探すことにした。