地下室のガイコツ
咲夜歌は今、リンゴ畑の主、ツエルバの経営している飲食店でバイトをしていた。店は森の中にあるため、あまり客は来ない。
ツエルバから言われた皿洗いやテーブル拭き等をひとしきり終えた咲夜歌は、休憩に入る。
「……。」
人目につかないテーブル席に座る。受付はいつもツエルバが引き受けてくれている。ひとつため息を吐くと、ふと、階段の側にある木製の扉に目が入った。やけに綺麗に整った、あの扉。
あそこって確か、入っちゃダメ、って言われてるところだっけ。
ここでバイトをすると言った時も、今日来た時もツエルバからそれを厳しく言われていた。が、咲夜歌の飽くなき好奇心にそれは無意味も同然で。
咲夜歌はテーブル席から立つと、ツエルバのいる受付の方へと目を向ける。暇そうに、大きい頭を支えるように頬杖をついては、淡い水色の髪の毛先をくるくる弄っており、こちらには見向きもしていない。
ツエルバの大きい目は、リンゴ畑に向けられている。今なら行けそうだ。咲夜歌は、ツエルバの方を向きながら早足でその扉に向かう。
着くと、ドアノブを掴む。どうやら回るようだ。なるべく音を立てないように、ゆっくり扉を開けて、中へ入っていく。扉を閉めて、改めて目の前の状況を確認する。
一寸先は真っ暗だ。明かりになるようなものは何一つない。
「何があるのかしら?」
好奇心のままに口を開くと、意外と反響してくる。冷たい壁に沿って歩いていく。そして、道中に変化はすぐにきた。
「っ!!!」
咲夜歌は突然足を踏み外す。が、すぐに足が地についた。もう片方の足を進ませて段差を下りる。そして、慎重に片足を前に出して、地面を確認する。
そうしてまた、段差がある事に気がつくと、暗闇の道の正体を理解できた。
これは……階段ね。
一歩一歩、段差を降りていくにつれて、咲夜歌の心拍数が上がっていく。とても長い。おそらくもう二十段くらいは降りた。
地獄に通じているんじゃないか、とありえない発想にまで至ったところで、奥に小さな縦の光の筋を見つけた。青白い光が、階段の前まで長く伸びている。
「わっ!!っもう!!」
唐突に終わる階段に足を捻りそうになる咲夜歌。声が反響して、また少しだけ驚いてしまう。そんな自分自身に呆れながら、咲夜歌は一直線に光の筋へと壁を沿って、早足で進んだ。
青白い光の正体は、開きかけた扉から漏れ出す光だった。咲夜歌は、光に目が慣れると、扉の隙間から中をゆっくり静かに覗き込んだ。
目に映るのは、部屋中に散乱した文書らしき紙や小さいガラス片。研究室のような部屋だ。
奥の方を見ると、青白い光の根源であろうパソコンの光がある。部屋の電灯ではなかったようだ。
咲夜歌は、パソコンの光だけが照らすこの部屋に入っていく。特に足元を気をつけながら歩を進める。
なんの音もしない。私の足音だけ。ここは何なの?なんだか気持ち悪い。
心で呟く咲夜歌。
そうしてパソコンの前まで近づくと、その明るい画面を正確に見ようとした。
ガチャ
咲夜歌が入って来た扉からではない、別の扉が開いた音。右から聞こえたそれは、咲夜歌の恐怖心を加速させ、咲夜歌と思わずその方向へと目を向けた。
闇に潜むそいつは、咲夜歌に近づいてパソコンの光の範囲内に入る。そのそいつの姿に、咲夜歌は両手で口を塞ぎ、目を見開いた。
天井に頭が当たりそうなくらい、かなり背が高い白衣を着た骸骨が、見下ろすように咲夜歌に冷徹な瞳を浴びせる。
「いけませんよ~??ここに入ってきては。」
意外にも声が高いと思ったが、恐怖心を煽るような抑揚でその言葉が放たれ、咲夜歌は後ずさっては尻もちをついてしまう。
こればかりは、咲夜歌には怖すぎるのだろう。
骸骨は、しゃがんで咲夜歌の顔を覗き込む。咲夜歌の顎が、細く白い、骨の手で掴まれる。
「……ん?」
そいつが急に、戒めの眼差しから、疑問の眼差しに変わる。
「どっかで見たことある……。」
眼窩の奥から光る淡い赤色が、咲夜歌の群青色の瞳から目を離し、その奥の棚へ瞳を移す。そうしてすぐ、咲夜歌から離れてその薄汚れた棚をひとつひとつ開ける。そいつが魔法で創り出した光る玉のようなものが、辺りをよく照らした。
そんな時、咲夜歌は出口の扉に目が入る。
今なら、逃げれるかもしれない。……今しかない!
床は紙やガラス片ばかり。ゆっくり歩かなければなさそうである。が、今の咲夜歌は、冷静さよりも恐怖心の方が勝っていた。急いで立ち上がり、思い切り出口の扉に走り出した。
しかし、あともう少しで出られる、といったところで急に扉は固く閉められ、咲夜歌の脱出を拒んだ。その拍子に咲夜歌は、扉にぶつかりそうになる。
「待ってよ。あとちょっとでわかりそうなんだ。出ていかないでくれって!」
背中越しにそう言う骸骨。咲夜歌は、開かなくなった扉を背にして身構える。今の咲夜歌は、モンスターに対する好奇心や好意は靄のように消えかかり、顔には目の前の骸骨の警戒にしか染まっていない。
……どうやら、咲夜歌にも苦手なモンスターはいるようだ。それとも恐怖心を煽られたからかもしれないが。どっちにしろ、咲夜歌は目の前の骸骨には良いイメージは持っていない。
「なあ君!名前はなんて言うんだ??」
その骸骨は、棚で何かを探しながらこっちを見て、咲夜歌にそう投げた。あの時の、咲夜歌をこの部屋から追い出そうとした骸骨と同じなのかと疑問に思ってしまうほどに、急いだ声で。
この変わりようには、咲夜歌も違和感を持つ。名前を言おうと思ったが、警戒心を解かずに口も固く閉ざす。
「名前だよ!!」
「!さ、咲夜歌です!!」
しかし、骸骨の威圧に耐えられず、咲夜歌は思わず名前を言ってしまう。骸骨は、サヤカ、サヤカと呟きながら、棚を荒く漁っていく。が、再び咲夜歌の方に顔を向ける。
「その名前、どう書くんだ??」
「か、書く……!?」
予想外なことを言われ、咲夜歌は驚きと疑問が頭で交互に渦巻くように、身構えた態勢を崩す。周りを見て、片袖机に多く置かれた文書や物に紛れていたボールペンを見つける。
それを持つと、適当な紙に咲夜歌自身の名前を、少し迷った様子で書く。
『 ' 咲夜歌』
急いで書いたが、意外にも綺麗に書けたそれを、咲夜歌はあの骸骨に、出来るだけ腕を伸ばして紙を渡す。骸骨はそれを手に取ると、じっ、とそれを見つめる。
「……なんだこれ?これでサヤカって読むのか??」
「え?そう、ですけど……。」
「これでか!!?」
骸骨は、心底驚いたように名前が書かれた面を咲夜歌に見せる。まさか、どこか間違ってるの、と咲夜歌は思って改めて書いた名前を見るが、どこも間違えたところはない。
「……はい。」
すると忽ち、骸骨が神妙な面持ちになって咲夜歌を見つめ始めた。
「……実に興味深いな~……?」
咲夜歌は少し体を引く。が、骸骨の手が咲夜歌の頬に触れる。
「!?」
骸骨の細い手が、頬から首筋、肩の方へどんどんと下へ伝っていく。
「やめてッッッ!!!!!」
その手を咲夜歌は払い除ける。かなり後方へ後ずさり、力が抜けたようにその場に膝をつく。床にあったガラス片が膝元に刺さり、痛いと咲夜歌は感じたが、それよりも大きな感情が咲夜歌を支配して、痛みなどどうでもよかった。
「やめて……やめて……」
俯き、頭を両手で抱え、肩まで下ろした白髪が垂れ下がる。明確に蘇る。顔にかかった白い布が放たれた。目と目蓋に映るのは、悪夢。咲夜歌は、何かが思い出せそうだった。だが、それを思い出した瞬間、この世界で感じた今までの幸せがなくなる気がした。
咲夜歌は、溢れんばかりの涙が出そうになる前に、意識を手放して床に倒れ込んだ。




