麓の廃村
目をゆっくり開ければ、明るくも暗い空が広がっていた。夜も昼もないこの世界は、咲夜歌の時間を混乱させる。ただ、咲夜歌は今目覚めたのだから、咲夜歌の中の時計では、朝方の六時くらいに短針が指しているだろう。
「……んーーーっ…と!」
居心地の悪そうな即席のベッドで寝ては起きてを繰り返し、三日、目的のレフゲ遺跡まで着々と進んでいた。
伸びをした咲夜歌は、手馴れた様子でベッドを片付ける。が、リュックが枕の代わりであり、掻き集めた葉や落ちていた布で敷いたものを、はたしてベッドと言えるだろうか。
「さて……と。これでよし。」
片付けを終え、荷物を持つ。黄ばんだ地図を持って、遺跡への道を確認しながら歩き出す。
この、何もかも死んだ世界は、意外にも咲夜歌に牙を向かない。しかしながら、危なくなるような場面に遭遇しないのは、咲夜歌が強運だからという訳では無いようだ。
この世界は、美しく見えた。いや、美しいだと語弊があるかもしれない。美しかったが、それと同時に恐ろしかった。……これは決して感性がおかしくなった訳では無く、言葉のまま。美しくも恐ろしいのだ。
かつて生い茂っていただろう木々や地は枯れ、天は夜を重ねたように暗い。太陽の光がまるで月光のようになるくらい、録に通さない。
ここに来るまでの道中、咲夜歌が気になるものを見つけた。昔建っていただろう壊れた家屋や城、ビル群も散逸的に壊れていた場所だ。月光で淡く照らされたそれらは、どれも古く苔むしていたが、咲夜歌は疑問を覚えていたようだ。
どうして壊されているのだろう、と。
*
しばらく枯れた森の獣道を歩いていると、少し整えられた道が前方に現れてきた。地図によればここは、レフゲ遺跡の近くにある、リゴル山の麓付近だ。
咲夜歌は、それに沿って歩くと、また壊れた家屋を発見する。それも、何軒も。どれも木造であるため、村であることが伺える。もうこの様子から、廃村であるようだが。
「酷い……。」
どれも、叩きつけられたように壊されている。枯れた木に引っかかっている物もある。
しかし、村の中心に位置する場所に木造の建物が建っていた。壊された様子はなく、比較的形が整えられている。とは言え、所々に腐食が進んでいる。建てられたのは随分前のようだ。
「誰かいるかしら……?」
この死んだ世界に入ってから、誰ひとりモンスターに出会っていない。誰かいるかもしれないという淡い期待を抱えて、咲夜歌は玄関であろう扉をゆっくりと開ける。
中の様子を、少し開いた扉の隙間で見る。大きめのテーブルが窓側にいくつかある。もしや、ここは飲食店だろうか。だとするならば、ここで食料を調達できるかもしれない。
死んだ世界にある食料なんて、甚だ想像できないが。
多分誰もいないわね……。
扉の隙間から、ある程度中を観察していた咲夜歌は、中に誰もいないことを確信すると、ゆっくり扉を開けていた手で扉を押して開放する。
改めて中を確認する。咲夜歌は店内を、ぐるっと見回した。
グザッッッ!!
咲夜歌の片耳の近くで空気を勢いよく割く音が聞こえた。驚いて目を丸くし、息を呑む。群青色の瞳が、空気を割いた真横の壁へゆっくりと移していく。
!!!
そこには、さっきまでなかった包丁が、木造の壁を刺していた。それを見た咲夜歌は腰が抜けそうになると、店内の奥から何かが座っているのが見えた。
「ノックもせずにのこのこと入りやがって、お邪魔しますの一言もねえのか?お嬢ちゃんよぉ……!」
座っているのは、黒いフードを被った謎の男だ。リーロではない。そいつと比べると、こいつは遥かに細身であり、低い声がよく響く。
全身を黒で包んだそいつが、咲夜歌の頭の真横に包丁を投げた張本人だろう。明らかな敵意を咲夜歌に向けている。
「す、すみません……。」
咲夜歌が素直に謝る。黒いフードの男は、包丁を指さす。男の手は、骨だ。白骨であった。スケルトン系モンスターだろう。
「それをこっちに戻してくれ。この店、今にも潰れるぞ。」
「は、はい!」
黒いフードの男に恐怖する咲夜歌は、急いで壁に垂直に刺さった包丁を取ろうとした。しかし、かなり強く刺さってしまったようで、なかなか取ることが出来ない。
咲夜歌は、包丁の柄を両手で持ち、壁を蹴るようにして包丁を取ろうとする。すると、今度はあっけなく取れてしまい、尻餅をついてしまった。
咲夜歌が。恐る恐る包丁を黒いフードの男に手渡すと、男は近くにあったテーブルに置いた。
「何の用だ。言っておくが、買収はナシな。」
「い、いえ!そんなことは……」
咲夜歌は、フードの中を伺う。すると、その闇から、微かに頭蓋骨が見えた。スケルトン系モンスターで確定だろう。
そんな事実を知った咲夜歌は、目を逸らしながらそいつに話しかけていこうとする。
「あなたは……誰ですか?」
「勝手に家に上がり込んで、『誰ですか?』だって?馬鹿かお前。」
黒いフードの男がそんな正論を放った。咲夜歌は、確かにそうだ、と思いつつ、無意識に膨れ上がる怒りを抑える。
「…………。」
「わかったわかった。名前だろ?」
そいつは、面倒くさそうに、座っている椅子に深く凭れる。
「忘れた。」
「……忘れた?自分の名前を忘れるなんてこと……あるの?」
「ある。現に俺がそうだからな。」
黒いフードの男は、骨の手でテーブルに置いた包丁を取ると、立ち上がった。身長は咲夜歌より高く、咲夜歌は見上げないと男の頭蓋骨が見えないくらいだ。
そいつが咲夜歌に背を向け、奥の廊下へ歩いていこうとする。
「久々の客人だ。店は店らしく、料理でも振る舞ってやるか。……まあ、料理は苦手だが。」
そいつに着いていく咲夜歌は目を丸くする。てっきり咲夜歌は、この男をこの店のシェフかなにかだと思っていたようだ。あからさまにシェフの風貌ではないが。
「料理が苦手なのに、料理を振る舞うの?」
「味も最高に不味いぜ。食ってみるか?」
「……いい。」
「……じゃあお前が作れよ。」
「え……ええ、そうするわ。」
他人の腕より自分の腕の方があるのならば、と、咲夜歌は思う。ちょうど腹も減ってきた頃である。咲夜歌は、今持っている数日分の食料を少し消費しようと考えた。
どうせ、この世界に食べ物らしきものは無いだろう。あったとしても、録なものではない。信じられるのは、自分自身のみ。
*
「……咲夜歌は来ていないのかよ?」
「あぁ……どうやらそうみたいだ。」
受付にいる、一頭身で水色の長い髪をおろしたツエルバと、この店によく来ている、丸く太った影族のお客が話しているところを偶然にも見つけてしまった。
階段の陰に隠れて、ふたりの話している様子を伺う。
「あたしとしてはいつでも来ていいとは言ってたんだけどさ、サヤカはほとんど来てたよ。毎日とは言わないけど、ほんとにほとんど来てた。一日以上休むなんて今まで無かったんだけどな……。」
ツエルバが、浮かない顔でその客に話をしている。どうやら咲夜歌の事だ!もしかすると、咲夜歌の事を聞けるかもしれない!
「咲夜歌になにか変わったところとかはなかったか?」
「……特に……。」
影族のそいつは黒いフードを被って、赤い瞳でツエルバを見ているのがギリギリ見える。常時ニヤけていて気味が悪いが、なかなか面白そうなやつだ。
普段は二階の、太陽の光が当たらないテーブル席で黙々と料理を貪るように食べているのに、今日は受付に留まってるなんてな。
話をもっと聞こうと、体勢を立て直して聞き耳を立てようとする。
……!!が、しかし!足音が大きかったのか、そいつの聴力が優れていたのか、影族の太ったお客がこっちの方を向いてきた!
「……誰かいるみたいだが?」
「……。」
ツエルバがこっちを見てため息を吐いた。気づかれてしまっただろうか?
「おい骨!」
気づかれた……。仕方ない。
私は潔く階段の陰から顔を出した。
「そこで何してんだ。」
ツエルバが私を問い詰める。何か適当な言い訳を言おう。勘づかれないように……!
「ひ……日陰ぼっこ……だ。」
「それならあんたの部屋が一番だろ?さっさと地下室に戻りなよ。」
しまった……。言い訳にしては薄かったか……。
影族の太ったお客が、私を見てはツエルバの方を向く。
「あいつは誰だ?」
「気にしないでいいよ。ただの偽研究者だから。」
「研究者?」
ツエルバが言った研究者という言葉に、そのお客は反応するように私を見据える。ニヤケ顔を崩さず。
研究者に興味があるのだろうか?そういえば、このお客は咲夜歌の事を聞いている。……きっと私のように詮索好きなのだ!
私は、階段の陰から早歩きでお客に近づく。
「そうだ!私は研究者だ!偽物なんかではない!」
「何を研究してるのか、気になるな。」
そうだろうそうだろう?気になるだろう?特別に教えてやろう!!
足を止めて、意外と背が低かったそのお客を見下ろす。
「進化生物学について知っているかね?この世には数多の生物が存在する!種族も多種多様、千差万別。性格についても十人十色!」
「また始まった……。」
「私の祖先に、それはそれは優秀な研究者がいたのだ!私はそのひとに強い感銘を受け、進化生物学の研究者を志すことにした!まだ私は研究者の卵かもしれないが、もうすぐで孵るかもしれない!咲夜歌について重要な事がわかったからなぁ!!」
「……その事はなんだ?」
「咲夜歌が人間という事だ!!人間という種族を知っているかね?数え切れないほど昔に絶滅したと言われている種族なのだよ!これはそこらの図書館に寄与された歴史本にさえ記載されていない機密情報だ!面白いだろう?そうだろう?この情報は私独自の情報網を辿って行き着いたものなのだぁ!」
「……。」
……?お客が何も喋らない。私は、体を反った状態から元にも戻ってお客に目を移すと、変わらずニヤけている。
「実に興味深いな。是非その情報を詳しく聞きたい。」
私はその反応に、思わず笑顔になった。
「君は研究者としての素質があるぞ!さぁ着いてきたまえ!私の部屋に全てがある!」
促すように、そのお客に着いてくるようジェスチャーを送った。
*
「あんまあてにしない方がいいと思うけど。」
お客は、変わらずにやけてあたしの方に向いてくる。
「大丈夫だ。ちょいと情報を共有するだけ。危ないと思ったらすぐに逃げるぜ。」
悪いけど、当然に思うことがある。
「……その体で逃げれる?」
「……どうだろうな?」
ずっとにやけているお客は、骨野郎と一緒に地下室へ入って行った。




