ベルから吹き出す楽観
水の中で、ゆらゆらと私は沈んでいる。後頭部が痛む。体が動かせない。だが、目を開く事は出来た。水に中のはずなのに、鮮明に見える青く染まった逆さまのビル群。まるで天地がひっくり返ったみたい。
死にたくない。
その言葉が頭の中を駆け巡っている。その時には、私が私でなくなっていた。そんな気がした。
*
咲夜歌は、目を開けて見慣れた天井を見つめる。体中から出た汗は、まるで水に浸かったかのように多く体に付いて、パジャマが体に張り付いている。咲夜歌は、呆れながら片手を顔に添える。
……また変な夢見たああぁぁ……。
カーテンの隙間から漏れ出る太陽の光が、咲夜歌の顔を照らす。
…………風呂はいろ。
*
今日は、以前バスの中で約束していた演奏の練習をする。あのカボチャ三兄弟の二男、ナインドからトランペットを教わる。咲夜歌は予定通りに三兄弟に家に着き、ナインドが自分の部屋へ案内する。
「今日は来てくれてありがとうなのだ!」
はしゃぐ様子は、まるで元気な少年を見ているみたいだ。背も、三兄弟の中で一番低いため、余計そう見えてしまう。だがある意味、このカボチャ三兄弟の中で、ナインドは一番幼いだろう。咲夜歌は笑ってナインドに着いていく。
「もちろんです!約束ですから!それに……ちゃんとした演奏を、トランペットでもできるようになりたいなって思うんです!」
「うむ!それは良いこころいきだと思うのだ!」
ナインドは、案内した先の扉の前で振り返り、咲夜歌の言葉を胸を張って偉そうに返す。きっと今のナインドは、演奏を教える先生のような気分なんだろう。
咲夜歌も、こんな可愛らしい先生に教えられるのは本望だろう。今のところ、咲夜歌にとってナインドが一番好感度が高い。
もちろん理由は、純粋でかわいいから、だって。
ナインドの部屋に入ると、早速トランペットの準備を始める。想像通りのベッドの下にしまったトランペットを二つ取り出したナインド。
全く同じトランペットだ。そして、どちらも新品のように綺麗だ。とても大切にしているのだろう。
「サヤカは、こっち!」
ナインドは、片方のトランペットをサヤカに渡すと、その隣に椅子を持ってくる。そこにトランペットを置き、もうひとつ椅子を持ってきた所で、急に扉が開いた音が部屋に響いた。
ふたりが振り返ると、カボチャ三兄弟の三男、アルタルスが扉の外からカボチャ頭を出してこちらを見ていた。
「む、アル。なんの用なのだ?」
ナインドがそう聞くと、アルタルスは低い声で、うーん、と唸っている。その紫色の瞳も泳いでいて、橙色の頬を人差し指で掻いた。するとたちまち、その彫られた口が開く。
「お、俺もいいか?」
「え、アルもか!?」
思いもよらない言葉にナインドは驚いた。咲夜歌も、目を丸くしてアルタルスを見ている。そのアルタルスは、申し訳なさそうに、眉の部分を顰める。
「だめか?」
「うーん……。」
今度は、ナインドがそう唸る。腕を組んで、生徒をひとり加えるか考えている。やがて、腕を解いた。
「アルはいつでもできるから、またいつか教えるのだ。今日は、サヤカだけに教えたいのだ。」
「そ、そうだよな……。」
「え……私は別にいいと思いますよ?」
咲夜歌は正直なところ、演奏のエキスパートが増えてくれるのは非常にありがたいと思っているようだ。その言葉を聞いたナインドは、む、と声を漏らすと、笑顔になる。
「じゃあアル!やっぱ入っていいぞ!気がかわったのだ!」
「お……いいのか!?」
アルタルスは笑顔になって、扉を完全に開ける。
「サヤカがそう言ってるから、とくべつなのだ!」
ナインドは、ベッドのしたからもうひとつのトランペットを取り出す。さっきの二つより少し大きいサイズのようだ。
アルタルスが部屋に入って、それを受け取る。その間に咲夜歌は、ふたりより一回り大きい椅子を両手で持ってきた。
アルタルスは、三男だが三兄弟の中で一番背が高く大きい。ナインドとアルタルスが横に並べば、親子と間違えそうなほどだ。
さんにんは、それぞれの椅子に座ってそれぞれのトランペットを持つと、ナインドの説明が始まった。
*
今日はとっても楽しいのだ!
サヤカがトランプットをむずかしそうに吹いてた。上手に吹けない時は、いつもぼくに聞いてきて、教えがいがある。
アルは、サヤカよりも上手に吹いてた。少しけいけんがあるから、よく吹けている。
僕がおてほんで吹くと、サヤカは楽しそうに見つめてきて、僕も楽しくなる。アルも、多分楽しんでた。前に言ってた、そんけいのめで見ているから、きっと楽しいのだ。
そういえば、これも前に言ってた。楽しい時は、時間がはやく感じるんだって。アルのゆうとおり、時間はもう夕方だった。窓の外が赤くなってたから、すぐにわかった。サヤカが来たのは、お昼くらいだったのにな。
サヤカがまどの方を見た。
「あら、もうこんな時間なのね!」
サヤカも、ぼくと同じように楽しい時間を過ごしてた。とてもおどろいていて、ぼくはちょっと笑った。
「そうみたいだな。」
アルはどうだったんだろう。おどろいてないから、楽しくなかったのかな。それに、ちょっと笑ってるみたいに見える。
「そろそろ帰らなきゃ……。」
サヤカが、小さな声でそうゆうと、持っていたトランプットをぼくの方にもってくる。
「今日は教えてくれてありがとう!」
そう言って、ぼくの頭をなでてくれた。ぼくはうれしくなって笑う。サヤカも笑ってくれた。
ぼくはトランプットをうけ取ると、もう持っていたトランプットといっしょにベッドの下の棚に入れる。アルの吹いてたトランプットも取って、入れた。
その時、ドアの方から音がきこえた。出てきたのは、一番上のきょうだいのカルダだった。
「お、終わったか?」
「あ、はい!とても勉強になりました!」
「そうか!そりゃよかった!あぁー…それでー、もうすぐ飯が出来るんだが、よかったら一緒に食うか?」
するとサヤカは、少しこまったようなかおになる。
「いえ、大丈夫です!早く帰らないと、二人が心配しちゃいますから!」
「ふたり……?」
カルダが、サヤカのそう聞いてきた。
「はい。……あぁ、演奏会に行った時の、あの二人です!犬獣人と、兎獣人の。」
「ああぁ……なるほどなるほど。なら仕方ないか!じゃあまた今度、次は俺の番だね!次よろしく!」
「はい!」
サヤカが大きなへんじをすると、ふりむいてきた。
「アルタルスさんに、ナインドさん!今日はありがとうございました!」
サヤカはおじぎをしながら、えがおでそう言った。ぼくも、かんしゃしないと!
「サヤカ!こちらこそ、今日来てくれてありがとうなのだ!」
*
ナインドからトランペットの演奏の練習を終えた咲夜歌は、家に向かって歩いていた。最近夕方になるのが早くなっている気がする、と咲夜歌はそう考えながら歩を進める。
傾く陽が照らすこの都会は、相変わらず多種多様なモンスターたちが賑わっている。夜の姿はあまり見たことはないが、概ね想像がつく。
そんな人混みならぬモンスター混みを掻き分けるように進んでいくと、不意にモンスターとモンスターの隙間から見覚えのあるものが見えた。しかし、それは一瞬で、全くと言っていいほど見えなかった。
「……??」
咲夜歌は、見えてしまったそれを確認する。が、そこを見ても、さっき見たものはどこにもいない。
あの、黒い影、あと……赤いの、見たことあったような……。
途端、咲夜歌は誰かに見られているような感覚に陥る。周りを見ても、モンスターばかり。
鼓動が早くなり、耳からでも聞こえてくるそれは警鐘のように鳴り響く。咲夜歌はすぐさま走り出して、帰る家へと全力疾走した。




