燃え尽きた日々と雨に溺れた日々
「……なぁ、咲夜歌を救うための下準備って何だよ。」
俺は、目の前を歩いているアリアという研究者に言った。こんな焼け焦げた研究所の研究者だなんて、信じられない。
暗く長い廊下の中を照らすのは、俺の小さな光魔法のみ。一寸先も見えないのに、アリアはためらいもなく歩いていく。
それに、こいつも人間だ。咲夜歌もそうだ。魔族がはびこるこの世界で、もういなくなったかと思ったのに。
長く黒い髪。黄色い瞳。高身長。美人だということは認めるが、こいつに一切感情を感じないのが不気味だ。
アリアは、俺の方に振り返りながら口を開ける。
「仲間を集めるの。咲夜歌と関係が近い者達、全員をここで結集させる。」
「……近い奴らじゃないとダメなのか?」
「ええ。関係が薄い者である場合、咲夜歌の救出率は低下する。関係者の記憶で訴えかける必要があるの。」
「……」
よくわからない。つまり……関係者が近い人達で咲夜歌を救う、ということか?
「それって、俺も入ってるのか?」
「入っている……というのは、近しい関係に、ということ?」
「ああ。」
アリアは、地下二階へ上がる階段を登る。
「どうかしら。近くも遠くもない……難しいわね。あなたが決めてちょうだい。」
俺も、アリアに続いて階段を登っていく。
「俺は近いと思ってる。だって……」
思わず、言葉が詰まってしまう。咲夜歌に……こんな姿を見せていたんだ……。最悪だ。
アリアは、まだ階段を上がる。次は地下一階に。それに着いていく。
「……アリアの他に誰かいないのか?研究者とか……」
別の話題を振り、さっきの話を無かったことにした。煤けた階段を登りきり、次は地上の一階へ。
「この様子だと、私以外いなさそうね。……何十年……いえ、何百年経ったのかしら。想像もつかないわ。」
一つ一つの単語に感情が入っていないかのように、淡々と話した。不気味で気持ち悪い。
地上一階に着くと、アリアは出口へ向かう。仲間を集めるのだから、今はこんな場所に用はないのかもしれない。
そして、今更ながら気になることを思い出した。
このアリアという人間は、地下三階の研究室にあった巨大な輪の機械から、投げられたように出てきた。あの機械は、咲夜歌を吸い込んだ機械だ。吸い込んで、間もなく入れ違ったように出てきたのだ。
単純に思った疑問をそのまま投げかける。
「なあ、あの機械はなんだ?この研究所の一番奥にあった、輪っかみたいな機械。記憶を蘇らせる機械なのか?」
「記憶を蘇らせる……?いいえ、少なくともそうではないわね。」
アリアは、両手首を掴むように腕を組んで考えている。
「私が思うに、過去も未来も行き来できる装置、といったところかしら。……あと、過去や未来から物を引っ張り出してこっちに持ってくる、といった行動もできることから、転移装置にも近いわね。」
「じゃあ咲夜歌は、過去か未来へ行ったってことか?」
「そういうことになるわね。でも、きっとそれだけじゃないわ。」
アリアが一息置いて、また話し始める。
「あそこが、咲夜歌の記憶が作り上げた世界と仮定するなら、きっと今頃大変な事になっているかもしれない。あいつに捕まっていれば、救出作戦を速やかに行動する必要がある。……上手く逃げていてくれればいいのだけれど。」
ダメだ。理解できない。記憶が作り上げた世界?何を言ってるんだ……?
「理解できないって顔してるわね。」
アリアを見ると、いつの間にか振り返ってこっちを見ていた。嘲るわけではないようだ。アリアは話を続ける。
「私も理解できないのよ。あの装置。どの研究資料にも詳細な情報は載ってない。誰が作ったかもわからない。存在している意味がわからないほど、あの装置は理解できない。」
結局、あの機械は何なのか分からないのか……。研究者でさえも理解できないらしい。
アリアは出口を目の前にして、違う方向へ進み始めた。そこは、入口から近い場所。受付のような所に歩いていく。
「おい、どこいくんだ?」
「寄り道。すぐ戻ってくるわ。……ここで待っててもいいわよ。」
後半は、付け加えるように言った。こんな暗い中で行かせるわけにはいかないだろう。光魔法を使って、今かろうじて辺りを明るくしているのに。
「俺も行く!何も見えないだろ。」
「……ありがとう。」
足を止め、顔を少しだけこちらに向けて放った。どうにも、こいつの無表情には慣れない。……慣れる気もないけど。
*
受付にあった扉を通り、小部屋に着く。壊れた机や倒れた椅子、焼け焦げた書類やらが散らかっている。本棚らしいものには、いくつかのファイルが納められていた。
どのファイルも、火の被害を受けていないように折りたたまれている。アリアは、そのひとつを手に取った。
ページめくって、何かを確認しているようだ。濁った黄色の目で、恐らく文字を追っている。
気になってファイルを横から覗こうとすると、アリアは唐突にファイルを閉じた。そして、床に投げ出した。
は……?
床に叩きつけられるはずのファイルが、あとかたもなく消えていた。叩きつけられる場所には、ファイルの代わりに、あの輪っかの機械と同じような空間が小さく広がっている。
そして、一瞬のうちに空間は小さくなり、やがて消えた。
「おい!なんだ今の!?」
「ギャップディメンション……なんて、今思いついた名前よ。私はこの魔法、よくわかっていないし。気づいたら、使えるようになっていたわ。ほら、これで」
今度は、そのギャップディメンションとやらを天井に創ると、さっきのファイルが出てアリアの手に落ちた。
「際限の無いポケットだと思えばわかりやすいかしら。」
「……そういう事か……。」
その魔法について、よくわかった気がする。アリアはもう一度ギャップディメンションにファイルを放り込むと、出口へ向かう。
結局、あのファイルはなんだったんだ?考えてもわからない。アリアに聞こう。
「あのファイルの為に寄り道したのか。結局あれは何が書いてあったんだ?」
「名簿よ。」
「名簿?何に使うんだよ。」
アリアは出口を開けながら、外を見渡す。ため息を漏らしながら外に出ると、ある方向に顔を向けた。
「証明よ。……いざとなった時のね。」
「……なんでこう、いちいち言い回すんだ?……なんの証明に使うんだよ。」
俺の方に顔を向けたアリアは、一瞬だけ心底呆れたような表情を見せる。……そう見えただけで、実際には呆れてはいないかもしれないが。この女は無表情を堅く縛ってるのだから、やっぱりきっと気のせいだろう。
「私が研究者という証明。きっと、見る人によって私という存在は、目を疑う程可笑しい筈だから。」
「……そう、ですかー。」
こいつなにいってんのかわかんねえ。
「貴方は私のことをどう思ってるのかしら?是非、聞かせてほしいわ。」
アリアの口角をが釣り上がる。釣り上がっただけで、笑顔とは程遠い。周りの枯れた木々や腐った土地とも相まって、まるで幽霊が目の前にいるみたいだ。
「……今のとこ、無表情キャラを貫く痛いヤツ、としか言えない。」
突然、釣り上がった口角が下がり、再びアリアの表情筋が仕事を止める。
「少しだけ我慢してちょうだい。これが精一杯だったの。」
「……。」
あれで精一杯なのか。ヤベえな。
「……骨種族の貴方も、私から見れば無表情ね。無表情同士じゃない。」
「お、俺はこれでも笑ったり出来るぞ!ほら!」
俺は、笑顔をアリアに見せるように晒す。これが笑顔なんだよ!知ってるか!?
「……残念。骨は骨ね。」
ふっ、と鼻を鳴らして、アリアは軽蔑した。……マジかよ。もう笑顔にもなれねえんだな……。
白く細い手で自分の白くて硬い顔を触る。……硬い。骨だけのこの体は、無慈悲に、表面化する感情を筋肉で表せられない。
「まあ、お遊びはこれくらいにして、さっさと行きましょう。」
アリアが俺に向かって手を差し伸べる。
「転移魔法を使うわ。私の手を握って。共に転移するわよ。」
「どこに行くんだよ?」
アリアの手に触れながら言った。アリアは、鋭い黄色の眼差しで、またある方向を見据える。
「……エルカトルラ。」
そう言った瞬間、体が宙に浮いた感覚が体中に走った。
*
ズボッ
「ぼおおぉ!!?」
落ちながら、頭に柔らかく冷たいクッションが当たった。両手で体を支えながらゆっくり立ち上がり、顔についたクッションを手で払う。
これは……雪か?
白い手のひらに柔らかい雪が付いている。元から体温などない手が、さらに雪のせいで冷たくなっていく。そんな熱くなる感覚が嫌で、思わず両手を前に振って雪を落とした。
「貴方、転移が下手なのね。」
後ろから聞こえた。振り返ると、両手を掴んで腕を組んでいるアリアが佇んていた。
朝日か夕日かわからない太陽に照らされながら、蔑むようにこっちを見ている。
「何だよ!魔法なんてあんま使ってねえんだ!しゃーないだろ!」
「そうね。貴方、マナをさほど感じないんですもの。訓練することをおすすめするわ。」
「……」
何も言い返せなくて、ついフードの上の端っこを摘んで深く被ってしまう。アリアの、あの無表情を見たくなくて、傾いた太陽の方を向きアリアに背を向けた。
「僻んでるのかしら?」
「……うるせぇなあ!」
背を向けながら、煽ってくるアリアに大きく返事をした。後ろからため息らしき息が聞こえると、いつの間にかアリアは俺の近くまで来て、肩に手が置かれる。
「ごめんなさい。貴方を落ち込ませるわけじゃないんだけれど、これだけは言わせて。あまり魔法が使えないと」
耳に、だんだんとアリアの口が近づき、言葉が鮮明に聞こえる。何の隔たりなく、耳に流れる。
「時には、大切な人も救えなくなるわよ。」
大切な人……。大切な人は……
「あら、それとももういなくなってたりするのかしら?だったら、本当にごめんなさいね。」
肩から離れたアリアの手を、振り返って強引に握る。握られたアリアは、俺の手を見てから顔を見た。
俯いていた頭を上げ、目の前の機械を睨む。
「俺は咲夜歌を助けるんだ。……今度こそ……な!」
「……」
変わらず無表情だったが、手を強く握り返される。
「……そういう性格、嫌いじゃないわ。……貴方がどんな理由で咲夜歌を助けたいかは分からないけど、最終的に私と利害が一致している。
咲夜歌を救いましょう。お互い、最善を尽くして、ね。」
「……もちろんだ。」
お互い握手を交わすと、手を離す。アリアが、朝日とは真逆の雪道へ歩いていく。それに続くことにした。
咲夜歌を救うんだ。
やっと報われる気がする。
やっと解放される気がする。
……待っていてくれ。咲夜歌。




