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掛け合い

 

「話……?」


「ええ、エリサお嬢様。貴方にも関係がある話なの。聞いていただけないかしら?」


 食堂で、豪華で軽い朝食を介し、私と、この赤色の館の主である小熊猫獣人種のエリサが向かい合って座っている。

 重々しい雰囲気が漂い、エリサの後ろに立っている執事のツェルが、こちらを睨んでいるような気がした。

 黒いシルクハットで顔は見えなかったが、私はそう感じた。実際はどうか分からなかったが。


「私に、ね。……聞くだけ聞いてあげる。でも、あまりにもつまらないものだったら、即刻ここから出てもらうわよ。」


「もちろん。私もそのつもりだわ。」


 初対面では、警戒心も強い。話をわかってくれている、後ろにいるツェルが上手く私にアシストしてくれれば、スムーズに事を運べる。

 エリサが、私の隣を指さした。


「ところで、この人達は?」


「仲間。」


 私の後ろにいるのは、全員仲間よ。咲夜歌(さやか)を助けるためなら自分の命を投げ捨てることすら厭わない。……いや、こう思っているのは私だけかしら。

 今のところ、名前を忘れた骨種族一人に、兎獣人種のイミラ、犬獣人種のグラス、そして私。

 エリサは、私達を興味深そうに見つめ、鋭い目を細くする。


「仲間?それは面白いわね。旅に出るつもりで?」


「旅といえば旅なのかもしれないわ。」


 いつ切り出そうか。そう思いながら、思考をめぐらせて言葉を放つ。

 が、それは遮られてしまう。


「そこの犬の少年さん。名前はなんて言うのかしら?」


「ぼ、ぼく?」


 エリサが指さした方向に、グラスが立っていた。朗らかな性格な筈のグラスが、相手を怖がっているのか縮こまっている。


「グ……グラスって名前だよ……!」


「グラス……そう。」


 若干、エリサの表情が緩んだ。私の方に顔を向けると、指さした方向は変えずに聞いてきた。


「グラスと話をしてみたいの。あなたの話は後でもいいかしら?」


「……」


 困ったわ。咲夜歌を助ける時間があまり無い。今頃、咲夜歌は大変な事態に陥っているかもしれないのに。

 ……ここで強引に切り出しても良くない。グラスに賭けるしかないようね……。エリサとツェルを、上手く仲間に加えてくれれば、それでいい。


「わかったわ。……グラス、座って。」


「う、うん。」


 グラスを、立ち上がった私が座っていた椅子に座るよう促す。グラスが座ると、エリサと向き合う形になり、賭場が完成する。

 まだ手をつけていない朝食の一つを、エリサが指先でグラスに押し進める。それは、朝食のメインであるシチューだった。


「あなた、シチューは好き?」


「え?……も、もちろん、だよ……。」


 質問の意図が全くわからなかった。それは、質問の主であるエリサ以外の、この場にいる全員がそう思っただろう。

 エリサは、また質問を投げかけてくる。


「このシチューを作ったのはあなた?」


「ぼ、ぼくが作ったけど……。も、もしかして、マズかったとか!?」


「いいえ、そういうことじゃないわ。まだ食べてないし、美味しいかなんて判断できない。」


 虫のような声で、あ、そっか……とグラスが漏らす。

 エリサの口が穏やかに緩むと、視線をグラスからシチューへ変える。


「私、ほぼ毎日、近くの街を散歩をするの。決まった時間に、決まった道でね。それで、時々……この匂いがしてくる家があって……驚いたわ。」


 今後到底見ることの出来ないだろう穏やかな表情を浮かべ、言葉を続けていく。


「とりわけ、これに執心があるわけじゃないけど、いつか家にお邪魔して食べたかったの。……まさか、こんな形で巡り会うなんて思わなかった。……食べてもいい?」


「う、うん!」


 エリサの言葉を受け、すっかり笑顔になったグラスが返事をする。……私も、こんな形で緊張した空気が緩むとは思わなかったわ。グラスと話をさせて正解だった。

 エリサはシチューをスプーンで掬い、口に運んだ。何度か頷くと、スプーンを皿の端に置いた。口に合ったのだろう、一口味わったあとのエリサはどこか楽しげに見えた。


「ありがとう、グラス。」


「こちらこそ!」


 今、エリサの後ろにいるツェルはこの光景をどう思っているだろうか。後で聞いてみようかしら。

 ……それはそれとして、そろそろ話をしたいのだけれど……。


「じゃあ、お話の続きを……いいかしら?」


 私の思ったことが聞こえたかように、願いが叶う。

 エリサは、表情こそしっかりして私を見据えているが、あの話の後だからか、緊張感はまるで無かった。

 グラスと私のいた位置が入れ替わり、再びエリサと向き合う。

 今なら切り出せるだろう。


「咲夜歌の事は知っているかしら?」


「サヤカ……あぁ、あの活発な子ね。それがどうかしたの?」


 活発というイメージをエリサは持っているようだ。好印象で良かったわ。もっとやりやすくなる。


「咲夜歌は今、危ない状況にあるの。私たちと共に助けましょう。」


「……危ない状況?具体的に言うことは出来る?」


 結局のところ、咲夜歌が危ないかどうかは憶測に過ぎなかった。ただ、あの状況で逃げ切れる確率は極めて低い。あの化け物に捕まったとしたら、今良くないことが起きているのである。

 良くないこと……例えば……もう死んでいるとか。

 ……いいえ、そんなことは無いわ。あの空間で死ぬことは、もはやイレギュラーである。だとすると……


「……憑依。」


「え?」


 聞こえなかったのか、エリサは聞き返してきた。


「いいえ……咲夜歌は危機的状況にあるとしか分からない。……でも、放っておけばいい結果は見込めない。」


「……断定はできないと?」


「……ええ。」


「……」


 エリサはだんまりして、考え込むように俯く。テーブルに置いた両手を互いに握り、やがて前を向いた。


「私は……構わないわ。サヤカを助けるくらい、どうってことでもないでしょ。仮に難しいとしても……」


 ゆっくりと口の端を上げていく。微笑みとは違う何かの表情を浮かべ、目の前のお嬢様(エリサ)は私を見据える。


「つまんない日々が色づきそうだから。たまには、こういう日常から逸脱できるなら、それはそれで面白そうだから、ね。」


 エリサは後ろを向いて、ツェルの顔を見上げる。ツェルは、私を見ていた視線がエリサに移る。


「あなたの意見も聞きたいわ、ツェル。この話に賛成?それとも反対?」


 私も、エリサからツェルへ視線を移す。ツェルの顔は勿論見えなかったが、苦悩する表情を浮かべているのではないだろうか。

 しかし、私の考えとは裏腹に、意外にもツェルは早い段階で声を出す。


(わたくし)は、お嬢様に着いてゆくだけでございます。」


 一瞬、エリサは不服そうに顔を歪めたが、すぐに微笑みのような何かに戻る。


「……そう。じゃあ、そういう事だから……」


 微笑みから、笑顔に変わる。あの鋭い顔からは、想像出来ないような、純粋たる笑顔で。テーブルに置かれたままの朝食を、両手を広げて私達に見せる。


「まずは朝食にしましょう!腹が減っては……ね?」


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