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還らぬ遺跡に



「かなり深くまで来たわね。」


「そうみたいだな。心なしか、空気が薄い。」


そう二人で話していれば、目の間の茶色の広い石壁にびっしりと描き込まれた壁画が静かに佇んでいる最深部へと辿り着いた。

壁画の方は、下を揃えて疎らにある縦に長細い灰色の四角形と、雷、雨、そして特に印象的だったのが、それらすべてを塗りつぶすかの如く描かれた水色。それらのようなものが描かれていた。

さて、目当てのものはあるかしら。


「なんか……臭いな。」


「……きっとアレね。」


私が見つけたものを、仲間の兎獣人、マルキスに顎で示す。最深部の広い場所の四隅にあったそれは、人骨。どっさりと山のように置かれていた。


「ここで餓死していったって事か?」


「だったらなんで、みんな隅に寄って山のように積まれているのかしら。」


「……それもそうか。」


さっさと目当てのものを見つけて、持って帰らなければ。マルキスも私も、この広くて気味の悪い場所を捜索し始める。


が、あの人骨以外めぼしいものが見当たらない。私は、段々と不安感を覚えていく。まさか、あの山積みにされた人骨の中にある、なんて言わないでしょうね。


嫌々人骨に向かっていく体を支えるように、壁に手をつく。するとその壁は、壁画が描かれている壁ということに気がついた。


その瞬間、一瞬で辺りが光に包まれる。そして、すぐに光は絶える。だが、私がいたところは、あの遺跡の最深部ではなかった。


「!!!」


フラッシュバックというものだろうか。足の感覚がおぼつかず、頭も、ぼぅ、としてしまう。しかし、私が見つけたものを理解した時、意識が覚醒したように視界が鮮明になった。


曇った空。体を強く打ち付ける大雨と強風。近くに(そび)える大きい竜巻。

いや、大きいでは収まりきれないほどの竜巻だ。言うならば、スーパーセル。こんなに、巨大とは……。


恐らくどこかのビルの屋上にいる私は、ただただ街が飲み込まれていくのを見ている事しか出来ない。

手すりに強く掴まり、体を持ってかれそうになりながらも、踊り狂った黒髪も気にせず、その眼に巨大な竜巻を焼き付ける。


「寒い……。」


不意に口から出た言葉。私は少しでも遠くへ逃げようと竜巻のない反対側へと振り返り走って行く。遠くの景色は、見えないわけではなかった。だから、止まってしまった。


遠くに見える山が、白い。


「あれって、」


その時、前方から空中で暴れながら竜巻へと向かっていく扉が、目の前に来 ::。。





「!!!」


目を覚ました咲夜歌(さやか)は、勢いよく上半身を起こす。汗でびっしょりなパジャマが、体に張り付いている。状況を理解した咲夜歌は、すぐにため息を吐く。


「また夢……。」


今回は、特に印象的だろう。見覚えのない遺跡。壁画。巨大な竜巻。そして、仲間のマルキスという兎獣人。

マルキスは白衣を着ている。それでいたが、咲夜歌は気づくか。


「…………。」


咲夜歌は、ベッドから降りる。どうやらこの夢も、過去の夢と同じように彼方へ消してしまった。汗をシャワーで洗い流すために、咲夜歌は風呂場へ向かった。





そして、それは突然だった。汗を洗い流した咲夜歌は、部屋に戻った後に、裏図書館で手に入れた歴史に関する本を読んでいた。


「……え、これ、」


そのページに載っている写真が、先程の夢にあった遺跡とそっくりではないか。描かれた壁画も、夢のものと一致する。


「な…名前は……?」


それはすぐに見つかる。咲夜歌がそれを瞳で捉えると、唱えるように口に出す。


「……レフゲ遺跡。」





「知ってる?その名前の遺跡。」


「……知らねぇな。」


「僕も、そんな名前の遺跡初めて聞いた。」


朝食、咲夜歌は犬獣人のグラスと兎獣人のイミラに遺跡のことを話す。あくまで遺跡のことだけで、夢の事は話さないらしい。


「にしても名前があるんだな。俺だったらそんなの一回で覚えられる。」


イミラが朝食を食べながら呟く。それを聞いた咲夜歌は、その言葉に疑問を持った様子でイミラを見る。


「名前っていうのは、あるものじゃないの?」


「……。」


イミラは、ため息をつきながら咲夜歌を見据える。


「この世界……って言うと規模が大きいな。ここら一帯の文化は、土地や建物、場所に名前をつける習慣は無い。

草が多く生えている場所なら、平原。ビルが多く建っている場所なら、都市。わかりやすく言うなら、固有名詞が無いって事だな。生き物や物は例外だが。だから……」


イミラが少し言葉に詰まる。が、出てくると何事も無かったように進める。


「その遺跡、ここからかなり遠いぞ。」


「え~……それってどこよ。」


「俺に聞かれても分からねえな。」


イミラは、そう冷淡に吐くと再び朝食へと戻る。咲夜歌は、この地域の意外な文化を知って少し驚いていた。結局、これといった情報は出ず、咲夜歌も再び朝食へ手をつけた。





今日はカボチャ三兄弟の長男、カルダのヴァイオリンに似た楽器の演奏の講座だ。カルダにその楽器を教えられて咲夜歌は演奏しているのだが、やはりあの遺跡のことが頭から離れなれない。

カルダは、そんな咲夜歌が気になって見ていた。


「この楽器、苦手なのか?」


「そう、なのかも……。」


迷っていたが、咲夜歌は遺跡の事をカルダに話そうと口を開く。


「レフゲ遺跡って、知ってます?」


「いや……知らないな。どうしたんだ急に。」


「あー、いや、気になっただけだし、気にしないでください。」


カルダも、大した情報は持っていないようだ。結局咲夜歌の疑問が晴れることなく講座が終わった。





夢で見た遺跡がこんなにも咲夜歌に影響を及ぼすとは思わなかった。それはそれで都合がいいので、このまま進ませる。

次に、咲夜歌は赤の館に来た。館の主である小熊猫獣人のエリサと、その執事のツェルに遺跡のことを話した。


「私は知らないわ。ツェルは?」


「……(わたくし)も、そのような名前の遺跡は初めて聞きました。」


ツェルが、シルクハットの影で見えない顔の顎を手で支える。


「それはどういう遺跡なのですか?」


ツェルは歴史好きだから、どこの遺跡か閃いてほしいなぁ。


「壁画があって……それと、遺跡はかなり深いところにまで続いてる……って感じです。」


咲夜歌は、夢で見たものではなく、あの歴史書に記載されていたものを、必要最低限の情報で言った。するとエリサが、ため息を吐きながら咲夜歌を見据える。


「それだけ?もしその遺跡を探しているとでも言うのなら、何百年経っても見つからないわよ。」


「いえ、お嬢様。名前があるという情報だけでもかなり絞られます。……しかし」


ツェルは、なにか考えるように、その先の言葉を進めない。咲夜歌はどうしても気になって、その先を急かす。


「しかし?」


「……やはり、これだけの情報ではまだ足りない部分もあります。名前以外にも、何か情報はありませんか?」


咲夜歌は、言おうとして思いとどまる。夢にあった、あの人骨のことも話そうか。


話そう。夢で見たっていうことを言わなければ問題ないわ。


頑なに夢のことを話さない咲夜歌。変な人だと思われたくないから?……いえ、その線は薄そうだ。咲夜歌は、人骨のことを言い始める。


「そういえば、人間の……」


途中まで言って、また咲夜歌は迷い始める。そんな時、意外と素直に聞いているエリサが首を傾げた。


「にんげん……って何?ツェル、知ってる?」


エリサは、顔をツェルの方へ向ける。


「い、いえ……私には分かりかねます。」


突然質問されたからか、戸惑いながら答えていた。すると、顎を支えていた手を離す。


「咲夜歌様、提案があるのですが……」


「あ、はい…。」


ツェルは、空中で人差し指を立てて提案の内容を話す。


「言葉だけでは想像するのは難しいですが、絵の場合は容易に想像が出来ます。ので、どんな遺跡なのか、その遺跡は何があるのかを描いていただきたいのですが、どうでしょうか?」


「……なるほど!」


「そうすればわかるのね?ツェル。」


咲夜歌とエリサは、感心したようにツェルを見る。咲夜歌は笑顔でその提案を賛成した。


「はい。それでは、紙とペンをお持ち致しますので、少々お待ちください。」


ツェルは椅子から立ち上がると、一瞬にして消えた。瞬間移動だ。咲夜歌がそれに驚いて、思わず椅子から落ちそうになった。この咲夜歌の様子を見たエリサは、口角が緩む。


「瞬間移動の瞬間を見たのは初めてって顔ね。」


「初めてですよ!……なんだか、空気が激しく動いた感じでしたね。」


「ツェルは力の加減がわかってないのよ。多分。」


ふたりが話していると、再び空気が激しく動いた。その中心に、ツェルが立っていた。両手には紙とペンが一つずつある。座ると、そのふたつを咲夜歌の前に丁寧に置く。


「お待たせしました。咲夜歌様、お願いします。」


「……はい。」


咲夜歌はペンを持つと、記憶を頼りに描き始めた。時間がかかってはいけないと思い、雑ではあったが、壁画や四隅にあった山の人骨などの特徴を捉えて描き終えた。


「こんな感じです。」


今更ながら咲夜歌は、あの歴史の本を持ってこなかった事を後悔した。あれさえ持ってきてツェルに見せていればわかりやすくなったのではないか、と。


「……」


「にんげんの~、って言ってたのはどれのことかしら?」


ツェルとエリサが共に咲夜歌の描いた遺跡を見ている時に、エリサが咲夜歌に聞く。


「これ、ですけど……。」


咲夜歌は遺跡の四隅に描いた白い山を紙に指を付けて示す。


「でも、すごい簡単に描いたので、もっと細かく描いた方がいいですか?」


「お願いします。」


ツェルがそれに同意すると、咲夜歌は頷いた。紙を前に持ってきて、裏返す。再びペンを持つと、少ない時間で細かく全身の人骨を描いた。


「これです。」


ツェルの前に滑らせてそれを見せる。ツェルは、紙を持っては観察するように、じっとそれを見続けた。横から、エリサもそれを見ている。


「これがにんげん?骨種族にかなり似てるわ。」


「あ、いや、それは」


「すみません。」


咲夜歌が、それは人間の骨だと言おうとした時、ツェルが突然立ち上がった。背の高いツェルを見上げる咲夜歌は、言おうとした言葉が喉の先で止められて口を開けたままになる。

ツェルは紙を片手に持ち、席をテーブルの下に入れた。


「これを参考に、そのレフゲ遺跡の場所を資料を見て探ってきます。また少し、お時間を頂いてもよろしいですか?」


「は、はい!わかるのなら!」


咲夜歌が期待した笑顔で返事をすると、ツェルがまた瞬間移動を使った。エリサは、余った時間を持て余すように、机に頬杖をつく。


「そういえばサヤカ。なぜあなたはその遺跡を調べているのかしら?」


「それは……。」


エリサからの質問に、言葉が詰まる咲夜歌。夢の事を言うか、言わないか迷っている。なぜ頑なに夢の事を言わないのかが理解できないが、咲夜歌は深呼吸をすると、決意した表情に変わる。


「夢です。」


「夢?」


エリサが目を細めて咲夜歌を見る。何を言ってるの、とでも思ってそうな表情だ。咲夜歌はさらに細かく説明する。


「夢で見たんです。その遺跡。壁画も人骨……人間の骨もあって、起きて買った歴史の本を見たら、その遺跡を紹介しているページを見つけたんです。それで、ツェルさんやエリサさんが知っているじゃないかと……。」


「ふーん……信じ難いわね。」


エリサは、咲夜歌の言った事を簡単に受けれられないでいる。


「歴史書があったなら、それを持ってくればよかったじゃないの。」


「そ、そうですけど……忘れてきちゃいました。」


「あなたねぇ……。」


頬杖をついた手で頭を抱える。咲夜歌は言い返せなくなり、歴史書を持ってこなかったことを後悔した。とはいえ、後日見せればいいだけの話だが。

何か思い出したようなエリサが、さっきまでツェルがいた椅子に目を向ける。


「そういえばあの絵、人間の絵じゃなくて人間の骨の絵なのね?」


頭の被毛と同色の長い髪の毛先を人差し指と親指で擦りながら咲夜歌に放つ。


「はい。そうです!よく分かりましたね!」


「あなたがさっき言ってたじゃないの。」


「え、あ、そっか…。」


言われて気が付き、咲夜歌は薄ら笑いを浮かべる。エリサも釣られたように微笑むと、テーブルに少し身を乗り出して咲夜歌を見る。


「まぁそんなことはいいとして、サヤカ、最近ツェルとどうかしら?」


「ツェルさんと、ですか?」


「ええ。」


「どう、って…うーん…。」


咲夜歌は、考えるように眉をひそめる。最近ツェルとは会っていなかった。あるとしたら、あの裏図書館で共に本を探した事だけ。そのことも、もう今から一週間くらいは前である。


「最近は会ってないです。」


「あら、そうなの?」


エリサが驚いたように鋭い目が少し開く。


「最近ツェルは外出が多くなったから、てっきりあなたとどこか行ってるのかと思ったわ。」


「な、なるほど。」


「まぁ、ツェルの事を長く見てきた私が思うに、寂しがり屋だから。ああ見えて。定期的に会ってやってよ。」


片方の口角を上げて少しニヤけた様子で咲夜歌に言った。咲夜歌も、まさかツェルが寂しがり屋だなんて思わず、控えめに笑顔になる。

また突然、空気が動き出す。


「お待たせしました。」


ツェルが片手に紙を持って、下にしまった椅子を出して座る。


「申し訳ございません。私の力不足でした。この描いた人骨や遺跡について、私の部屋に仕舞っていたすべての文献を読んでみましたが、それに近しいものは見つかりませんでした。」


持っていた紙を咲夜歌の前に丁寧に返す。咲夜歌はそれを受け取ると、笑顔で励ます。


「いいんですよ!こんなことに付き合ってくれてとても感謝してます!」


「……。」


「力になれなくてごめんなさいね。」


結局、エリサとツェルも遺跡の事を突き止めることが出来なかった。咲夜歌はふたりに感謝の言葉を送ると、赤の館から出ていった。





「明日……バイト終わりに図書館に行って遺跡のことを調べてみましょう。」


家に帰って夕飯も風呂も終えた咲夜歌は、自室の椅子に座っている時に自分に向けてそう呟く。

時計を見ると、二十二時を過ぎようとしていた。が、今の咲夜歌は眠くなさそうに日記に鉛筆で絵を描いている。さすがに万年筆ではないようだ。


コンコンッ


扉がノックされる音が耳に入り、咲夜歌は手を止めて振り向く。


「いいよ!」


「……サヤカ!」


ノックの主はグラスだった。相変わらずの眩しい笑顔で、咲夜歌の部屋に入っていくる。手には雑誌くらいの大きさの本。咲夜歌が寄っていくと、グラスは尖った爪で本を傷つけないように持って、咲夜歌の前に差し出した。


「朝、レフゲ遺跡がどうとかって言ってたよね。今日図書館に行って調べてみたんだけど、これにあったよ!」


「本当に?ありがとうグラスちゃん!!」


咲夜歌が嬉しそうにそれを受け取ると、グラスは、えへへ、て照れながら頭を掻く。尻尾はブンブンと振られ、耳も倒す。咲夜歌が本を開けてあらかた中を確認すると、すぐに閉じた。


「今日はもう遅いから、早く寝なよ?グラスちゃん!」


「うん!おやすみ!サヤカ!」


手を振るグラスに手を振り返す咲夜歌。グラスが上機嫌に咲夜歌の部屋から出ていくと、咲夜歌は本を机に置いた。


「これは明日読みましょう……バイトの合間にでも。今日は疲れてマトモに読めないわ。」


ため息を吐いて、電気を消す。そこからゆっくりベッドへと滑り込んだ。


とりあえずベッドに入ってれば眠くなるでしょ。


目を瞑って、今日を終えた。


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