束の間の安楽
雨が降る日。今日の咲夜歌はバイトも無く、特にやることも無かったので家で寛いでいた。雨を音楽代わりに、温かいココアを飲みながら一人でリビングのソファに座っていた。
昼だというのに、外は空を覆う灰色のせいで朝方に思えてしまう。窓の外を見ていると、犬獣人のグラスが二階からリビングへ降りてきた。
「あ、サヤカ!」
グラスは、ソファに座っていた咲夜歌に気がつくと、尻尾を左右に振りながら近寄ってきた。
「グラスちゃん!どうしたの?」
「あのさ!」
咲夜歌の前でグラスが立ち止まる。咲夜歌が首を傾けて、グラスの言葉を待った。
「いっしょにゲームしよう!久々にやりたくなって!」
「ゲーム?」
咲夜歌が聞き返すと、グラスは、うん、と頷く。そうして、あまり使われていない薄型のテレビの下の棚から何かを出す。
「ひとりでやるのもあれだから、サヤカとふたりでやりたいなって!」
出したのは、平たい四角形の機械。ゲーム機だろう。それを床において、棚からもうひとつ。ふたつのパッケージだ。もちろん、ゲームの。それをグラスはサヤカの前にかざす。
「どっちがいい?協力して解くパズルゲームか、僕とサヤカが戦う対戦ゲーム!」
「…ん~……。」
咲夜歌は、どっちにしようかと顎に手を乗せて考える。そして、ちょっと笑顔になって、それに指を指す。
「対戦ゲームにしましょう!」
「分かった!」
早速準備を進めていくグラス。咲夜歌は、なんだか懐かしく感じながらココアを啜った。
それからは、グラスと咲夜歌は共にゲームで遊んだ。特に、咲夜歌が一番楽しんだのではないか。懐かしみを感じながら、コントローラーのボタンへ指を動かす。対戦に勝って喜び、負けて悲しくなったり、和やかな喜怒哀楽をふたりが顔に出しながら、時間が過ぎていった。
「私、夕ご飯の手伝いしよっか!」
「いいの?いつもありがとう!サヤカ!」
降っていた雨がいつの間にか止み、灰色の隙間から傾いた太陽が覗かせている。ゲーム機を元の棚へ戻しながら、グラスが咲夜歌に返す。ふたりが台所へ向かう途中、兎獣人の……イミラが階段から下りてきた。いつもの格好で。
「あ、イミラ!今から夕ごはん作るから待っててね!」
「お手伝いするから、すぐに終わらせて美味しいご飯をお届けしちゃうわよ!」
「ありがとう。兄貴。」
イミラはそれだけ言って、リビングのソファへ腰掛けた。
「わ、私は!!?」
「……。」
何食わぬ顔で本を取り出しては読み始める。咲夜歌は、いつも以上に悔しがってイミラを見据えては握り拳を胸の前につくる。
「ぬぬぬ…見てなさい!今度こそはイミラちゃんの口から美味しいという言葉を吐き出させるわよっ!!」
*
「……美味いな。」
イミラは、グラスと咲夜歌が作った料理を頬張りながら静かに言った。
「やったわっ!!」
「ありがとな。兄貴。」
「んんンンンなんでッ!!!私はッ!!?」
グラスが、この様子を苦笑いで見ている。なんとか話に入ろうにも入れないでいる。イミラは、食べながら冷静に放つ。
「お前は手伝っただけだろ。料理を考えて作ったのは兄貴だ。」
「で、でも!手伝いって言ったって、食材を切ったり、炒めたりしたわよ!」
「切ったりする所に味は関係ない。炒める所でも、炒めただけで調味料を入れたわけではない。」
「ぐぬぬぬぅ……。」
もう、この風景は日常茶飯事と化している。グラスも、この事に口を挟んでも無駄だということを分かっていた。気になりながらも、料理を食べながら絶え間なく苦笑いを浮かべる。
「ふ、ふん!でもいいわ!イミラちゃんの口からはちゃんと美味しいって言葉が出てきたから!私の勝ちッ!」
「いつから勝負してたんだよ。」
イミラは呆れて、咲夜歌を見据える。咲夜歌は、笑顔になってイミラを誇らしげに指さす。
「さあ、太陽の恵みで育まれた食材をこの美味しい美味しい料理に変えた私たちに感謝しながら食しなさい!」
「もうお前黙って食えよ。」
*
「あ~~、暇~~。」
夕食を終えた後の風呂も済ませ、パジャマ姿で自室に入ってベッドに飛び込んだ。その第一声がこれだ。
肩まで下ろした髪を丁寧に拭いて艶やかになったいい香りのする白髪が、ベッド周りを包み込む。
すっかり、ここに慣れてしまって、だらしなくベッドで横になっている。
「あ。」
突然、咲夜歌が上半身を起こす。そして、何かを企むような顔を浮かべていく。こういう時の咲夜歌は、決まってくだらない事を考えている。
「そういえば、もう三、四ヶ月くらいは同じ屋根の下で暮らしているのに、グラスちゃんやイミラちゃんの事を全然知らないわ。」
この言葉も、悪巧みの際の言い訳。咲夜歌は、ベッドから降りると、自室を出て行く。
来た所は脱衣所の前の廊下。風呂場には、確かイミラがいるはずだ。
どうやら咲夜歌は、歯磨きをし忘れたという筋書きで脱衣所に入るらしい。何をするかは知らないけど、どうなっても知らないわよ本当。
ゆっくり、脱衣所の扉を開ける。風呂場の扉の向こう側からは、シャワーの音が聞こえてくる。
その近くの籠に、脱いだであろういつものパーカーが上に乗っている。下の方には、パジャマが籠の隙間から見える。
よし。見るだけだから。見るだけ……!
なんで咲夜歌はこういう時にだけ勇気が出るのだろう?脱衣所に入り、まっすぐ風呂場に向かっていく。その歩きに、迷いなんて一切無い。一直線に風呂場へ。そして、勢いよく扉を開けた。
「……」
「……」
扉を開けた音に気がついたイミラがこちらに首だけ振り向いた。その瞬間、咲夜歌と目が合った。咲夜歌が、ニヤつき顔になり始める。
「あ~~~~~……まって。」
もう無理。ダメ。今の咲夜歌の感情を代弁できない。考えたくもない。本当に彼女は変な意味で凄いわ。
「イミラちゃん素敵よ。」
バガッッッ!!
その瞬間、イミラが鬼の形相で風呂場の椅子を咲夜歌に投げつけた。
*
「痛いぃぃ……。」
逃げるように自室に戻った咲夜歌は、ベッドの上で椅子がぶつかった額を手で抑える。痛みに眉を顰めた顔は、少なからず恍惚な表情も浮かべているようにも見える。
「つくづく、私も変態よね~。でもぉ、スラってしてたし。カッコよかったし。あ~~サイコウ!」
変態という事は自覚はしているようだ。額の痛みも忘れ、両手で顔を覆う。
「それに~?開けた瞬間のイミラの呆然とした顔も!ケッサクだったわ!あぁ~……。」
楽しかった。今の咲夜歌を表すならそれが適当だろう。最近は、グラス、特にイミラにはそういう楽しい会話もしていなかった。
先日だって、部屋に篭っては夜遅くまで歴史書を詳しく読んでいたのだから。その時の咲夜歌は、真面目であったが、今の咲夜歌は……。
咲夜歌は、ゆっくりベッドから起き上がると、立ち上がっては入口付近に向かう。そこで部屋の電気を消すと、再びベッドへ飛び込んだ。
「疲れた、もう寝ましょう。結構早すぎる気もするけど、眠いし。」
導入の時間だ。咲夜歌はシーツを体に被って、目を瞑る。
咲夜歌……楽しい時間を過ごした後で悪いけど、そろそろ本題へと入らなければならない時になった。悪く思わないで頂戴。
いずれ、あなたの事も助けてあげるから。




