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懐かしの味



「お待たせしたっ!!」


この飲食店の店主であり、近くのリンゴ畑を育てているモンスターのツエルバが、またもや吹き抜けから二階へと大きく飛んでくる。両手には料理を持っているが、こぼした様子は無い。


こちらのテーブル席の方へ駆け寄ると、持った料理をカボチャ三兄弟の長男カルダと二男のナインドの前に置かれる。


「リンゴサリダとリンゴハンバーグになりまぁす!!」


ツエルバの勢いのある声に、咲夜歌(さやか)は少し驚く。カルダの前に置かれたのは、リンゴが入っているサラダのようだ。一方、ナインドの前には、見た目は一般のハンバーグと変わらない料理が置かれた。


「あとふたつはもうちょい待っててっ!」


ツエルバが変わらない勢いでそう放つと、吹き抜けから一階へと飛び降りる。そしてすぐ、再び二階へ飛びここのテーブル席に来る。両手に同じ料理を持って。


「お待たせしたっ!!リンゴカレーになりまぁす!!」


咲夜歌と、その隣にいる三男のアルタルスにそのリンゴカレーが置かれる。すると咲夜歌は、その料理を見て目を丸くした。


これ……って……


咲夜歌はこの料理に見覚えがあった。初めて、明確に、料理に対しての違和感を覚えたもの。


目の前にあるのは、かつて最北端のヴァルダド半島に来て咲夜歌が食べたものだ。あの、水色をしたカレーと、中央に、あの白飯。あの時に食べたものと瓜二つの料理だ。


「ごゆっくりどうぞっ!!」


料理に驚く咲夜歌に気付かず、ツエルバはそう放つと、速やかに一階へと吹き抜けから飛び降りていった。咲夜歌の前にいるカルダとナインドは食べ始めている。まだ食べていないのは、微妙に口を開けてまだ唖然としている咲夜歌と、その隣にいるアルタルスのみ。


アルタルスは、まだ食べていない咲夜歌に、心配の声をかける。


「……どうしたんだ?そんな、ぼうっとして。」


「え、あ」


その声に我に返った咲夜歌。反射的に顔をアルタルスの方へ向かうが、たちまちゆっくりと料理の方へと視線を移した。


「何でもないです!ちょっと……ね。」


「……。」


アルタルスは、咲夜歌の気丈に振る舞う言葉を聞いても、どうしたのだろうと、その彫られた目の中から覗く瞳で気にかけている。そんなアルタルスをよそに咲夜歌は、皿の隅に置かれたスプーンを手に取って、いただきますと呟いてゆっくり食べ始めた。味も、あの時と同じで、美味しかった。



そうよ、あの時。あの時よ!あの時も、こういうふうに







窓越しに、人が多く通りかかる大通りを眺めながら、スプーンですくい上げたカレーを一口。薄く反射する窓には、明るい店内とテーブル席に私を含めた四人が座っている。


「咲夜歌ちゃんさ、疲れてない?」


その心配する声が斜めから聞こえた。はっ、となってそこを向くと、コーンポタージュをスプーンですくって飲んでいる(さくら)ちゃんが、心配そうな目で私を見ていた。私は適当にごまかそうと思い、微笑みながら口を開く。


「そうでもないわよ。……このカレー美味しいわよね!」


私が話題を料理に転換しても、他の三人の気まずそうな顔は晴れることは無かった。


「……そういうふうにごまかすの、あなたの悪い癖よ。私が何も見てないとでも思ってる?」


私の前に座っている(あや)ちゃんが、淡々とした口調で私を諭した。彩ちゃんは、自分自身の目の下に人差し指を置く。


「クマ、出来てるわよ。」


「あ……」


即座に私のことだと気づくと、思わず目の下のクマを自分の人差し指で触る。私の隣にいる小夜(さよ)ちゃんが心配を隠しきれない顔で、私の顔を横から覗く。


「まあ……あの事があったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。」


……この話題は避けたいわ。聞きたくない。でも、私はこうやって逃避し続けるのか。葬式も終わって、やっと心が落ち着いてきたのに……。考えるより先に、口が開いていた。


「蒸し返さないで。お願い…。」


「ご、ごめん!」


小夜ちゃんがそう謝ったから、私はちゃんと微笑んで、いいわよ、と優しくつぶやく。そうして、目の前のカレーに目を落とした。


懐かしい味。子供の頃母に、これ美味しいから家でも作って、って言ってたことを今でも覚えてる。このお店と同じ味で、なんて無茶も押し付けたっけ。でも、もうここでしか味わえない。








母はもういないもの。










気がつけば、目の前の、あの水色のカレーは完食していた。咲夜歌は、その事に少し動揺する。


あれ、何の話をしてたんだっけ。


そう思いながら手に持ったスプーンを(から)の皿の隅に置くと、リンゴとサラダを食べたカルダが爽やかに言う。


「はー!相変わらず、美味しかったな!」


「やっぱそれで足りるんだな。」


そう放ったアルタルスは、空の皿が二枚重なって置いてある。すると、咲夜歌の前にいるナインドが、少しテーブルから身を出して咲夜歌を真正面に見る。


「どうだ?美味しかったのだ!?」


「え……」


突然聞いてきたため、咲夜歌が少しだけ目を丸くして驚く。そして、すぐに笑顔になって、気持ちを切り替える。


「ええ!美味しかったわ!」


その言葉を聞いて、ナインドは彫られた口の口角を上げて、純粋に磨きがかかった笑顔を浮かべる。


「サヤカの口に合うようでよかったのだ!」


その笑顔に、咲夜歌は思わず、ふふっ、と笑みをこぼす。そんな微笑ましい光景を見ていたカルダが、よし、と放って立ち上がる。


「さ、お会計と行こうか!」


それを合図に、隣のアルタルスと前のナインドが立ち上がる。咲夜歌も、それに従って立ち上がった。


前にいるカボチャ三兄弟が一階へと降りる階段へ向かっていく。着くと、すぐに三兄弟は下の方へ降りていったが、咲夜歌は、ある音に足を止められる。それは、妙に大きい咀嚼音。咲夜歌達がいたテーブル席の反対側、階段の向こう側の光の届かないテーブル席からそれが聞こえる。


好奇心に背中を押され、ゆっくりそれを確認しに行く。テーブル席に座っているそれは、こちらには見向きもせずに、ただ目の前の料理を食べているようだ。少し近づいて、咲夜歌は何かに気づいた。


あれ……どっかで見たこと……


そいつの正体をやっと目視出来るようになると、咲夜歌は息を呑んだ。黒いパーカー。黒いフードで見えない顔。異様に光る赤い瞳と大きい歯。小柄で丸く肥えた体。


まさしくそいつは、最北端に位置するヴァルダド半島の飲食店にて会ったモンスターだ。咲夜歌とそいつは、飲食店という同じ括りの中で、再び出会ってしまった。


咲夜歌は心底驚きながらも、あんな遠いところからここで再会することに変な喜びを感じ、近づこうした。


「おーい!サヤカさーん!!」


が、下にいたカルダが咲夜歌を呼んだ。一階への階段へ振り向いて、またそいつの方に振り向く。下にいるカボチャ三兄弟を置いていくわけにもいかないだろう。咲夜歌は、名残惜しそうに一階へ階段を下りていく。


黒いそいつは、料理を食べながら、器用にも咲夜歌の姿をその赤い瞳で追って見つめていた。



「すみません!」


咲夜歌は急いで階段を駆け下りると、受付近くにいるカボチャ三兄弟の元へ駆け寄る。既に会計は済ませているようで、肘をついているようにも見えるツエルバが、笑って咲夜歌を見る。


「サヤカ!またいつでも来ていいからな~!あ、でも朝はダメだからな!その時以外なら来ていいから!」


「あ、あ!ツエルバさん!」


咲夜歌は、とある事を唐突に思いつく。というより、前々から考えていたことだが、ここに来て、ふと脳裏に蘇ってきた。


「なに?」


「あの……ここで、働くことって出来ないですか?」


「……ああ、バイトか。」


ツエルバは、その柔らかしそうな肌色の頬を、小さな手の人差し指で掻いて考える。そうしていると、急に口を開く。


「サヤカは料理できるか?」


「まぁ、多少は……。」


「じゃあ採用っ!」


「……え?」


戸惑う咲夜歌に、満面の笑みでツエルバは大きいカンカン帽の縁を人差し指と親指で掴む。


「正直お客さん少ないから、あたしだけでも十分なんだけどな。まぁでも、ひとりくらいいいかなって。……あ、でもひとつだけ条件っ!」


掴んでいた手を離し、咲夜歌の前に人差し指を立てる。


「階段下に扉があるんだけど、そこには絶対行かないでくれよっ!」


ツエルバの人差し指が階段の方へ向かれる。咲夜歌はそれの先を目で追っていくと、たしかに階段の下に木製の扉がある。ツエルバが、再び口を開く。


「じゃ、そうだなぁ……。」


咲夜歌はツエルバの方を向くと、ツエルバはまた考えるように目だけを天に仰ぎ、淡い空色をした長い髪の先端を、さっきの人差し指でくるくる弄る。


「朝以外いつでも来ていいが、これが欲しいなら、週三のペースで来てくれよ?」


そう煽るように言うと、人差し指と親指で円を作り、手でお金のマークを見せる。咲夜歌は、確認するように頷くと、微笑む。


「はい!わかりました!」


咲夜歌のその良い返事にツエルバは、うん、と頷く。


「あ、そうそう。あたしにさん付けは要らないから。」


「はい!了解です!」


「いい返事だっ!!」


咲夜歌は、ツエルバの勢いのある強い声に、思わず思わず口を抑えて笑う。玄関の方を向くと、既にカボチャ三兄弟は外に出ているようで、ここにはいないようだ。


「美味しい料理をありがとうございました!」


「その美味しい料理、今度はあんたが作る番だからな?」


その言葉を聞きながら、玄関の外まで咲夜歌は行く。振り返って、ツエルバを見る。


「それでは、また今度!」


「待ってるよ!」





再びバスを乗り継ぎ、都会につく頃には日が落ちかけ、空は赤と青が綺麗に混ぜあったグラデーションがかかっていた。最南端の半島に家がある咲夜歌は、その道に行くためのところでカボチャ三兄弟に声をかけ、別れを告げる。


「今日はとっても楽しかったです!ありがとうございます!」


「俺も楽しかったよ。ありがとう。」


「僕もサヤカとお料理食べれて楽しかったのだ!」


「……俺も。」


三兄弟がそれぞれ咲夜歌に感謝の言葉を述べると、咲夜歌は嬉しくなって笑顔になる。カルダが、不意にその彫られた口を開く。


「俺らの家にも、いつでも来ていいからな!ちょっと古いけどゲームもあるし、料理も振る舞うよ!あとは、」


カルダはアルタルスの肩に手を置く。


「アルのピアノのレッスンだったり、」


次は親指で、自分の頭を指さす。


「俺のヴァイオリンのレッスンのために来てもいいぜ!」


「はい!都合のいい時に行きますね!」


するといきなり、ナインドが手を上げる。


「あ!僕のトランペットのレッスンもわすれないでほしいのだ!」


「忘れてないですよ!今度行きます!」


こんな楽しい会話をして、咲夜歌は心から笑いながら息を吐く。


でも、そろそろ帰らなくちゃ。


「それでは!また今度家に!」


そう放って、咲夜歌はご機嫌で家に帰っていった。








どうしましょう……?







こんなにも素敵なモンスター達がいて……







恋で心がうるさいわ!!






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