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人間とカボチャのピアノ二重奏




カボチャ三兄弟の三男であるアルタルスの部屋に、人間の咲夜歌(さやか)はアルタルスが来るのを待っていた。ピアノを共に弾くために、二十分くらい待っている。だが、来る様子はない。まだ昼食を食べているのだろうか。


先にピアノに触っていたが、いざ演奏するとなると譜面が思い浮かばない。とりあえず指を柔らかくするために適当に鍵盤を打っていたが、このピアノはどうやら咲夜歌はが思っていたピアノより、若干だが音が低い。


……せっかくだから、オリジナルの曲を弾いてみたいわ!


そう思うと、急に咲夜歌の瞳が輝く。頭が冴えたように、自然と自分だけの譜面を思い浮かべる。そうして、ゆっくりと鍵盤に指を滑らせた。


咲夜歌自身でも驚くほど、明るい曲調だ。楽しくなって、鍵盤から指が離れない感覚がする。弾いている最中に、咲夜歌は思う。


意外と上手くいってるかも!


笑顔になって、夢中にピアノを引き続ける。夢中になっていたから、気づかなかった。このまま調子に乗っていく咲夜歌は、思うままに体を反った。艶やかな白髪が、ふわっ、と浮かぶ。逆さまの部屋を見据えて、不意に視界の隅に立っている、背の高いカボチャが見えた。




「え?」




咲夜歌は戸惑う。それは、紛れもなく、咲夜歌が待っていた本人。アルタルスだ。





「すごい…上手いな。ピアノ。」


アルタルスの低い声から紡がれる励ましの言葉も、今の咲夜歌には届かない。赤くなった顔を両手で覆い、恥ずかしそうに呻いている。アルタルスは、その彫られた口を開けて、言葉に迷う。


「すごい…上手かった。ピアノ。」


さっきと同じような言葉を出す。今度は咲夜歌に行き届いたのか、激しく何回も頷く。そして止まると、小さな声で呟く。


「……ありがとう…。」


もうひとつのピアノの椅子に座ったアルタルスは、その言葉を聞いて少し安心した。すると、咲夜歌は深呼吸をして、覆っていた両手を外す。まだほんのりと赤い笑顔で、アルタルスを見つめる。


「よし!それではピアノを、教えてください!よろしくお願いします!」


そう明るい面持ちに切り替えて、座りながらお辞儀をした。それでアルタルスは、気が引き締まった気がした。


「お、おう。わかった。」


「隣、失礼しますね~!」


咲夜歌はあまり広くない椅子に座っているアルタルスの隣に座る。アルタルスは咲夜歌より図体があり、かなり椅子を占領していたため、咲夜歌のスペースはぎりぎりだ。アルタルスは、椅子の端まで体を動かすと、頭だけ咲夜歌の方を向く。


「入れるのか?」


「大丈夫!私細身ですから!」


「……多分細身とかこの場合関係ないと思う。俺に非があるよな。」


橙色の硬い頬を指で掻いて、咲夜歌を見ないようにするアルタルス。だが、咲夜歌はそんなの関係ないように、変わらず笑顔でピアノの鍵盤に手を触れる。白いそれを押して音を確認すると、アルタルスの顔へ見上げる。


「それではアルタルスさん。ご指導お願いしますね!」


アルタルスは、少し驚くと、あのいつものような、演奏会や図書館で会った時のようなにやけ顔に変わる。


「おう。」


アルタルスも、咲夜歌と同じように、白い手袋をした透明の太い指を鍵盤に置いた。







時間を忘れるほどピアノを教えた。こんな気持ちになったのは久しぶりかもしれない。そうだな。言うなら…ピアノをカルダに教わり始めた頃。あいつは教え方が上手くて、右も左もわからなかった俺を丁寧に教えてくれた。わからないところがあれば、何回もやり直して、出来るまでやった。


いざ教える側をやってみれば、本当に難しくて仕方ない。ただでさえ他人にロクな話もしていないから、教えるのがヘタなのは当たり前なのだが。それでも、目の前のサヤカは、俺の言葉に文句一つも言わず、笑顔でついてきてくれた。


元から上手かったというのもあったが、きっとそれだけじゃないだろう。


不意にサヤカは、ピアノの鍵盤にかかった光り輝く赤い線に気がつく。


「あら…もう夕方?」


共に窓の方を見ると、開けたカーテンから夕陽の光が見え、部屋を赤く照らしていた。俺は、そうみたいだな、と軽く返す。


「どうする?まだやるか?」


俺の言葉にサヤカは、んー、と考えると、もう一台のピアノの方の椅子に座る。ピアノを両手で軽く弾くと、俺の方に顔を向けた。


「最後に、ピアノ二重奏なんてどうでしょう?」


「…一緒に弾くのか?」


サヤカは笑って頷く。


「さっき、私の…どこら辺から聴いてました?」


「あー…最初んとこまで。」


俺は偽りない事実を言うと、サヤカは苦笑いを浮かべながら目をそらして、だんだんとまた赤くなる。


「最初から聴いてたんですね…。」


「…まあな。」


片方の口角だけ少し上げながら、俺もサヤカから目をそらした。するとサヤカは、よし、と意気込んで鍵盤に細い指を置きながら俺に言う。


「覚えていたらでいいので、最初から最後まで弾いてください!盛り上がりの部分で私が入りますので!」


俺はさっきサヤカが弾いていた曲を頭の中で、全体を思い出す。ピアノに太い指を置くと、ふぅ、と一息吐く。


「まかせろ。」


サヤカに聞こえるように呟くと、ゆっくり曲を初めていった。穏やかに、慎重になり過ぎずに明るい気持ちで指を鍵盤に滑らせていく。



もうすぐ、俺の思っている盛り上がりの部分に入るだろう。俺は小さく息を吸って、盛り上がりに音を咲かせる様に鍵盤を軽やかに押していく。そうして、サヤカが軽快に加わってきた。


ふたつの音が合わさり、重みが加わる。それと同時に、ひとつの音だけでは出せない晴れやかな音が、空間に響いた。不意にサヤカがこっちを見る。それに気づいて、瞳だけ動かしてサヤカを見る。


サヤカは、口角を上げて微笑んでいる。俺も嬉しくなって、顔が少し熱くなった気がする。気がする、と思ったが、サヤカが白い歯を覗かせて笑ったから、きっと俺の頬は赤くなったのだろう。


楽しげな音が綴られていく。俺は、純粋に二重奏を楽しんだ。記憶のままに指を動かし、サヤカとのこの時間を楽しんだ。





もしかしたら、俺、本当に…







「今日はありがとうございました!」


玄関で靴を履いて、咲夜歌は三兄弟へ振り返る。二男で少年のように一番背の低いカボチャのナインドが、その彫られた口を開く。


「またいつでも来ていいからな!」


その左にいる、長男で咲夜歌と同じくらいの慎重であるカルダは、隣のアルタルスに、にやけながら肩で体をつつく。


「言わなくていいのか?ん?」


小さい声で発せられたその言葉は、アルタルスの顔を赤くさせる。


「いや、だから…お前…」


「ふーん…。」


カルダは企むように、その赤い瞳でアルタルスを見やると、咲夜歌の方へ普段の顔で振り向く。そうして咲夜歌の方に近づいていって耳を貸される。


「実は、アルタルスな」


「わ、わかった言うから!それは言うな!」


遂に耐えきれなくなったアルタルスが、咲夜歌に耳打ちするカルダを制する。カルダは仕方なさそうに咲夜歌から離れる。同時に、アルタルスが咲夜歌の前までくる。


「……。」


何やら緊張しているようだ。煩い心臓を抑えるように胸に手を置いている。心臓なんてあるか知らないが。そうして、遂にゆっくり口が開かれる。


「俺…と、今度…来週の今日に…食事、行きませんか?」




咲夜歌は、無表情だった。いや、呆然とした、と言ったほうがいいか。一度鼻でゆっくり深呼吸をすると、体温が上がってきた。アルタルスを見上げていた頭を、ほかのカボチャの方に向ける。ナインドは、状況が読み込めていないようだ。一方カルダは、にやけている。


咲夜歌は、喉に言葉がつっかえて声が出せないでいた。そしてやっと、出た言葉。


「えっと……」


それが出ると、徐々につっかえが取れていく。だが、声は小さくなっていく。


「皆さん、と…一緒に行きたい…かも。」


アルタルスは、それを言われると、驚いてカルダの方を向く。カルダは、目を丸くしている。予想外な言葉だったのだろうか、え、と自然に出てしまう。


長いような沈黙。しかし、そんな妙な形で張り詰めた空気を、悪意無く純粋に壊す者がひとり。


「僕も一緒に行きたいのだ!」


さんにんは、一斉にその声の主であるナインドを見る。そのうちの一人の咲夜歌が、少し微笑むことが出来た。しゃがんで、ナインドと視線の高さを合わせる。


「うん!ナインドさんも一緒に行きましょ?」


ナインドは、純粋に、嬉しそうに一歩前に出て咲夜歌に抱きつく。


「行きたいのだ!久々の外食なのだ~!!」


咲夜歌はそれを受け止めて、心の中で本音を漏らす。



あああああぁぁぁ可愛いッ!!私多分こういうのに弱いわ…!!



ナインドは咲夜歌に抱きつきながらカルダに振り向く。


「カルダも一緒に来るのだ!」


「え…あー……」


カルダは、考える素振りをして、うん、と頷く。


「行く……。」


「決まりですね!」


咲夜歌はナインドをゆっくり引き離して、立ち上がる。ふとアルタルスの方を見ると、安心したような顔で小さくガッツポーズをしている。それをカルダが見て、アルタルスに放つ。


「アル、あとで話な。」


「!」


驚いて、諦めたような顔に変わり、溜息を吐く。


「わ…かった。」


それを見た咲夜歌は、なんだか微笑ましくなって、ふふ、と笑う。


「それじゃあ!また来週…の朝、でいいかな?ここに来ますね!」


「うん!待ってるのだ~!」


玄関口のテントの布に手をかける。空は真っ暗とは言わないが、赤紫色に染まっている。都会にいるため、ビルや家の光が明るい。


「それでは~!」


咲夜歌はそう言い残して、カボチャ三兄弟の家を出た。そのまま、広い都会を抜け、家に帰っていった。






来週のお食事、楽しみだわ!








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