お食事会へ
「おはようございまーーすっ!!」
カボチャの三兄弟から食事の約束をとりつけてから一週間後、人間の咲夜歌は再び三兄弟の住む都会の端のテントへ来た。お食事会を夜も眠れないほど楽しみに待った咲夜歌は、朝早いのに声が大きい。咲夜歌は、テントの入口から顔を覗かせて、すぐ中に入っていく。
「……??」
しかし、中は誰もいない。リビングから奥にある台所まで見渡しても、家具があるだけの伽藍堂で、三兄弟の気配もしない。神妙な面持ちで靴を脱いで玄関をあがると、二階に繋がる階段から、だんだんと足音が聞こえた。
そこから来たのは、白いシャツを着ている長男、カルダだ。カボチャの彫られた目から覗く赤い瞳が咲夜歌を見つけると、少し申し訳なさそうに、人間の眉にあたる部分をひそめる。
「おはよう咲夜歌さん。ごめん、もう少し待ってくれよ!準備している最中なんだ。」
「わかりました!」
咲夜歌はカルダの要件を飲み込んだ。すまないね、とカルダは言い残すと、二階へ上がっていった。そして、今更だが、咲夜歌は明確に改めて驚く。
頭のカボチャ以外の体はやっぱり透明なのね……。
透明でありながら実体がある。興味深いわね。咲夜歌は適当に、近くにある、紫色と橙色のグラデーションが入ったソファに座って一息吐く。
いつも着ている制服は暑いと思ったが、残念ながらこれくらいしか着るものがない。今あるお金で買うのもありだが、今の咲夜歌はこれでもいいと思っているようだ。
そんなに余計な物を入れていない大きいショルダーバッグを横に置き、中身を確認する。イミラから借りたお金と、それで買った魔法のカメラが入っている。咲夜歌はカメラを取り出す。店の売れ残りだったのだろう、かなり安く売られていた。
名前は胡散臭いように思えるが、魔法という言葉に影響を受けやすい咲夜歌は、これを見るなりすぐ買ってしまった。大小様々なボタンがカメラの上部や画面の周辺にある。咲夜歌は試しに、シャッターらしきボタンを押してみる。
「!!!」
かなり大きいシャッター音がリビングに軽く響く。それに驚きながら咲夜歌は、カメラの下から縦に長い長方形の紙らしきものが出てくるのを見つける。手に取ると、たった今咲夜歌が撮った写真であった。
デジタル……?魔法、っぽくは……ないかなぁ。
機械的な知識に弱い咲夜歌は、首をかしげて困ってしまう。疑問ばかりの青い眼差しでカメラを見つめていると、階段から複数の足音が聞こえてきた。
準備を終えたのかしら?
咲夜歌はその足音達はカボチャ三兄弟のだと思うと、ショルダーバッグに魔法のカメラを戻す。咲夜歌の予想通り、階段から降りてきたのはカボチャ三兄弟だ。最初にカルダが彫られた口を開く。
「待たせてしまって申し訳ないよ。」
さっきの白いシャツではなく、外出用であろう動きやすい服装をしている。両隣にいる、背の低い二男のナインドも、長男のカルダよりも背が高い三男のアルタルスも外出用の整った服装をしていた。
演奏会の時に着ていたハロウィンのような衣装とはだいぶかけ離れている。一週間前も、図書館で会った時も今のこういう服装であった。おそらくこれが普段の格好だと思うが、咲夜歌は、なぜだか、くすっ、と笑ってしまった。
「いえ、大丈夫ですよ!そんな急がなくても。私がちょっと来るのが早かっただけです!」
「僕は、咲夜歌は来るの早かったから偉いと思うのだ!」
ナインドが、少年の様に無邪気に笑いながら咲夜歌を褒める。
「あ、ありがとう!ナインド……くん!」
「……無理して"くん"は言わなくていいのだ。」
「あ…ごめんなさい。」
無邪気に笑うナインドが、表情は変わらずに淡々と言われ、咲夜歌はすぐ謝った。
「……とりあえず、行こうか。時間もあるし。」
「はい!」
咲夜歌はショルダーバッグを肩にかけると、ソファから立ち上がる。三兄弟はそれぞれ軽い荷物を持って、玄関の方へ歩き出す。咲夜歌はそれに着いて行き、この大きい家から出ていく。
外に出ると、明るい陽射しが出迎える。散歩するには絶好の日だ。先導するカルダが行き先を口にする。
「バスに乗るよ。ここからじゃ遠いからね。」
バス。その言葉を聞いた咲夜歌は、咄嗟にあの事を思い出す。
『なぜ魔法を使えるのにこんな現代的な移動なのかしら。』
テントの中の空間を大きくしてそこに住んでいるカボチャ三兄弟なら、魔法を使えるはず。でもなぜ魔法で移動しないのだろう。瞬間移動とか、あるはずなのに。咲夜歌はそう疑問に思って、すぐに口を開いた。
「魔法で移動ってしないんですか?」
すると、カルダが驚いたように咲夜歌へ振り返る。
「え……そんなに早く行きたいのかい?」
「そ、そういう訳じゃ無いですけど……。」
すぐに謝って眉をひそめた咲夜歌は、少し考える。
魔法を使ったらなにかまずいのかしら……?
そう思った瞬間、ナインドがため息混じりに咲夜歌に向かって呟く。
「魔法を使ったら、じゅみょう、っていうのがちぢむらしいからイヤなのだ。」
それを聞いた瞬間、咲夜歌は目を丸くした。その咲夜歌の様子を見ていたアルタルスが、相変わらずのにやけ顔で咲夜歌に聞こえるように言う。
「知らなかったのか?」
「あ……はい。」
縮こまってしまった咲夜歌が、控えめに返事をする。アルタルスが、んー、と人間の顎にあたる部分に手で支え、考えるように唸る。たちまち、口を開けて何かを言おうとするが、咲夜歌がそれを遮ってしまう。
「じゃあ、あのテントのって……?」
「それは、そういう物なんだ。」
カルダが、その問いに答える。続けて、喋っていく。
「まあ、詳しい事は図書館へ行って魔法専門の本を読むしかないな。魔法が使えるとは言えど、俺らもそういう事しか知らないし。さ、バス停へ急ぐぞ。」
若干、単調な声でそう言って足を進める。ナインドは、そうだな!と同意して着いて行く。アルタルスも、特に何も言わなかったが、着いて行く。
腑に落ちないような気持ちになってしまった咲夜歌は、とりあえずお食事会は楽しもう、と気持ちを切り替えて三兄弟に着いて行った。
*
バスを乗り継いでたどり着いたのは、木々が鬱蒼と生い茂る森林。どの植物も元気よく育っている。木は天を突くかのように伸び、昼前で太陽が出ているはずなのになかなかに暗い。
木漏れ日前、という名前のバス停にカボチャ三兄弟と咲夜歌が降りる。バスが多少整備された道をなぞって遠くなっていくのを横目に咲夜歌は、カルダにこの場所のことを聞く。
「ここはどこなんですか?すごい、綺麗な場所ですけど……。」
するとカルダは、得意げににやけながら奥に続く道を親指で指す。
「この先にとっておきの飲食店があるんだ。二、三ヶ月に一度はみんなで来てるんだ。」
「へぇ……そんなに。」
咲夜歌はそう呟いた。その話を聞いて、さらに楽しみになる咲夜歌は、変わらず先導していくカルダに、ナインドやアルタルスよりくっついて行く。
そうしてたどり着いたのは、森林に大きく開けた中にあるリンゴ畑だ。そこには、せっせと働いているだろう小さく丸っこい半透明のモンスターが所々にいる。
リンゴ畑の入口付近には、木で作られた小さな家が一棟建てられている。ただ、その家に古臭さは感じない。むしろ、建てたばかりなのではないかという綺麗さがある。カルダが、その家を指さす。
「あれさ。」
カボチャ三兄弟と咲夜歌がそこに近づく。看板には、リンゴを使った様々な料理の名前が記載されている。
この世界にはリンゴもあるのね!
そう思った咲夜歌は、リンゴ畑の方に目を向ける。そこにあるリンゴは、この異世界に転移する前の、咲夜歌がいた元の世界のリンゴと全くと言っていいほど合致している。
ナインドが、その青い瞳がキラキラと輝き始めている。咲夜歌の近くに寄って行き、木造の家を指さして咲夜歌の方に顔を向ける。
「ここのリンゴを使った料理はおいしいのだ!」
そこに、アルタルスが付け加える。
「食べ物の本来の味があじわえるからな。きっと気に入ると思うぞ。」
「おぉ……!」
ナインドとアルタルスの言葉を聞き、咲夜歌はさらに楽しみになる。咲夜歌とアルタルスに目を向けながら、カルダは入口のドアノブに手をかけた。
「さ、お食事会の始まりだ!」