見破り
ツエルバの店でバイトをしている咲夜歌。その休憩の合間に、犬獣人のグラスから貰ったレフゲ遺跡の事が書かれているかもしれない本に二階のテーブル席に座って目を通していた。
レフゲ遺跡というのは、咲夜歌の夢の中で出たこの世界に実在する遺跡なのである。が、その実体を全く掴めないでいる咲夜歌は、他のひとの力を借りて有力な情報を得ていた。
そしてその情報というのが、この本だ。
「……あった。」
レフゲ遺跡を詳細に説明している項目を見つけると、場所はどこなのか、と目を凝らす。本をテーブルに置き、ページに人差し指をつけて文を追っていく。
すると、遺跡の場所を示す文章を見つけた。
「……リゴル山?名前があるわね……。」
「読書のとこしつれいっ!何見てんだ?」
店の主、ツエルバの体でもある頭が咲夜歌の頭に乗る。ツエルバの淡い水色の長い髪が、咲夜歌の白髪と重なる。その大きな目は、咲夜歌の読んでいる本を定める。
「ツエルバ!その……レフゲ遺跡とか、リゴル山って知ってます?」
「んー??知らねえなぁ……。どうやら名前があるっぽいし、ここから遠いだろ!」
ここから遠い。その言葉を皆は口を揃えて言っている。複数ある共通点の一つである。
「結局、遠い、かぁ…。」
どれくらい遠いかは分からないが、とにかく咲夜歌は、その遺跡が近くにないという事に不満があるようだ。
チリリーン
客からの注文を知らせるベルが店内に響いた。
「おっと、あたしが行ってくる!」
ツエルバは咲夜歌の頭から下りると、ベルを鳴らした二階の客へと向かっていった。相変わらず、頭だけが浮遊するその姿は何度見ても慣れない。
ベルを鳴らした客は、あの背が小さくて体が丸くて黒いヤツ。咲夜歌とイミラとグラスが最北端の半島、ヴァルダド半島の飲食店で会ったモンスターだ。
黒いパーカーと黒い長ズボンを着て、顔はフードの影で見えない。ただ見えるのは赤い瞳と大きな口とその歯。それ以外は漆黒とも言えるほど黒い。
注文を聞いているツエルバの見え隠れする苦笑いが絶えない。それもそのはず、その黒いヤツは大食いをも超える程の大食いで、テーブルには数え切れないほどの皿が重なっている。
注文を聞いたツエルバは、一階の厨房に行くために二階の吹き抜けから飛び込んで行った。
「大変そうだな、ツエルバ。……私も手伝いたいけど、これがあるし……。」
ほとんど常連と化しているあいつ。咲夜歌がバイトをしに来る度にそいつはいる。
だが、いる時間は日によって違うようで、最後までいる時や、昼頃になって帰る時もあるそうだ。すべて、ツエルバから聞いた話だが。
咲夜歌が、その黒いヤツを見ていた時に、そいつは咲夜歌と目が合う。咲夜歌はすぐに目を逸らした。
怖い……。
咲夜歌の心の声が響く。咲夜歌は、ごまかすようにテーブルに置いた本を見ては遺跡や山の詳細な情報に目を滑らせた。
*
リゴル山に通じる地図を見つけたが、結局そこがどこかということも分からなかった。今咲夜歌が住んでいるところもどこなのか、咲夜歌自身でもわからない。
「名前が無いって不便ね……それとも私が、ただただ地図を読み取るのが間違ってるだけ?」
そんなことを呟いては、今日のバイトを終える。受付にいるツエルバに地図を見せても首を横に振るだけだった。地下室にいる骸骨のエルダートは、怖い、という理由で聞いていない。
「お疲れさまです!ツエルバ!」
「おつかれっサヤカ!気をつけて帰りなよ!」
ツエルバの、凛としたような、ハリのあるような声に咲夜歌は笑顔で頷いた。そうして、森の中の飲食店から外へ出た。
傾き始めた太陽が目に入り、眩しくなってしまう。黄みの橙が、青々とした森を生き生きとさせている。
右はりんご畑の入口。左はバス停に続く道。左側へ進む咲夜歌の足取りは、重くもなく軽くもなかった。
*
バス停で帰るバスを待っている最中、背後から草を重々しく踏む足音が聞こえた。何気なく咲夜歌は振り返ると、黒いヤツがいた。
さっきまで飲食店にいた、あの黒いヤツが。こっちを見て。パーカーのポケットに両手を突っ込んで歩いてきている。
咲夜歌は目を丸くしてすぐに振り返った頭を戻す。その後、たちまちそいつは咲夜歌のすぐ隣に立ち止まった。咲夜歌と同じ、バスを待つようだ。
ふたりが並ぶと、そいつはかなり背が低い。咲夜歌の頭が一個半ないくらい。そいつには悪いが、頭の中で『団子』という単語が過ぎってしまった。
「よぉ。」
低く響くような男の声を発したそいつは、その赤い瞳で咲夜歌の顔を見る。終始にやけている口の口角が、若干上がった気がした。
咲夜歌は、ゆっくりとそいつに目を向けた。フードの奥から覗く赤い瞳と目が合うと、思わず目を背けてしまった。
そいつは、にやけた表情を崩さずに苦笑いする。
「んな緊張しなくてもいいって。オレはお前さんと話したいだけだぜ?」
そいつは、背中で背負っていた真っ黒のリュックサックを前に変えて背負うと、真っ黒な太い手でそのリュックサックを開ける。
顔だけでなく、手も黒い。漆黒。何かが影になっている訳ではなく、言葉のまま。
中から出したのは、油っこいハンバーガーみたいなもの。普通の大きさを超えている。こいつまだ食べる気なの。
そいつは包みを開けて、それにかぶりついた。
「おはえはん、なはえあ?」
「……はい?」
ハンバーガーを頬張りながら話すなんて礼儀がなってない。ハンバーガーに限らないが。……これ、どこかで……。
そいつの言葉を理解出来なかった咲夜歌が、上擦った声で聞き返した。するとそいつは、ハンバーガーを持っていない片手で、咲夜歌に待つようにとジェスチャーで表す。
その後口の中にあるハンバーガーを嚥下する音が聞こえると、はぁー、とそいつは息を吐いた。
そして、半分残ったハンバーガーをそのまま、大きな口へ詰め込んだ。
なんで今言わなかったの!!?
咲夜歌が心の中でツッコむ。
口に空間ができたのだから言えばよかったと思うのだが、こいつは先にハンバーガーを完食しようと考えているらしい。
とはいえ、ほんの少しだけ時間がかかっただけであった。数回噛むと、一気に飲み下した。
「名前だ。お前さんの名前は?」
「わ、私は……咲夜歌です。」
「あー…咲夜歌な。わあったあった、おっけー。」
「……。」
軽くあしらうように返されると、またそいつはリュックサックからもう一個ハンバーガーを取り出しては食べ始める。今度は、肉のようなものが多く挟まっているハンバーガーだった。
こいつ、本当に食べることにしか能がないのね。
咲夜歌は、そいつの今の状況を気にしないように、今度は咲夜歌がそいつの名前を聞く。恐怖心を抑えて、食べることに集中しているそいつの方へ体を向ける。
「あなたこそ、名前はなんて言うの?」
言い終える頃には、そいつはハンバーガーを食べ終えていた。小さい噯気を出すと、おっと、すまんな、と謝罪しながらリュックサックを再び背中で背負った。
「オレはリーロディヴ。」
咲夜歌は、一瞬だけ固まる。そして少しだけ首を傾げた。
「……リーロ…デブ?」
「わざとか?」
リーロディヴの常時にやけている表情に明らかな怒りが現れる。周りの空気が、まるで電気を帯びたようにピリピリと鳴る。
嫌な予感を察知した咲夜歌は、慌てて訂正する。
「ち、違います違います違います!!!そう聞こえちゃっただけです!!」
「……オレの滑舌が悪いと。そう言いたいんだな?ん?」
咲夜歌は、雷に打たれたような感覚になった。
違う!そうじゃない!!決して!
何とかこの行き違いを払拭しようと、またしても咲夜歌は慌てふためきながら口を開く。
「す、すすすみませんんん!!違うんですわだじのがづぜづがわどぅいんでどぅ!!!」
「……無理矢理悪くしなくていいんだが。」
怒りがおさまったのか、むしろ呆れた様子で咲夜歌を睨む形にして赤い瞳で見据える。口は下がっていたが。にやけているだけだと思ったが、表情が意外と豊からしい。
「ま、いいさ。二つとも事実だしな。……まぁ~、それはそれで。」
リーロディヴは、改まるように再びにやけた表情に戻る。
「一つ聞きたいことがあるんだが。」
「は……はい。」
落ち着きを取り戻した咲夜歌は、かしこまってリーロディヴを見る。そいつが顔を上げて、咲夜歌の群青色の瞳と、深い赤色の瞳が合う。
リーロディヴの大きな口が開かれる。
「お前さん、魔族じゃないだろ。」
「……え?」
「初めに会った時は忘れていたから気づかなかったんだ。最後に見たのはかなり前だったからな。」
唖然とする咲夜歌を置いていくように、リーロディヴは話を続ける。口角を上げて。咲夜歌を見て。
「なんだ?その顔は。分からなかったか?……ならもっとわかりやすく言ってやろう。」
ざわめく木々の葉の隙間から、傾いた夕陽が二人の顔を照らす。咲夜歌の顔には、明らかな恐怖と困惑が宿っている。
一方リーロディヴの顔は、夕陽に照らされてもなお真っ黒であるが、赤い赤い瞳が咲夜歌を追い詰めるように大きくなる。
「お前、『人間』だよな。」




