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見出す心

 

「ここね。」


 着いたのは、レンガ家が建ち並ぶ街の、とある家。地面や屋根は雪が積もっている。今の季節が冬なのか、それともいつも冬なのか。

 パーカーはちょうど良かったが、半ズボンのせいで下半身の脚は寒い空気に晒され、足踏みでもしていないと凍ってしまいそうだ。


 早朝だからか、今のところ人通りは無く閑散としている。そんな静寂の中、アリアは言葉をこぼす。


「ここの仲間二人を連れてくるわ。貴方はここで待ってる?」


 長い黒髪が風で靡きながら、振り返って聞いてくる。相変わらず無表情だ。表情筋凍ってんじゃねえの?

 ……まあ俺は表情筋無いけど。そもそも他の筋肉すら無い。

 にしても、ここで待つ必要あるか?こんな寒い中で?凍え死ぬぞ。


「俺も中に入らせてくれ。外は寒いんだよ。」


「骨のくせに気温も感じる事が出来るのね。面白いわ。じゃあ、中に入ってちょうだい。」


 息をするかのように、自然に悪口を言われた。聞き逃すわけねえだろ骨でもちゃんと気温はわかるぞ。体温は無えけど。

 とかそんなツッコミを心の中で言って、口には出さなかった。


 アリアは、二階建てのレンガ家の玄関を強めにノックする。こんな早朝だ。強めに叩かないと気づいてもらえないのだろう。

 数十秒くらい経ったが、中から反応は無い。アリアの後ろにいるようにして、玄関を確認する。


「さすがに朝早くねえ?どうすんだよ?」


「玄関が開かないなら、別の入口を開けさせればいいのよ。」


「……」


 ちょっと……いや、だいぶ嫌な予感がする。まさか、窓でも割るんじゃねえよな?

 アリアが手を伸ばし、手のひらと玄関の扉が接触する。手のひらが光り出したかと思えば、あの輪の機械にあった空間……ギャップディメンションを玄関を覆い尽くすように創り出した。


 際限の無いポケットだとアリアは言っていた。これの場合は、一体どんな役割があるんだ?

 アリアは手を下ろし、目の前の空間を見据える。


「これを通って中に入るわ。……ギャップディメンションと転移魔法を合併させたのがこの魔法。ワープゲートって言ったところかしら。

 自分でも驚きだわ。これらを習得してから一切不自由が無い。……強いて感情が無くなったくらい。」


 静かな口調で口から零れた。振り返って、見せつけるように空間から一歩離れる。


「この家のリビングに通じているわ。早く入りましょう?」


「……おう。」


 何気にギャップディメンション気に入ってるじゃんか。

 アリアに色々と聞きたいことが湧いてきたが、今は素直にアリアに着いていくことにした。

 ワープゲートを通り、リビングらしき場所に移動する。近くに暖炉があるが、まだ使われていないようだ。朝日が差し込む窓の外は、俺達があの家の中に入って来たという白い証拠が広がっていた。


「いい家だな。生活しているやつは、さぞかし不自由でもなさそうだ。」


 こういうレンガ家の内装はあまり見た事はない。それ故に、目の前の風景が新鮮味で溢れた。

 綺麗に整理整頓がされたソファやらの家具を見る限り、綺麗好きなやつが住んでいそうだ。……ただの偏見だが。

 一階を見回していると、二階の廊下が見えることに気づく。引き込まれるように階段に目を移すと、何かが顔を覗かせた。

 隣にいたアリアが、ふっ、と鼻を鳴らす。


「勝手に入った事は詫びるわ。……私達は、貴方達に用があるの。話でも聞いて言ってくれないかしら?」


 階段にいるそいつは、まだ暗いそこから出ようとしない。様子を伺っているのだろうか。


「……だれ?」


 声は、幼い少年のようだった。階段の壁から、ゆっくりこっちを覗いている顔がやっと見れた。

 ……どうやら、犬の獣人のようだ。背丈は俺より低い。が、低すぎるわけでは無いようだ。隣にいるアリアより背が高い……つまり、この三人の中で一番背が低いのはアリアだ。俺より、頭一個分ない程度の背だが。

 アリアは、精一杯の微笑みでそいつに話しかける。


「私達は咲夜歌(さやか)の友達よ。」


「ほ、ほんと?」


「咲夜歌の居場所も知っているわ。」


 犬獣人は寝ぼけたような顔から、徐々に光り輝くような表情を浮かべはじめた。


「ほんとにほんと!?」


「ええ。嘘なんて吐かないわ。」


 そいつは、階段から走ってこっちに向かってきた。尻尾を振りながら来る様子は、まるで少年そのものだ。

 アリアのような……いや、アリアは極端だが、アリアのような大人びた振る舞いは一切していない。昔の自分を見ているようで、そいつを見ながら、複雑な感情に悩んでしまった。


「サヤカは!?どこにいるの??」


「イミラはどこにいるのかしら?」


 犬獣人が聞いたあと、アリアが威圧のようなものをかけるように聞いた。それを感じとったのか、犬獣人は悲しそうな顔になりながら、二階を見ながら奥の扉を指さす。


「あそこ……多分、まだ寝てるかも。」


 アリアは、最後まで聞くと、また精一杯の微笑みを顔に出す。


「ありがとう。」


 急にこっちの方を向くと、既に無表情の顔を浮かべながら俺に指を差す。その後すぐ、その指先は犬獣人に向けられる。


「骨。グラスの相手をしてやってちょうだい。私はイミラと話してくるわ。」


「は、はあぁ!??」


 いくらなんでも俺を適当に扱いすぎだろ!あと骨って!!……間違ってねえけどやめてくれ本当に。

 アリアは、振り向くことなく階段を上がり、犬獣人が指さしていた扉に迷いなく入っていった。


「あの……女の人……だれ?」


 ……しょうがないか。あいつとばかり話していても居心地が悪いだけだ。こういう、純粋な少年と話していた方が何倍もいい。


「……とりあえず、そうだな……ソファ、座っていいか?」


 アリア……何を企んでいるんだろう。



 *



 ここまで辿り着くのに、相当な時間を費やした。

 あまり掃除されていない部屋を見渡しながら、この部屋の主が暫定する。……いいえ、ベッドに横たわっているそいつを確認すれば、暫定なんて回りくどいことはしなくて済んだわね。


 ベッドに近づいて、枕元付近のベッドカバーを掴んで放り出した。



 そこにいるのは、もちろんイミラだった。



 変な水玉のパジャマを着て静かに寝ている。咲夜歌が窮地に立たされているとも知らずに、あたかも現実を見ないかの如く目を閉じて、惰眠に堕ちている。


 仲間なのだから、当然、弱点も知っている。貴方と過ごした研究材料にも等しい日々は、なんの意味も成さなさなかったわけではなかったようだ。


 こいつは、耳が弱い。


 詳しくは、耳に吹き込まれる息に弱い。何故かは知らないが、兎獣人種だからだと思っている。或いは、恐怖症やらを患っているのか。


 イミラの耳に口を近づかせ、息を溜める。ああ、反応が楽しみだわ。

 前にこれをやった時なんて、狼狽どころではなかったわね。もしかすると、今回も人参を放り投げてくるかもしれない。



 イミラの耳に、息を吹き込んだ。



「ああぁ!!?」


 叫び声とともに目が見開かれ、急いで耳を塞ぐ。その拍子に、空中に生成された人参が四方八方へ銃弾のように飛び散る。私の顔の真横から、僅か数センチ離れた銃弾が通り過ぎる。

 放たれた人参達は、天井や壁、ベッドを垂直に突き刺して、動かなくなった。


 イミラは、耳を抱えたままベッドから崩れ落ちた。ベッドを回り込んで、イミラの様子を伺う。頭を打ったのか、今度は頭を抱えて顔を床に向けながらうつ伏せに倒れていた。


「イミラ。さっさと起きて。貴方に話したいことがあるわ。」


 こんな笑えそうな状況なのに、感情が無いせいか、極めて落ち着き払ったように言ってしまった。

 イミラは頭を上げてこっちを睨んできた。しかし、すぐに睨む目が戸惑いに変わった。紅緋色の瞳が時間を感じさせないほどこっちを見つめている。

 やっと状況を理解したのか、イミラは視線を外しながら溜息混じりに笑いを漏らす。


「……もっとマシな起こし方なかったのかよ……。」


 聞かれないように、小さく呟いていた。残念。聞こえてしまったわ。

 イミラはもう一度私を見ると、靴下も履いてにない白い足で私の脚を触る。


「ちゃんとそこにいるのか……夢とかでもなく。」


「ええ。ここは現実よ。……それにしても」


 イミラへ手を伸ばして、体を起こす手伝いをしてやる。イミラは手を伸ばして手を握る。そのまま、私の力を貸して起き上がった。


「貴方、咲夜歌に背中を押したかしら?私が見た限り、救済の加担に加わってなかった気がするのだけれど。」


「……いいだろ別に。結果的にこうなって良かったんだろ?」


「貴方は本当に状況の理解が早くて助かるわ。……ええ。そうよ。ここまではちゃんと計画通り。」


 そう、ここまではね。唯一恐れているのは、仲間になるはずの者が仲間にならないこと。だが、それをいつまでも恐れていては始まらないわ。

 不安と勇気を込め、イミラの瞳を見据える。


「単刀直入に聞くわ。私達の仲間になって咲夜歌を救ってくれないかしら?」


「……」


 イミラは、怪訝そうな表情浮かべる。


「お前を助けた次は咲夜歌かよ。……まずは説明をしてくれ。」


 まだ何も知らないイミラからすれば、もっともな意見だ。……面倒だが、まずは経緯を説明をしなければなさそうだ。


「……あの装置を利用して咲夜歌との乖離に成功した。しかし、それと引き換えに咲夜歌はあの装置に引き込まれてしまった。私達のようにね。」


「……それどうやって助けるんだ?」


「方法が無いわけじゃない。あの装置に引き込まれてから、新たな魔法を手に入れたの。これは推測だけど、貴方も装置に引き込まれたのだから、何かしらの能力や魔法の覚醒はあるんじゃないかしら?私みたいに。」


「…………」


 イミラは、心当たりがないのか、それとも嘘をついているのかわからないが、平然として私を見ている。……個人差があったりするのかしら。それとも、単なる勘違いか。


「まあいいわ。私は、この新しく手に入った魔法を使って咲夜歌を救うの。……どうかしら?」


「あと、もう一個聞いていいか?」


 ……頷いて、イミラの言葉を聞く。


「俺が仲間になるメリットはあるか?」


 ……とても難しい。その問は、とても難しくて、不適切よ。強いて、


「仲間にならないでいることによるデメリットが少し大きいくらい。」


「……」


 まるで、そうじゃない、と言いたげな顔を浮かべる。私だって、思いつかないわよ。メリットなんて。


 ああ、でも、そうだわ。


 私はただ、命の恩人だから咲夜歌を助けようとしている。では、ごく普通の生活している人に咲夜歌という存在が介入されたらどうなるだろう?

 別に、命の恩人でもない、歪に彩られた日常の一コマの登場人物として捉えられるのがほとんどのはずだ。



 ……私のやっている事は、とても無謀なことだということに、今更気づいた。



 仲間を集めるなんて、そんな綺麗事を?馬鹿馬鹿しい。結局のところ、これは私の自己満足だわ。仲間を集めることすら、無謀。


「やっぱり、いいわ。私だけで片付ける。」


「は?……どうした急に。」


「仲間を集めるのは無謀だっていうことに気がついたの。私ひとりでなんとかするわ。……はぁ、無駄足だったわ。」


 踵を返そうとして、不意に後ろから手を握られる。イミラは、なにか言いたそうに視線を左右に彷徨わせる。すると決心したのか、私を見据える。あの、睨みともとれるいつもの半目。


「お前、変わったと思った。感情がない、まるで機械みたいにな。だが……何も変わってなかった。お前……背負いすぎだ。過ちとか、責任とか、そういうのだ。」


 ああ、聞いたことあるわ。この口調。貴方、いつもそうやって私に怒ってた。


「どうせあのデメリット、咲夜歌の生存率が下がるとかなんだろ?……やってやるさ。仲間になってやる。咲夜歌を救って、お前も救ってやる。」



「……ふふっ」



 イミラの言葉に、思わず失笑してしまった。


 ……失笑?……笑う?……今、私笑ったの?


 微量ながら、私の中に感情があったようだ。もしくは、芽生えたのか。どちらにしろ、大きな収穫だ。


 私は、まだ感情がある。


「わ、笑うんじゃ……」


 頬を少し赤く染めたイミラも、途中で、無表情を縛っていた縄が解けかけていることに気づいたようだ。

 私は、精一杯、微笑む。


「……行きましょう。次は……ツェルね。」


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