行動力の塊
「こちらだよ!入りまたえ!」
私の素晴らしい研究室に、黒いパーカーを着た影族である太った男を案内する!地下にあるから、陽光が届かないのが難点だが、それさえ目を瞑れば問題なんて何も無い!光魔法で補えば、それでいいのだよ!
それにしても、私はなんと運がいいのだろう?私を研究者として認めてくれるチャンスが舞い込んでくるなんて!この男が研究者かどうかは置いておくことにするが、私の話をよく聞き、よく理解してくれた唯一の生き物!
会って間もないが、この男は、私のよい助手になってくれるだろう!
「……部屋、散らかってるな。」
男は、私の研究室に入るなり、そんな失礼な言葉を吐き出した。しかし、掃除などする必要は無い!!
「確かにそうだ!否定はしない!だがこの私、この部屋にあるものがどこにあるか熟知しているつもりだ!問題なんて無い!」
「……それならいいんだが、せめて試験管やらの欠片は片付けてくれ。刺さったら痛いぞ?」
「わかっている!!」
この男の口から出るのは無礼な発言ばかりである!一般人なのに敬語すら使用しないとは!
……いいや、今はそれどころではなかった。この男の名を知っておかなければ!その後に本題へ移って行こうではないか。
「黒い男!名はなんていうのかね?」
「名前か?リーロディヴだぜ。」
「そうか!私はエルダート・カッサム!今後は私の助手として働きたまえ!リーロデブ!」
「……は?」
助手の赤い瞳が睨むようにこちらを見つけてくる。が、なぜ睨んでくるのか分からなかった私は、とりあえず無視して本題へ移ることにした。
奥のワークテーブルから書類を手に取ると、助手の前に立ち、背の低い助手が見えやすいようにして書類を見せる。
「見たまえ、咲夜歌が人間である証拠だ!咲夜歌は、数え切れないほど前に絶滅したとされる生き物なのだよ!それこそが人間!実のところこの書類は私の先祖が残してくれたものでね、咲夜歌のことについて色々と模索していたとき、ふと思い出したのだ!先祖が残した書類に、何か手がかりはないかと!すると、なんと幸運なのだろう?奇しくも人間について詳しく書かれていた書類が見つかったのだ!他にも」
「早く本題に移れ。」
「む……それもそうだな。」
話を中断させられ、助手に嫌悪感を抱いたが、助手の言っていることも正しいといえば正しい。反論することは出来ない。だが敬語を使っていない上に、一言一言の言葉がぶっきらぼうだ!命令口調もだ!そこだけはいただけない!
「咲夜歌という人間が、なぜ今になってこの場所へとやってきたのか!説を二つ考えた。一つ目は、咲夜歌は絶滅の生き残りであり、今も少数ながらどこかで他の人間が生きている説。二つ目は、過去からのタイムスリップでここに来たという説。」
「二つとも、細かい説明を聞いていいか?」
「もちろんだとも!」
助手らしくなってきたのではないか!?リーロデブよ!
「前者の説は、かなり薄いと思っている。何せこの場所は、深い洞窟やらは一切見当たらない。そんな場所で身を潜めて人間が生きているとは、とてもできない!後者は濃厚だと思っている。大昔の科学技術はかなり高いとされており、未来の視察として送り出されたのかもしれない!魔法の源、マナの存在が大昔から無いことから、咲夜歌から一切魔力を感じないのも、大昔から来たからなのだよ!」
「なるほどな。」
助手は、まるで感情が無いように相槌を打った。立った状態から微動だにせず、ただただ私を睨みつけるばかりだ。吊り上ったように口角が上がって、白い歯を空気に晒している。そして、私を睨む赤い瞳。
影族なのかと疑うほどの白と焦げた赤。今更ながら、不気味だと感じてしまう。歯と瞳以外は、闇のように真っ黒であるのが、また。
「オレはその二つの説を否定するぜ。」
「……!!!?」
まさか、否定するとは!この二つしか考えられないというのに、これは一体どういうことなのか!
「説明してくれないかね!?否定するその理由を!」
「簡単な話だ。」
近くにあった助手には少し高い椅子に、助手はフードのポケットに両手を突っ込んだまま、少し飛んで座った。床に着かない短い両脚を、ゆらゆらと交互に前の空気へ蹴る。
瞳が……ではなく、目が閉じて、終始口角を上げてニヤケている表情を崩さないで、ゆっくりと背もたれに腰を掛けていった。
「咲夜歌がオレだけに、直々に話してくれていたんだぜ。この世界に来た経緯。」
「……!!そ、それは本当かね!?我が助手リーロデブよ!!」
「……ああ。」
得意げなニヤケ顔になって、片方の脚を上げて座っている椅子の台座に足を乗せる。
「咲夜歌が言うには、別世界から来たらしいぜ?」
「ふむ……。」
咲夜歌がそう言っていたのなら信じるしかないが……
「嘘という可能性はないか?」
「どうだろうな。オレはそう聞いたからそのまま言っただけだ。」
なるほど……助手はそう考えているのか。
ふむ。この説も確立させていないのならば、一括りにしたほうが整理しやすいだろう!
「ならそれも加え、計三つの仮説にしよう!一つ目が生き残り説!二つ目がタイムスリップ説!三つ目が別世界からの到来説!これでいいだろう!」
「じゃあそれでいいと思うぜ。」
またぶっきらぼうに言い放って、ニヤケている。なんというか……口調が怠けているようで、なんだか気に入らない!敬語はまだ許せたが、これは許されない!
「リーロデブ助手よ!その怠けた口調をやめてくれないか!?」
「……おう。考えとくぜ。博士。」
…………博士?……博士だと?
「……今博士と言ったか!!!」
「!!?」
私は助手の両肩を、両手で思い切り掴んだ。それに驚いた助手は、目を見開いたように赤い瞳が大きくなる。私は、それを覗き込むように見つめる。
ああぁ……なんだこの……優越感というものだろうか?この私に表情筋など一切無い骨だけの生き物なのに、この助手のニヤケた顔のように、私も今ニヤケているのを感じる……!嬉しいという感情を卓越し、言葉で言い表せない程の昂奮が私の心を支配している!!
……言い表せない?いいや、今の私なら表せる!まさに!靄の隙で私の姿を照らした大きな灯火!!
「私の事を博士と言ってくれたのか!!よく言った助手リーロデブよ!!」
「……」
ああああ!!なんと幸福なことか!!君とは良き最高のパートナーになれそうだよ!思わず抱きしめてしまった!!助手の体がとても軟らかい!!
「なんなんだ……こいつ。」
*
ただただ困惑の嵐だ。表情の無いような顔を目の前に、オレは引きつった笑みしか作れなかった。
なにせ、いきなり抱きついてきては博士と呼んでくれたことに対して感謝されるなんて思わなかったんだ。驚いて逆に何も反応出来ねぇよ。
エルダートが抱きつきからオレを解放すると、肩をつかんだままオレの目を見る。
「さあ、共に咲夜歌の正体を解明しようではないか!三つの説か!はたまた別の何かか!!」
「……そうだな。」
オレは適当に返事をした。
助手だったり色々納得できないところはあるが、こいつと関わっていくのは悪くないな。……特に名前。エルダート・カッサム。な。
若干、オレに予感がしていた。恐らく、その予感は当たっているかもしれない。断定は出来ないが、今はそう願うばかりだ。
エルダートはオレの肩から手を離すと、早速人間について詳細に書かれていると言っていた文書に目を通していく。こいつはまさに、好奇心そのものだ。知りたいことに対して一直線に向かっていく。周りの人も巻き込んでな。
オレは椅子から降りると、試験管やらの欠片や中途半端に書きかけた文書などが散逸されたこの部屋を見渡す。遺伝どおりというべきか。掃除という言葉を知らなさそうな部屋は、オレの遠い昔の記憶を微量に呼び覚ましてくる。
「……。」
オレはごまかすように、エルダートが見ている文書を横から覗き見る。
ああ~……これは……全部知ってるな。見る必要無かったようだ。オレはもうこれを見ていても仕方が無い。
「お~い。いつまでそれとにらめっこするんだ?」
「む……じゃあ、何をすれば良いのかね?助手よ!」
エルダートは文書から目を離して、横からオレを見下す。オレはとりあえず考えたことを口に出す。
「真相は、本人の口から聞いたほうが早いだろ?」
閉められた扉の前に歩いていって、エルダートの方へ体を向ける。
「オレは咲夜歌を探しに行こうと思うぜ。まあでも、もうすぐ日が暮れると思うし、今日オレは帰るけどな。」
「……ほほう!君の言いたいことはわかったよ!しかし心配は要らないのだよ助手リーロデブ!君が帰る必要などない!」
「……は?」
エルダートの言っていることを理解しきれず、思わず聞き返してしまった。するとエルダートは、人差し指を立てる。
「ここに泊まり込めばいちいち帰る必要が無いのだよ!」
「……はぁ。」
オレは呆れて、思わず溜息を吐いてしまった。
その考えを思いつかなかった訳ではなかったが、こいつの飛躍した発想には口角も上がらない。
ただ、これはこれで良い。今住んでいる家なんて、家と呼べるものじゃないしな。ただ、そこに置いたものは回収しておきたい。……いや、泊まり込みならいつか帰るか。やっぱ回収するのは無し。
「まぁいいぜ。食事は上でとっていいよな。」
ポケットから片手を出し、人差し指を上に差す。
この上は、飲食店が建っている。てか、ここは飲食店の地下室なんだったな。意外にも食料には困らねぇ。金もあるし、マジでラッキーだぜ。
「この上の飲食店で食事をとっても構わないが、お金はあるのか?」
「バッチリだぜ。」
「なら良い!」
エルダートから許可は頂いたな。後は上で経営している受付にいたあいつに、泊まり込みすることを伝えなければならない。
正直、こんな展開になるとは思わなかった。すべて一時的であるが、食事も自由に出来て、寝床もあって、研究室がある。今までの長いみすぼらしい生活から一転して、一気に生活水準のやや高い生活に変わってしまったぜ。……が、泊まり込みだということを忘れてはいけない。ある程度の仕事もしなければな。
「この後はどうするかなぁ……。」
呟くように吐いて、壁にゆっくり凭れ掛かる。
もうすぐ日が暮れるはずだ。咲夜歌を捜す時間は残っていない。かと言って、この研究室に篭って文書達とにらめっこする時間は無駄に等しい。……こういう、何をやろうかと悩んでいる時に思いついてしまうんだよな。思いつくっつうか、思い出す、だな。
腹減った。
「じゃ、早速食ってくるぜ。なんかあったら言ってくれ。キリが良かったら対応する。多分。」
「む……」
エルダートは、オレをじっと見つめてきた。無表情みたいな頭蓋骨。が、突然、笑顔になった気がした。
「わかった!気をつけて食べてくるのだよ!」
「……おう。」
食べるに、気をつけるも何もないと思うのだがな。さて、食べてくるか。
あぁあと、受付にいるあいつに、地下の研究室に泊り込むことを言っておこう。何も言わないより言ったほうがいいだろうしな。
あとは~……食べてから考えよう。
*
「泊り込み!?」
「ああ。」
黒いフードを被った太った影族のリーロディヴというやつから、そんなことを言われた。いや、びっくりだよ……!これで居候がふたりに増えた……。正直、もうこりごりだ。
「地下?地下にずっといるのか?」
「そういうことになるな。すまん。いきなりこんなことになってしまって。」
「……え、『なってしまって』……あの骨野郎またなんか言ってたんだな!?」
「ああいやいや、そんな責めてやんな。こうなったのは……あ~……仕方が無かったんだ。」
「……。」
仕方が無かった……ね。
「まぁいいや。もうそう決まっちゃったんだな?じゃあ、せめて仕事の手伝いをしてくれないか?」
「お安い御用だぜ。」
「ありがとう。」
よかった……かな。とりあえず、手伝いくらいはしてくれないと本当に困るぞ。このひとは引き受けてくれたけど……あの骨はもういいや。頼れるのは、目の前にいるこの黒い男だけ……。
「体がそれだから、座りながら出来る仕事のほうがいいよな。……マジで、頼りにしてるからな!あたしは、あの何もしない骨なんか嫌いだし!」
「おう。」
これで……とりあえずいいか。
「受付、名前はなんて言うんだ?」
「あたしはツエルバだ。リーロディヴって言ったよな。よろしく。」
あたしは、とりあえずリーロディヴと握手する。黒い手が柔らかいな。
手を離すと、リーロディヴは受付のテーブルに肘をつけてこっちを見る。
「じゃ、オレ、注文があるんだが―――」
*
……その後、あたしは日が暮れた後も注文どおりの料理を作り続けていた。
この先の未来……いやな予感がして仕方が無い……。あの大食い男がここに泊り込んでいるんだ……。食料、足りるかなぁ……。ただでさえ、よく来ていたその客が、毎日来るようになったようなものだから……多分、足りると思うが……。
こう言うのはとても悪いと思うが……早く泊り込みを終えてくれ……!




