赤いリンゴ畑のレストラン
お食事会をするこの飲食店の内装は、外装で予想は出来ていたが、やはり木造な雰囲気がある。咲夜歌の鼻によく合うような木材の匂い。ただ、どこか未来的なものを感じるのは、恐らく気のせいだろう。
複数あるテーブルの上から窓が天井の手前まで大きく張ってあり、太陽の光を取り込んで店内を明るくしている。受付のカウンターにも光が当たり、そこを見てみれば、カンカン帽であろう平たく麦わらで作られた帽子を被って突っ伏している丸いモンスターがいた。
ただ、気になるのはその帽子の大きさ。人間の咲夜歌では明らかに大きく、被ることは出来ない。咲夜歌の隣にいるカボチャ三兄弟のカボチャ頭でも、被れない。
その突っ伏しているモンスターは、こちらに気がつくと、帽子からはみ出た淡い空色の長い髪を揺らしながら頭をゆっくり上げた。
「ん……あれ、お客さん……?」
そこで、咲夜歌は唖然とした。そのモンスターは、その大きく丸い頭と、白い手袋をした透明の手しかないモンスターであった。
耳は無い。鼻にあたる部分は、少し隆起しているだけであるが、呼吸はしているようだ。口は人間より大きく開けそうだ。顎は人間のように細くなく丸い。
そして、目は人間と比べれば大きく、そこだけ見ると、咲夜歌の言う二次元の女の子のキャラクターのようだ。頭から下は透明なのか、それとも何もないか。
そのモンスターは、受付のカウンターから降りようとして、こちらに目を向けた。明確にこちらの存在に気づくと、おっ、と両眉を上げて声を漏らす。
「カボチャさんたちじゃん!それに……見慣れない子がいるね。」
声から察するに、性別は女だろう。長男のカルダが、得意げに彼女と話す。
「よう!今日も来たよ。新しいお客さんを連れてね。」
「へぇ……。」
カウンターで、その丸い頭を支えるように頬杖をついて咲夜歌の方を向く。
「これが、アンタ達の……言ってた?」
途中からカウンターを超えるように飛び、空中に留まり浮いた状態で咲夜歌を観察するように見据える。咲夜歌より身長……というより、彼女は頭しかないため、身長の低い彼女は頭を上向きにして咲夜歌を見ていた。咲夜歌は、まだ少し驚いていたが、反射的に背筋を伸ばす。
「さ、咲夜歌です!」
「うん、サヤカね!まあ、アタシはもう知ってたけどっ。」
彼女は口角を上げて笑顔になると、その白い手袋をした手の人差し指だけを自分に向けた。そして、勇ましいような声で咲夜歌に言う。
「ツエルバだ!ここでリンゴを育ててんだ。よろしくな!サヤカ…さん!」
「わっ!」
最後に、ツエルバの手が咲夜歌の脚を、ぽんと叩いた。咲夜歌は声を上げてさらに驚いたが、その後のツエルバの憎めないような無邪気な笑顔に、少しだけ微笑んだ。
「さ!」
ツエルバが、よにんの視線を集めるように大きめな声を出す。
「サヤカとカボチャ三兄弟の計四人のお客さん、着いてきな!この店の一番いいテーブルに案内するよ!」
*
このお店の二階へと案内される。窓側ではない受付に近いところが吹き抜けなっている。一階とさほど内装は変わらないが、ツエルバが育てているリンゴ畑が一階より一望できる。客は、一階と同じように極わずかしかいない。この店は森の奥にあるようなものだから仕方ないのだが。
ツエルバは奥から二番目の、日当たりのいいテーブル席を指さす。
「あそこだ。」
そこにツエルバに連れられ、よにんはそのテーブル席へと腰掛けた。咲夜歌の隣には三男で大柄なアルタルスが、前には二男で小柄なナインドが座っている。
「じゃ、決まったら言ってくれ!大声で呼べばだいたい聞こえるから。」
ツエルバはそう言い残すと、さっそうと一階へ降りていった。脚はないため、空中を進む様がそう見えただけかもしれないが。
「どうぞなのだ。」
ナインドが、テーブルの端のあったメニュー表を咲夜歌に渡す。
「ありがとう!」
咲夜歌がそれを手に取って、どんな料理があるかと様々な料理に目を移していく。それらの料理には、どれもリンゴが使われている。咲夜歌は、感心するように、へぇ、と漏らす。そうして、窓から見えるリンゴ畑を見渡した。
「自分でこういうのを育てるのって、簡単じゃないと思うし、すごいわ……。」
カルダも、同意するように頷いては、その彫られた口を開く。
「それに加えて、この店の経営もしてる。こういう事を同時にやるって、今の時代じゃなかなか出来ないよ。」
カルダの感心する言葉を聞きながら咲夜歌は、リンゴ畑にいる複数の小さな丸いモンスターに、それぞれ目を向ける。たくさんある紅いリンゴを一つひとつ見ているようだ。
「傷んでるリンゴを見極めているのかしら?」
そう確証のない言葉を呟いて、咲夜歌はメニュー表に目を落とす。その時、あ、と突然咲夜歌は口から漏れる。そうして、隣にいるアルタルスの顔へ目を向けた。
「すみません!トイレ行っていいですか?」
「あ、ああ、全然。」
アルタルスが咲夜歌が通れるようにテーブル席から離れる。咲夜歌が席から立つと、行ってきます、と一言添えてトイレへ向かう。
…もちろん、トイレの場所はわからないため、ツエルバに聞いてからトイレへ行くのだが。
*
隣にいたサヤカがいなくなり、俺たち三兄弟しかこのテーブル席にいない。テーブルと席の間に微妙な窮屈さを感じながらも、俺は前の椅子に座っているカルダを見ながら、次はどうするのかと考えていた。
カルダに言われるがまま、サヤカの隣に腰掛けたが、サヤカの前のほうが良かっただろうに。……いやていうか、俺はサヤカと付き合おうとは思ってないからな。だが、付き合わせようとする奴が目の前にいるんだ。
「アル」
「……なんだ。」
突然カルダに話しかけられ、一瞬動揺するがなんとか堪えて返事をする。俺は、どんな時もにやけ顔なのだが、たぶん今の俺はいつものようににやけていないだろう。
「頑張ってくれよ。」
「……すげえ他人事みたいな言い方だな。」
カルダは、冗談のような物言いで、その口が上がって微笑む。
「なわけねえだろ!俺らは家族だぞ?俺は、アルの将来の事を考えてるんだ。」
「余計なお世話だって事に気づいてほしいんだが。」
「ふたりとも、さっきから何言ってるのだ?」
俺とカルダが話す中、カルダの隣にいるナインドが、サヤカが持っていたメニュー表を持ちながら話の内容を聞いてきた。あぁ、そういえばナインド、この話知らないんだっけ。
「ああナインド……いやぁ実はな。アルは全然他人と話さないだろ?だから、サヤカさんと話して、アルのコミュニケーション能力を上げようということを話してたんだ。」
違うそれは嘘だ違う。いや合ってる、合ってるけどそうじゃねぇ。
「む、そうなのか?アル。」
疑問を持つナインドの青い瞳が、俺の顔を見る。俺は、少し経ってからため息混じりに言う。
「……間違ってはない。だが兄さん」
俺はナインドからカルダに顔を向ける。
「俺は付き合おうとは思ってないからな。」
「……。」
そう言い放つと、カルダは口を閉ざして何かを考えている。たちまち、少しだけ企むような鋭い顔になる。しかし、それは一瞬だけ見え、あとはまた口角を上げて俺を見据えた。
「じゃあ俺がサヤカさんと付き合うから。」
「え」
それを聞いた俺は、反射的に反応してしまった。だが、それと同時にナインドが目を輝かせて、俺の言葉を押し潰した。
「おお!ついにカルダが一歩を踏み出したのだ!」
「よっしゃやってやるぜおぉい!」
カルダは両手でガッツポーズをして意気込んだ。
「僕も、あとアルもできる限りサポートするからな!一緒に頑張るのだ!」
ナインドも、おー、と拳を天に突く。俺は、それの光景を、ただ少し複雑なよくわからない心境で見ていた。なんだか目を逸らしたくなって、ナインドから優しくメニュー表を取り、何かをごまかすようにメニュー表を食い入って見た。
……あ、今日はこれ食べよ。
*
トイレから戻り、二階へ上がっている咲夜歌。階段から、あのテーブル席は少し遠い。何気なく億劫に感じながらも咲夜歌は階段を登りきる。テーブル席へ戻ってくると、アルタルスが椅子から離れ、咲夜歌を奥の方へ座らせる。そしてアルタルスが席に戻った。
「すぐにメニュー決めますから待っててください!」
咲夜歌はメニュー表を手にとって、メニューを素早く群青色の瞳を動かす。
「焦らなくていいからなー。」
焦っている咲夜歌を落ち着かせるようにカルダが言う。そうして、すぐ咲夜歌はメニューを決める。
「決まりました!」
「おぉ…そうか。」
いきなり言われたからだろうか、少しカルダは驚くと、すぐに頷いて一階にいるツエルバへ向かって声を出す。
「ちゅうもーん!!」
「へいりょうかいっ!!」
下の階からツエルバの声が聞こえた。たちまちツエルバは、階段を使わずに吹き抜けのところから、バスッ、と手すりに手で着地する。口にはペンをくわえ、着地に使わなかった別の手には小さな紙が握られている。
スタイリッシュ!!すごい高いジャンプね!
変に感激する咲夜歌。ツエルバはくわえているペンを手に取ると、それの先端を紙につけて構える。
「ご注文はっ!!」
「俺はリンゴサリダを頼む。」
「僕はリンゴハンバーグ!」
ツエルバの問いに、最初はカルダが、次はナインドが答える。その勢いで咲夜歌は口を開く。
「私はこの、リンゴカレー、がいいわ。」
「……俺もそれの。」
隣にいるアルタルスが、咲夜歌と同じものを頼む。ツエルバはよにんが頼んだメニューを紙に素早く書く。
「りょうかいっ!!!」
ツエルバは大きな声で叫ぶと、華麗に宙返りをして一階へ飛び降りていった。その光景を咲夜歌は苦笑いする。
「アクロバティックですね!ツエルバさん。」
「いつもあんな感じなんだ。面白いよな。」
咲夜歌の言葉にカルダはツエルバを説明するように言っては少し笑う。
そこから、リンゴを使った料理が来るまで咲夜歌とカボチャ三兄弟は楽しく話をした。咲夜歌は笑って、恐らくこの世界に来て以来の、真面目で、普通の楽しい会話だっただろう。こんなたわいない話が出来るようになったのは、この世界に慣れたからだろう。こんな幸せそうに笑って。
……やはり、水を指さないほうがいいのだろうか。