歪な三角形
ソファに座って、グラスという犬の獣人と話していると、二階から扉を開く音が聞こえた。一階からそこを見ると、研究員のアリアとピンクのパーカーを着た兎獣人が部屋から出てきていた。
淡々とした様子で階段を降り、俺達の前で歩みを止めた。
「話は終わった。残るは……貴方ね。」
そう放ったアリアの目線は、グラスに向けられていた。
アリアの隣にいた兎獣人は、驚いたようにアリアへ目を向ける。
「は?兄貴まで連れてく気かよ?」
「最終的な判断は貴方に委ねるわ、イミラ。グラスを連れていく?或いは置いていく?」
「……」
イミラという兎獣人は、険しい表情を浮かべながらグラスを見ている。何か考えているのか、数秒間は見据え、やっと口が開いた。
「兄貴、咲夜歌に会いたいか?」
「え?も、もちろんだよ!」
グラスの返事を聞いたイミラは、更に表情を険しくする。一瞬だけ、目がアリアの方を向いたが、すぐにグラスへ向き直る。
「俺から絶対離れんなよ。」
「う……うん……?」
正直なところ、咲夜歌救出作戦において、命の保証があるかどうかわからない。が、話を終えたこの二人の様子を見る限り、命がけで作戦に挑むような気がする。
頼もしいと思う反面、どこか不安になってしまう。そう思うのは、この二人に比べると俺は生半可な気持ちでこの作戦に挑んでいたからだろうか……。
俺だって、この命を賭ける程の覚悟はあったが、その覚悟さえ超えた決意を持たれては、足を引っ張ってしまわないかと思ってしまうのだ。
長い歳月を経ても、俺の性格は何も変わっていない。
アリアは、腕を組んで二人の様子を窺う。
「連れていくのね。」
「……ああ。」
イミラの返事にアリアは頷いて、黄色く濁った瞳でグラスを見る。
「単独行動はしないように。」
「う、うん!りょうかい!」
堅苦しい……というより、無感情のアリアに感化されたのか、グラスが純粋に返事をした後、最後に拙い敬礼を付け加えた。
*
記憶を頼りにして、赤色の館へと到着する。
朝日が上り始めている。もう少し、ここに早く来たかったのだけれど。
厳かな装飾を施された鉄柵は、館や大きな庭を、足を踏み入れるなと言わんばかりに囲む形で立てられている。
ツェルは、この館の主の、エリサという小熊猫獣人種の執事をやっている。
執事がどういう仕事をするのかはわからないが、時間に厳しい、といった偏見を持っている。……そこはまあ、どうでもいいわね。
ツェル、次は貴方が仲間になるのよ。どうせなら、貴方の言うお嬢様も。
鉄柵の隣の柱に設置されたインターホンを押す。最初は気づかなかったが、この機械、微量に魔力が溜まっているようだ。
……なるほど。
ツェルは、とても面白いことをやっている。
この微量の魔力、ツェルのだわ。恐らく、魔法の発動条件はインターホンを押すこと。……透視魔法?……私達は今、ツェルに見られている?
……ツェル。今見ているのなら、私の言葉、聞こえるかしら?
「話があるの。開けてもらえる?」
…………反応はない。
後ろから、イミラの声が聞こえる。
「そういえば昨日、ツェルと話し合ったんだ。待ち合わせる場所に、もしかしたらもう着いたのかもしれねえ。」
「……もっと早く言ってちょうだい。」
私は、振り返るのも億劫になって、あの館に放ってしまった。
ああ、これこそ正真正銘の無駄足。イミラからその場所を聞こうとした。
が、
鉄の擦りつけ合う音が目の前に響いた。門が開けていく。柱の端まで鉄柵が収納されると、音は止まった。
「……聞いてたんじゃないの、ツェル。」
「へ?……魔法か?」
あっけらかんな表情をしている骨が聞いてきた。……わざわざ説明する必要も無いわ。
「そう、ツェルが魔法を使っていたのよ。」
最低限の言葉で会話を済ませ、開けた門を潜る。後ろを振り向かなくても、三人が後ろから着いてくるのがわかった。
足元に降り積もった雪は、まるで私達の侵入を許すかのように足音を極限にまで減らしてくれる。……やだわ、侵入だなんて。私は何を言っているのかしら。
玄関の両扉を軽くノックして、すぐに出てきた。
影のような黒いスーツに身を包むツェルが、私を見るなり後ずさった演技をする。当然、顔は黒いシルクハットの影で見えない……ように隠している。
「これはこれは……お久しぶりですね。」
「茶番はいらないわ。話をしに来ただけよ。咲夜歌について、ね。」
私の話を聴きながら、ツェルは後ろの三人を順に顔を向ける。状況を察してくれたのか、三人を見終わると再び私に向き直った。
「……生憎、お嬢様が起きる時間が迫っているのです。朝食を作らなければなりません。咲夜歌の件は、後ほどでもよろしいでしょうか?」
執事というものは大変なのね。主のために、献身的に働かなければならない。
……ああ、そうだわ。良い案を思いついた。
博打だけど、やらないよりずっといい。
「なら、私達も手伝うわ。時間は有限だもの。一秒たりとも無駄にしてはならない。」




