瞬間
人間の咲夜歌と、兎獣人のイミラ、犬獣人のグラスは、バスに揺られながら海底都市へ目指していた。イミラは抱え込むように大きな包みを持って座っている。この中には、イミラが描いた風景画が入っている。
一方咲夜歌は、首にぶら下げたいつぞやの魔法のカメラを両手に、バスから流れる風景を撮っていた。グラスも外の風景に見入っているようだ。さんにんは、バスが目的の場所で止まるまでずっと喋らなかった。
*
「着いたああぁ!!」
「わっふうぅ!!」
バスから降りたさんにん。最初に口を豪快に開けたのは咲夜歌だった。それに続いてグラスも、嬉しそうに尻尾を振りながら片手の拳で天を突いた。
「正確に言えば、まだ着いてないがな。」
静かに去っていくバスを横目に見ながら、イミラは冷静に指摘した。
降りた場所は浜辺。昼間ということもあり、海で遊んでいるモンスターも見受けられる。その大半は魚人が占めている。
「楽しそうね!」
「だねぇ!」
「バカンスに来たんじゃないからな。」
「わかってるわよ!」
イミラの手厳しい言葉がふたりを突く。咲夜歌の返答も待たずに、大きい包みを抱えたイミラはどこかへと歩き出した。咲夜歌とグラスは、海で遊びたい気持ちを抑え、仕方なくイミラに着いて行った。
そうして歩くこと十数分、バス程の大きいガラスの球体が、海の方へ沈んでいく場所に着く。あれは一個だけではないようで、何個ものガラスの球体が、交代するように砂浜へ上がっては海へ沈んでいく。
咲夜歌の身近なもので例えるならば、スキー場でよく見かけるゴンドラの乗り換え場のようなところだ。
「ここから行くぞ。」
「なんだかすごいわね……。」
見慣れないものに驚きの声を漏らす咲夜歌。イミラに遅れないように、その球体のガラスに入る。入口から入った扉が閉まると、海の方へと沈んでいく。
「ちょっと怖い……。」
もし、このガラスの中に水が入ったらどうしよう、と内心で怖がる咲夜歌。対照的に、グラスはガラスの中を走り回って、楽しそうに水の中に入っていくガラスを見ていた。イミラは、依然として冷静だ。
ガラスは、海の中へ沈んだ。
少し心が落ち着いた咲夜歌は、ガラスに手をつけて海の中を眺めた。そこで、咲夜歌は息を呑んだ。
海の底。その場所には、ドーム状の巨大なガラスがあり、その中に海底都市があった。地上の都会とその海底都市のビルの数は、それほど変わらないように思う。
それほど巨大な海底都市で、咲夜歌はただただそれに見入ることしか出来なかった。グラスも、更にはしゃいでいる。
「相変わらずキレイだなぁ!」
「そう…ね。」
グラスの言葉に、咲夜歌は小さいながらも賛同した。不意に、カメラを持っていたことに気づいた咲夜歌は、この風景を逃がすまいと、少し後ろに下がってカメラを構える。画角にイミラが入っていたので、せっかくだからピースさせようと咲夜歌は企む。
「ほら、イミラちゃん!ピースピース!」
「……何回も言うけど"ちゃん"って呼ぶんじゃねえよ。」
振り返りざまに冷たく放った。もうそれに慣れた咲夜歌は、カウントダウンを始める。
「あ!待って!僕も僕も!!」
すると突然、画角にもうひとり獣人が入ってくる。
「じゃあ、イミラちゃんの横にいて~!」
「…よっ、イエーイ!」
画角にいるグラスは、カメラに向かって満面の笑みでダブルピースを前に出している。イミラは、めんどくさそうにそっぽを向くだけ。咲夜歌は、今度こそカウントダウンを始める。
「さーんにぃいち!!」
パシャ
シャッターを切る音が、ガラスの球体内に響いた。
これは、かなりいい写真が撮れたんじゃないかしら~?
撮った写真は後で見るとする。咲夜歌達は海底都市への移動中もはしゃいで着くまで待っていた。イミラは依然として冷静だ。こういう時くらいははっちゃけたりすればいいのに。
*
咲夜歌達が入ったガラスの球体が、ついにドームの中へ入った。さんにんはそこから、この海底都市を一望出来る展望台のような場所に降り立った。
天からの青白い光で彩られた海底都市は、その名を誇るに相応しいように佇んでいる。中央付近に見える広場には、海水を使って作られただろう大きな噴水がある。
そこを、プールのように遊んでいるモンスター達が多くいる。もちろん、魚人が多い。
「着いたああぁ!!」
「わっふうぅ!!」
咲夜歌とグラスが、浜辺に着いた時と同じ言葉を叫ぶ。イミラは、そうだな、と軽くあしらうと、ピンクのパーカーのポケットに入れてあった折りたたんだ小さな紙を取り出す。
外出するときいつもその格好よね。他に服を持ってないのかしら。
「行くぞ。ここから遠いから、遅れないようにしろよ。」
そうして歩き出したイミラ。咲夜歌もグラスも、心を躍らせながら着いて行った。
*
イミラの目的地に着くまで、咲夜歌は海底都市の様々なものに一々目を奪われていた。
先程の、中央に位置する噴水のある広場では、高く吹き上がる水に圧倒されていた。
道中では、多くの人集りを作っていた笛を吹く魚人がいた。イミラを除いて、咲夜歌達は旋律に惚れながら、穏やかな気持ちになった。
更には、何やら魔法を使ったサーカスまで開催していたらしく、足を止めた咲夜歌達は、その時ちょうど、魚人が泡を使った魔法を披露している最中だった。
空中に浮かばせた無数の泡を、変幻自在に操っては形を変えさせる技を魅せた。ある時は、幾何学模様のように。ある時は、夜空の星のように。最後には泡を膨張させ、花火のように咲かせた。
観ていたモンスター達は、素晴らしい魔法を披露した魚人に盛大な拍手を送った。イミラを除いた、咲夜歌達も例外なく。
……
「ここか。」
イミラが突然言い出し、立ち止まる。グラスも咲夜歌も止まると、とある家に着いたことに咲夜歌は気がついた。
「ここが、風景画を受け取る人の?」
「そうらしい。」
イミラは見ていた紙を折りたたんでポケットに突っ込むと、咲夜歌とグラスに目を向ける。
「ここで待ってろ。すぐ戻る。」
片手で抱えていた大きな包みを抱えやすいように直すと、その家の玄関の前に立つ。ノックしてしばらく待つと、玄関口から、ガタイのいい男の魚人が現れた。
「風景画を依頼されたエフォル・ドーディンさんですね?」
「ああ、そうだ。」
「風景画をお持ちしました。」
といった会話が続く。少し飽きた咲夜歌は話しているイミラに背を向けて、この海底都市を見上げた。
海面の奥の空から降り注ぐ光は、まだ時刻は昼過ぎと判断できる。常に波立つ海面は、海底都市の地面を疎らに照らしていた。
後ろで扉の閉まる音が聞こえた。見ると、イミラと風景画を依頼したエフォルがいない。中に入って、風景画を飾る場所を検討しているのだろう。咲夜歌は浅いため息を吐く。
「まだかしら……早くほかの場所も見てみたいわ。」
「大丈夫だよサヤカ!時間は逃げても、海底都市は逃げないよ!」
急かす咲夜歌に、グラスは何のフォローになっているのかわからないことを言った。だが、咲夜歌をこれ以上飽きさせない為のフォローなんだと解釈した。
「…そうね!待とっか!……あ、ねぇねぇグラスちゃん!」
「?」
グラスは、首を傾けて頭の上に疑問符を出す。咲夜歌が手招きし、グラスを来させる。この時の咲夜歌の企むような顔は、大体良いことは起きない。咲夜歌はグラスの顔に手をゆっくり下から近づける。
直後、
モフッ
「……??」
更に疑問符を増やすグラス。グラスの毛並みの揃った明るい茶色の首に宛がった咲夜歌の手が、擽るように動く。
「わっなにっ!?やめ、」
驚いたグラスは、慌てて咲夜歌の手に触れるが、咲夜歌は無表情のままグラスをじっと見つめる。こんな咲夜歌であるが、こういう場合は心の内で何かと怪しいことを考えているものだ。
あああぁぁぁカワイイィィ!!やっぱサイコウよッ!!ステキ!!
ほらね。手もずっと擽り続けて、グラスを困らせている。そんな時に、運がいいのか悪いのか、依頼人の家から出てきたイミラにその行動を見られてしまった。
咲夜歌の頭に、勢いよく人参がぶつかった。
*
「ごめんなさぁいいぃーってぇ……」
じわじわと痛む頭を片手でさすりながら、咲夜歌はイミラに謝った。が、先を歩くイミラは振り返りもせず言葉も発しない。あれだけで相当怒っている。グラスはこの状況に困惑する。
「イ、イミラ!僕は別に大丈夫だったよ!あれでも!」
「兄貴が良くても俺が駄目だ。」
「過保護すぎだよぉ!!」
遂には、グラスからもツッコミがはいった。咲夜歌は目の前の寸劇のようなものを困り顔で見ていると、突如、はっとしたように気がつく。徐々に紅潮する頬。何かを抑えるように制服のリボンを触る。
そうだわ!よくよく考えればそうじゃないの!!
咲夜歌。それ以上考えてはいけないわ。
そう考えれば、このふたりが一緒に住んでいる謎がハッキリするじゃないの!
違うわ。貴方は大きな勘違いを犯している。
このふたり……できて
パァンッ!!
咲夜歌の右頬に……痛みが走った。咲夜歌は、訳がわからず、自分の右手を見つめる。
勝手に……?
咲夜歌の右手が、無意識に右頬をビンタしたようだ。その瞬間、どことなく確信が生まれた気がした。音に気づいたイミラとグラスは、振り返って咲夜歌を見る。
「……何してんだお前。」
イミラは状況を察しただろうか。咲夜歌にそう質問する。が、咲夜歌は当然何をしたかわからないでいた。
「わから……ない。」
そう呟くが、すぐに咲夜歌はごまかすように笑う。
「あ、あぁいやぁ、その、あんな事をしちゃった自分に対する、そのぉー、罰?をね!あ、あはは~。」
すると、心配していたグラスが咲夜歌に近寄る。
「そ、そんなことしなくてもいいんだよ!?」
「ご、ごめんね~……。」
咲夜歌は頭を掻いて謝る。グラスは咲夜歌の痛む頬を優しくさすってあげている。一方イミラは、咲夜歌を見据えていた。その呟いた言葉を聞き逃さなかったからだろう。
が、その咲夜歌の意図が掴めなかったのか、ため息を吐いた。
「……帰るぞ。」
「え、もう?」
予想外な言葉に、咲夜歌は驚いて聞き返した。
「ああ、今から帰らねぇと、家に着く時には日が暮れてるだろうしな。」
「そ……っか。わかったわ。」
さっきの事もあり、咲夜歌はまだ帰りたくないと強く言うことは出来ない。カメラを触りながら、仕方なくイミラの言うことを聞くことにした。
グラスも異論はないようで、うん、と頷いた。咲夜歌と同じように、まだここを満喫したいようだったが。




