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遺跡へ往く

 

 朝陽が窓から差し込むリビングに来た俺は、テーブルになにか置かれている事に気がつく。まだ寝ぼけ眼でそれを見てみると、俺の財布と小さな紙切りである事が分かる。

 こんなところに置いたっけ……。と、まだ寝ぼけた頭で考えながら、紙に書かれた内容を読む。


『ごめんね!ほんのちょっとだけお金を借りる!レフゲ遺跡の場所を見つけたからそこに行ってくるだけだからすぐに帰って来るし、お金も返すから!じゃあ! 咲夜歌より』


「……あいつ……。」



 *



 朝日を浴びるバスに揺られながら咲夜歌(さやか)は、次に降りるバス停を、レフゲ遺跡が記された黄ばんだ地図を見ながら考えていた。今乗っているバスからでもレフゲ遺跡はかなり遠い。なにせ、歩けば着く頃には四日かかってしまう可能性もあるのだ。結局、歩くしか選択肢はないのだが。

 レフゲ遺跡は、ここからもっと東に位置している。このバスは北東へと進んでいるが、いずれ北へと方向転換してしまう。

 ……いや、既にこのバスは北へ進んでいるようだ。咲夜歌は、次のバス停に降りることにした。



 ……



『木漏れ日前』


 バイトをしている飲食店に行くために必ず降りるこのバス停に、咲夜歌は降りた。人を降ろしたバスは、静かにバス停から離れていく。

 咲夜歌は、黄ばんだ地図を広げながら現在地を確認する。どうやら、ここからずっと東に行けばレフゲ遺跡に着くようだ。……寝なければ、四日以内には着くだろう。

 朝日に照らされる森は鬱蒼と生い茂っている。バス停の名前の通り、木漏れ日が斜めに傾いて地面に突き刺さっている。荷物を持ち直すと咲夜歌は、リーロが言っていた禁域の方向へと歩を進めて行った。


「禁域がどうとか私は知らないけど、遺跡の夢には必ず何かがあるんじゃないかしら。……きっと記憶のことも、思い出すはず。……きっと。」


 確信のない根拠が歩を早める。舗装された道から外れた獣道を歩く咲夜歌は、ただただ遺跡を見たい一心であった。



 *



 森を抜け、広くもない平原の下り坂を歩いていると、咲夜歌は突然足を止めた。無理もない。不意に目の前に闇が広がれば誰だってそうなるだろう。


「何よ……これ。」


 立ちはだかったのは闇の壁。それも、巨大な。空の彼方まで縦に高く、地平線の彼方まで横に広い。

 今まで前方に見えていた太陽は、闇の壁に呑み込まれてしまった。しかし、咲夜歌や咲夜歌が踏んでいる地面と草は太陽に照らされ、自分の姿を視認することが出来る。


「……や、やだ。ついに幻覚まで見えちゃった?……いえ、これがもしかして……禁域?」


 その名に相応しい混沌が佇み、咲夜歌の足を止めてしまう。遺跡はこの先だ。簡単に諦めるわけにはいかないだろう。

 咲夜歌は、試しにその壁に手のひらで触れてみた。しかし、触れられなかった。まるで、そこに存在しないかように、咲夜歌の手は壁をすり抜ける。


「な、なんだぁ……行けるじゃないの。」


 安堵した様子の咲夜歌。それがわかったと同時に、壁を無視して咲夜歌は先に進んだ。が、またしても咲夜歌の足を止める。

 壁の向こう側は、すべてが枯れていた。木、草、地面、空気、すべてが死んでいるような世界。闇色の空は、うっすらと太陽の光を通していたが、太陽の光と言うより、月光と言った方が正解だろう。


「……気持ち悪い……。」


 そんな、すべてが枯れた世界に、咲夜歌は怖気づいてしまった。一旦後戻りしようと振り向いて壁の外に出ようとした。


 ガッ


 が、壁に咲夜歌の顔が激突してしまった。咲夜歌はわけも分からず、顔に手を当ててよろめいた。


「どっ、……えっ?」


 さっきまで何も無かった壁が、突如実体を持って咲夜歌を阻んだ。咲夜歌は目を丸くして、数秒間、壁に映る青々とした草原を眺める。


「も……戻れなくなってるわ!!」


 透明な壁に、何度も手をつける。咲夜歌の心が焦りだし、遂には壁を勢いよく拳で叩く。しかし、壁は全くびくともしない。か弱い咲夜歌の拳は、目の前に立ち塞がる綺麗な壁に傷ひとつつかない。向こう側に見えるさっきまでいた草原が、途端に遠い場所に見えてきてしまう。

 咲夜歌は諦めたくなかったが、どうしても向こう側へ戻れないという事が分かると、壁を叩いていた拳を下ろす。力無く振り返って、何もかもが枯れた世界をもう一度視界に入れる。


「……進むしかないってことかしら……。」


 群青色の瞳には恐怖が宿っていた。しかし、負けてはいけないわ、と決意を固めた咲夜歌は、生きていない空気でゆっくり深呼吸すると、荷物を持ち直してレフゲ遺跡へ歩く。明るくない太陽の光に照らされた温い地面を踏みしめて。



 *



「……おい、それ本当かよ。」


 近日の演奏会に向けて会場の準備していた俺は、それを聞くと手を止めた。兄弟の三男、アルタルスが言った言葉に驚きを隠せなかった。アルはもぞもぞと口を動かし、申し訳なさそうに彫られた目の中の紫色の瞳を下方に向けている。


「カルダ兄さんには言っておこうと思ってな……。」


「サヤカさん一人でそんな遠い場所に行かせたのかよ!」


「行かせたんじゃなくて、自主的に行くって言ってたし……。」


 言い訳を言いつつも、変わらず申し訳なさそうに俯いている。なぜ引き止めなかったのか……一緒に行くだけでもいいはずなのに。アルはやっぱり積極性がない。長男の俺より大きな体をしているくせに、積極性がない。どうしてなんだろうな。今までだって……


「一緒に行ったほうが良かったのかな……。」


「……。」


 アルは、装飾が入った木箱に座りながら心配そうな目で空を見る。多分、自分自身の選択を悔やんでいるのかもしれない。積極性がないゆえの……強い選択が出来なかった表情に見える。俺だけかもしれないが。


「む?どうしたのだふたりとも?うかない顔になってるのだ。」


 ひとり、箱に入った装飾を両手で抱えながら舞台の作業を行っている二男のナインドが、浮かない顔をしていたらしい俺らの会話に入ってきた。この兄弟のなかで一番背が低いというのに、活発的に作業を進めてくれている。


「ああ……いや、別に。大丈夫だ!心配するな。」


 俺は、さっきアルに言われたサヤカのことを話さなかった。ナインドまでサヤカのことを心配させて、演奏会に支障が出てしまってはいけない。サヤカのことは仕方ないが、今は演奏会に集中しなければ。

 ナインドは、首をかしげて俺らふたりを見る。


「そうか?……ぼくは、かくしごとは大きらいなのだ!何かあったらなんでも言うのだ!」


「おう、ありがとう。ナインド。」


 ナインドは、俺の返事を確認すると、笑顔になって作業に戻っていった。ナインドに嘘を吐いて若干の罪悪感を抱いたが、今はサヤカより演奏会のほうを優先してほしい。

 アルは、まだ俯いたまま。俺はアルの肩に手を置いた。


「サヤカの事はわかるが……とりあえず今は、演奏会を優先してくれ。」


「……うん。」


 アルは背が大きいのに、なぜだか今日は小さく見えた。



 *



 !!!!!!


「わかった!やっとわかったぞ!!」


 ずっと気になっていた!咲夜歌は人間だ!ずっと引っかかっていたものがやっと取れたぞ!

 散らかっている部屋の中で私は歓喜の声を上げた。ガラス片やらそんなのは関係ない。床に手をついて、座る態勢からすぐ立ち上がり部屋から出る。漆黒のように真っ暗な階段を駆け上がり、階段近くの扉から俺は勢いよく飛び出した。今のこの姿を言葉に表すならば、疾風だ!

 受付にいる目をつぶっていたツエルバに、手に持っていた書類を受付テーブルにバンッと置く!その拍子にツエルバの長い水色の髪がフワッとなびいた!


「やっとわかったんだ!咲夜歌の正体が!!」


「うっさいんだけど、急に何?」


 明らかに不機嫌そうだ。しかし、これを聞けば驚くこと間違いない!


「咲夜歌は人間だ!数え切れないほど昔、この世界に生きていた生き物なのだよ!それが今この時間に、まるで過去から来たと言わんばかりに人間そのままなのだよ!実に興味深いと思わないかね??そうだともそうだとも実に興味深いのだよ!これは私の推測なのだが…………



 *



 うるさ。


 え、何?サヤカがニンゲン?まったくこいつは今日も意味わかんないこと言いやがってさ。聞くだけムダムダ。ここは一旦寝るふりをしてしのごう。聞いていないってわかると勝手に部屋に戻ってくでしょ。


 ……そろそろ耳がダメになりそう。ずっとあたしの前で意味わかんないこと言ってる。ああ……もう。マジでやめて。



 *



 ……なのだよ!そう!彼女はモンスターの中でかなり浮いていた!今まで見てきた中で特にね!それで」


「あのさ。」


 ツエルバが、私の話を阻害する。いや、話に興味を持ってくれたのだろうか?質問が来るのだろうか。やっと研究者としての一歩を踏み出すということかツエルバ!


「うるさい、骨野郎。黙って、部屋に戻って。わかる?()()()()()()。」


 ……そういうわけではなかったようだ。

 私が出てきた部屋を指差した後、再び寝たふりをし始める。仕方ない。部屋に戻ろう。今日は咲夜歌は来ていないようだ。もしここに来た時、咲夜歌と話してみようか。……勿論、ツエルバに気付かれないように、だが。



 *



 オレは、どうも気になっていた。

 咲夜歌という人間(ニンゲン)が、この世界に来たのか。別世界とは何か。何の目的で生きているのだろうか。そもそもここに来たきっかけは何なのだろうか。

 散らかったこの部屋でひとり、俺は片手でとりあえずハンバーガーを食べていた。外は暗く、この窓から頼りになる光は、月しかない。オレはただそれだけ見つめ、先程の、答えのない問いを頭の中で反芻し続けていた。


 ……クソッ!考えれば考えるほど、まったく分からなくなる……!


 食べても食べても全く腹は満たされない。手にハンバーガーの包み紙だけ残ると、適当に投げ捨てた。そして、もう一つハンバーガーに手を伸ばして食べ始める。

 これを食べ切っても、腹は満たされない事はわかっていた。だが、食べないとやってられない。食べる事で、やっと何かを抑制している。

 今更ながら、自分自身の体が特殊であることに感謝した。常になにかを食べているのだから、体が肥えて当然なのだが、多少動ける範囲にまでしか肥えないのが本当に幸運といったところか。……結局、肥えている事には変わりないし、この姿から一切変わることはないが。


 明日、咲夜歌のバイトしている飲食店へ行くか。咲夜歌に……何故この世界に来たのか、という質問をする。……これでいいか……。少し行きにくいのがあれだが……まあ、なんとかなるか。


 実際ずっとこの、なんとかなるでこの長い馬鹿みたいな人生を歩んで成功してきたんだ。……あ?成功?失敗の間違いじゃねえのか。

 様々な虚飾と後悔を積み重ねて、今ここにいるんだ。もう戻れねえんだよ。


 ……とりあえず、明日は咲夜歌にそれを聞く。そこから、どうにかしよう。


 どっちのしろ、咲夜歌を白か黒かハッキリさせればいい。この世界に来た理由次第で、あいつは生か死が決まる。たった、それだけだ。

 俺は部屋の隅にあるカボチャに目を移す。

 心配など、無い。


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