過去
咲夜歌は今、裏図書館へ来ていた。あの、鏡から来れる本来の図書館を模して、逆さまに作られた裏図書館。そこで、とある本を探していた。
夢に関する本。最近の咲夜歌は、夢に苛まれていた。それを咲夜歌から聞いていた兎獣人のイミラが、夢のことについて記された本を読めば何かわかるんじゃないか、と言われてここに来たのだ。この行動が、良い方向に倒れればいいけれど。
ここに来る前の、本来の図書館では既に見終わっている。残念ながら、あまりそういうものは無かった。残るは裏図書館だけ。
そして、咲夜歌以外に来たひと、正確には咲夜歌が連れてきたひとが、裏図書館に心底驚いたように腕を組む。すらっとした背に黒いスーツに身を包んだモンスター。
「こんなところがあったとは……驚きですね。」
「でしょう?」
赤い館の執事のツェルは咲夜歌を見て、次は裏図書館を見回す。ツェルとは、本来の図書館で偶然出会ったらしい。咲夜歌は、黒いシルクハットが影になって見えないツェルの顔を見上げる。
「というわけで、お願いします!」
「任せてください。」
ツェルも、夢に関する本を探してくれる。咲夜歌が、本来の図書館で説明済みだ。早速ふたりは、それに関する本を探し始めた。
*
しかし、裏図書館でも咲夜歌の思うその本が見つからない。ただ、本来の図書館よりも読みやすく、ある程度夢のことについては理解することができた。
体の外的な刺激から引き起こされる肉体的な夢。ストレスや、恐怖等の感情から見る精神的な夢。
私の場合、精神的な夢かしら……。この異世界に来てからストレスなんて感じてないけど。……恐怖はちょっとあったかも。
あらかたその本を読み終えて棚に戻すと、ツェルを探す。意外とすぐ近くにいたツェルに、咲夜歌は歩いて向かっていく。
「どうですか?なにか、見つかりました?」
「ん、ああいえ、特に何も。」
ツェルが読んでいる表紙の題名を見ると、夢とは遠くかけ離れた、歴史に関するものが書かれていた。それに咲夜歌も気づくと、目を丸くしながらツェルの見えない顔を見る。
ツェルはその咲夜歌の様子に気がつくと、ああ、と呟きながらこの本を見せる。
「すみません。歴史には目がなくて、つい読んでしまいました。」
「へ~……そうなんですか。」
咲夜歌は、その本の内容を横から覗き見る。意外と難しくない文章に、目を落とす。
『海底都市には、様々な説が飛び交っているのをご存知だろう。数ある中で最も有力な説が、何千年も前に生きていた生物が建てたというものだ。
魚人族が生まれたその前に生きていたとされる生物は、高度な技術を持っていたとされており、海底都市のビル群の成分解析で、魔法のエネルギー源である『マナ』が一切検出されない事から、魔法を使わずに都市を建てたとされている。』
これは……
「なかなか興味深いですね!」
「ですが、」
ツェルは本を閉じると、元あった本棚にその本を戻す。
「いつまでも油を売る訳にはいきませんね。咲夜歌様に頼まれた事を済ませなければ。」
「わ、私が強引に頼んだから、別にほかの本を読んでてもいいんですよ?」
ツェルは、首を横に振って咲夜歌を見る。
「いえ、私が引き受けたのですから。咲夜歌様が気にすることはありません。さぁ、本探しを再開しましょう。」
そう放っては、別の棚へ歩いていった。咲夜歌は、着いていこうか迷っていると空中から人魂が下りてくる。
「見た目も中身も、真面目な人だねぇ。」
少年の声で冷淡ながらもそう呟いては、少し燃え盛る。咲夜歌は人魂を、ちらりと見ると、再びツェルに目を向ける。
「ま……執事だし、当然っちゃ当然ですけどね。」
「でもああいう人って大体がむっつりスケベだと思うよ。」
「……やめて……ツェルさんのイメージ崩れちゃいます……。」
残念ながら、あいつは芯が強い本当の大真面目なやつよ。私が知る限りでは。
*
家に帰った咲夜歌は、結果的に、咲夜歌がイメージしていた夢に関する本は見つからなかった。が、その代わりに持ってきた本があった。それは、ツェルが読んでいた歴史の本だった。咲夜歌に、とてもわかりやすい言葉ばかり並んである。
夕食も入浴も済ませて、咲夜歌の部屋に入ってはそんな辞書のように分厚い本をいちから見ていく。
……
咲夜歌は、途中で読むのをやめた。
なによ……大昔に住んでいたその肝心の生物がわからないじゃない……。
かなり気になっていたのだろう。肩透かしをくらった咲夜歌は、時計を見て時間を確認する。
……もう寝なきゃ。夜更けまで読んじゃったわ。
本を閉じて本棚に綺麗に入れると、簡単に日記を書く。その日記も本棚へ仕舞うと、電気を消してベッドに飛び込んだ。
本探しの徒労が溜まった脳と、文章ばかりに走らせていた目が、咲夜歌を睡眠へと導かせた。
*
…………
『先月の中旬、全国的に発生した一週間に亘る豪雨の影響で行方不明になった方々は、以下の通りです。』
テレビの先の無機質に喋るアナウンサーが、画面下に表示された行方不明の名前を淡々と読んでいく。
そして、名前が切り替わった時に、その名前が目に映った。それと同時に、アナウンサーがその名前を放つ。
【月代 咲夜歌】
僕はリモコンでテレビの電源を切る。あの豪雨の日から一回も家に帰ってきてない。僕はただ、ソファに蹲って待つだけ。だって、すぐ帰ってくるって言ってたもん。
……
どうしよう?
お姉ちゃん……。




