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カボチャのねぼすけさん




「お邪魔しまーす……。」


太陽が空の頂点に達した頃。都会の西南区の端にあるテントを控えめに入口を、そー、と開ける。声が小さいと侵入してるみたい、と咲夜歌(さやか)は思うと、ゆっくり息を吸う。


「お邪魔しまーす!」


今度は中に響くように大きな声で言う。だが、一向にカボチャ三兄弟は出てこない。一人くらいは出てくると思うのに、と心の中で思うと、途端に思い返す。


出かけてるっていうこともありえるわね…。


傘を返しにやってきたという口実を利用してカボチャ三兄弟に近づこうと咲夜歌は企んだのだが、その肝心の三兄弟がいないとなると、どうしようかと玄関口から先に進めない。そんな時、


「ああ、君は…」


「サヤカか!?」


という言葉が後ろから聞こえた。振り返ってみれば、あのカボチャ三兄弟がいた。袋を手でぶら下げているカルダと、同じく袋を持った背の低いほう、ナインドだ。…が、ひとり足りない。カボチャ柄の傘を貸してくれたカボチャ、背が高く少し図体の大きいアルタルスだけがいない。


咲夜歌は手に持った傘を、ふたりによく見えるように見せる。


「カルダさんと、ナインドさん!その…アルタルスさんにこれを貸してもらって…今日返そうと思ったのですが…」


朝とは打って変わって落ち着きのある咲夜歌。これを含めて三回しか会っていないモンスターだから、不安な気持ちがあったのだろうか?ここに来るまで、恋をしたいのなんのと心で騒いでいたのに、今更後ろめたいような気持ちが色濃く現れたようだ。


目の前にいるふたりのうちのひとり、カルダは苦笑いをしながら自宅であるテントを指さす。


「ああ、アルな。今寝てると思う。」


「アルは眠りが深いから、昼の遅くまでは全然起きないのだ。」


少年のように声が高いナインドが、呆れたようにそう付け加える。咲夜歌は傘を下げると、苦笑いをする。


「はは…そうなんですね…。」


するとカルダは、手にぶら下げた袋を胸まで上げて咲夜歌に見せる。


「せっかくだ。これから昼飯を作るが…食べるか?」


「あぁ…んー…」


咲夜歌は群青色の瞳を動かして考える。


朝食を食べたのは今から3時間前くらいだから…まだ大丈夫かな。


「いや、大丈夫ですよ!さっき朝食食べたのでー。」


「……。」


カルダは、予想外なことを言われたかのように、彫られた目が少し見開いた。その中にある赤い瞳は、困ったように咲夜歌を見ている。そしてすぐ、あー、と瞳を動かして考えながら口を動かす。


「それじゃあ、ほら…あー。」


徐々に声が小さくなっていく。咲夜歌は首を傾ける。そんな時に、カルダの隣にいるナインドが、咲夜歌を見上げて、その純粋な青い目と問いかける。


「なあなあ!サヤカは楽器は弾けるのか?」


「え、楽器ですか?」


咲夜歌は不意を突かれたように視線をカルダからナインドに移す。そうして、少し考える。


「ん~…ピアノなら…少し出来ます。」


「おぉ…ピアノなのかぁ!アルと同じなのだ!」


するとナインドは、なにか思いついたように、あっ、

と声を上げる。


「なら、アルと一緒に演奏してみたらどうなのだ!?」


「え、演奏…ですか?」


咲夜歌は目を丸くして驚く。この驚きは、一緒に演奏ができる嬉しさからではなく、こんな私が一緒に演奏していいのだろうかという不安から来る驚きだ。なにせ、共に演奏をする相手はプロ級の腕を持つ。そのカボチャに限らず、咲夜歌の目の前にいるふたりのカボチャのそうだが。


「いいんですか…?ピアノなんて全然できないですよ?私。」


自信なさげに視線を下に向ける。それを聞いたカルダは、あることを思いつく。


「なら、アルに教えてもらえばいい。」


咲夜歌の持っていた傘を取ると、玄関まで行って咲夜歌に振り向く。


「入っていいよ。ちょっと散らかってるかもしれないけど。」


「…ありがとうございます!」





テントの中は、私が考えて一般的な家の内装と変わらなかった。テントの大きさと、中の空間の比率が違うのは空間魔法を使っているからだろう。中の空間のほうが大きい。


咲夜歌が今いる場所は、リビングであろう。薄いテレビが置かれ、それを見るためのソファもある。二階へ行く階段や台所が奥の方に見える。咲夜歌は、少し気になる部分を見つける。それをカボチャの二人に聞いてみることにした。


「楽器とかってどこにあるんですか?」


「ああ楽器な。」


台所に行ったカルダが、袋に入った様々な食材を冷蔵庫に入れながら答える。


「各々の部屋にあるさ。すぐ練習できるように、ね。合わせる時は、ここでやるよ。」


「なるほど…。」


カルダの、ここ、という場所はリビングだろう。咲夜歌は納得したように頷くと、また更に疑問が湧いてきた。


「家の中で演奏したりとかって近所迷惑とかになりません?」


「それは全然問題ないのだ!」


今度は、先程持っていた袋をテーブルで丁寧に折ってたたんでいるナインドが答える。


「魔法で、家から音が漏れないようにしているからなのだ!」


「深夜に練習していても問題ないわけだ。」


冷蔵庫に入れ終わったカルダがそう付け加えた。咲夜歌は、へ~、と相槌を打つ。


魔法って便利ね…。こういう使い方もあるんだもの。


咲夜歌は、実際にそういうのを見て初めて魔法というものを知った。咲夜歌の本から得た魔法という知識は、戦闘シーンなどでよくある、呪文を唱えて魔法を発動させる、というもの。


発動させた瞬間は見たことはないけど、実際の、いうなればこの世界の魔法は、呪文を唱えなくても魔法を使うことができるということなのかも。


……な~んて、ね。


咲夜歌は難しい事を考えて、溜息をつく。そんな時、カルダは申し訳なさそうに咲夜歌に話しかける。


「すまない、サヤカさん。アルを起こしてくれないか?お客さんにこういう事はあまり押し付けたくないけど…。」


「え、いえいえ全然!大丈夫ですよ!」


咲夜歌は階段の方へ向くと、そこを指さす。


「二階ですか?」


「ああ、そうだ。アルの部屋は階段から見て一番左の部屋だ。ありがとうな。」


感謝をするカルダを、咲夜歌は笑顔になりながら、いえいえ~、と返事をする。そうして足早に二階へ登って行った。





二階は、一階よりもほんの少しだけ暗いようだ。階段を登りきると、そこから見て一番左の部屋の扉を見つける。咲夜歌はそこに扉をゆっくり開けて中に入って行った。


中は思ったより暗くない。窓から射し込む太陽の光が部屋を照らしていた。カルダの言っていた通り、部屋の隅にはピアノが二台置いてある。奥の方のあるベッドには、カボチャ頭が微かに見えた。


アルタルスさんね。


ベッドに近づいてみれば、目を瞑って寝ているアルタルスがいる。腕があるように見えないが、枕の上で自分自身の腕を枕にして寝ている。咲夜歌はアルタルスの体を揺すって起こそうとする。


「アルタルスさーん?起きてくださいー。」


そう呼びかけるも、起きる様子は無い。仕方なく体にかかった毛布を手に取る。アルタルスの着ている薄着でダボダボな服があらわになり、咲夜歌は溜息を吐く。


もう、起きなさそうなんだけど…。





そうして咲夜歌が起こすこと十分、ようやくアルタルスは咲夜歌に連れられて一階へ降りていった。起こすだけでこんなにも疲れるとは思わなかった咲夜歌は、苦笑いを浮かべる。


「カルダさん!ナインドさん!お待たせしました~!」


「やっとか、アル。」


カルダは、いつものことでありながらもアルタルスに困ってしまう。すると、まだ寝ぼけまなこをさするアルタルスが口を開く。


「…なんでサヤカがいるんだ?」


「傘を返しに来たんだとよ。」


「……。」


アルタルスは、頭を上に向けて考える。紫色の瞳が天井をじっと見つめていると、不意に思い出したかのように目を開ける。


「ああ…あの傘な。わざわざありがとうな。」


「いえいえ、いいんですよ~。」


咲夜歌は微笑んでアルタルスを見上げる。すると、カルダが口を開いてアルタルスの方を向く。


「ああそうだ。朝食…ていうか昼食だが、食べ終えたらサヤカさんと一緒に演奏してみたらどうだ?ピアノ。」


「……ああ、別にいいが。」


アルタルスはそう投げながら台所の近くにある扉に向かう。


「顔洗ってくる。」


そうして扉を開けて中に入って行った。咲夜歌は、何もしないのが気まずく思い、カルダの方を向く。


「昼食の手伝い、しましょうか?」


「いいや、大丈夫だ。」


咲夜歌は、目を丸くして溜息を吐く。いよいよやることがない。ピアノを教えてもらうまでには時間がある。階段前で途方に暮れていた時、それを見ていたナインドが咲夜歌に言う。


「じゃあとりあえず、アルの部屋で待ってればいいと思うのだ。一足先に練習なのだ!」


「……すまないが、それでいいかな。サヤカさん。」


申し訳なさそうにカルダはサヤカに言いかける。咲夜歌は、なにか言おうと思ったが、何も思い浮かばず仕方ないように微笑む。


「…わかりました。」


少し足が重くなりながらも、咲夜歌は先程アルタルスを起こしに行った部屋に戻るために階段を登っていった。


一方、カルダは咲夜歌が行ったのを確認すると、よっしゃ!と放つ。同時に、ナインドの方へ顔を向ける。


「ナインド、ナイスだぞ!」


「…??」


ナインドは、よくわからないように首をかしげた。







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