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(モンスターでも)誰でもウェルカム!

 




 ピッ



「……もしもし、お姉ちゃんだけどさ…。」


 携帯で、弟に電話をかける。三〇五号室に、若干早歩きで向かいながら電話越しに弟へ話しかける。


「もしかしたら、しばらく家に帰れないかもしれない。こんな雨が続いちゃったら…。」


 私は廊下から窓越しに、止むことを忘れた勢いよく降る雨を見る。電話からは、帰れないの?、と悲しそうな声で弟が言う。私は少し言葉に詰まると、すぐに立て直して弟を安心させる。


「大丈夫。雨が止んだらすぐ帰るからね!家で待ってるのよ。約束よ!」


 弟は、少しだけ安心したように、うん、と言ってくれた。私は、一階から三階まで階段を上っていく。


「何かあったらすぐ電話してね。」


 また弟は、うん、と言ってくれた。今度は、少し力強く。私も少し安心して、優しい溜息を吐くと、じゃあね、気をつけて、と放って電話を切った。
















 それが最後の電話とも知らずに。












 *




 人間の咲夜歌(さやか)は、温かいベッドからゆっくりと目を開ける。上半身をゆっくり上げると、今見た夢を思い返す。


 ……あー…また変な夢…。


 カーテンの隙間から太陽が覗いてきて眩しい。所々はねてしまった白髪を乾いた指先で触る。はねたところに視線を持っていくと、いつもより酷く寝癖がある事に気がつく。


 …これは一度シャワーを浴びたほうがいいわね…。




 *



 浴室から出た後、普段着に着替える。濡れた髪をドライヤーで乾かすと、リビングへと向かう。そして、そこには既にふたりのモンスターがいた。尻尾を振って楽しそうに朝食を作っている犬獣人のグラス。ソファに座って本を読んでいる兎獣人のイミラ。咲夜歌は、薄暗いような夢の出来事は、もう忘れてしまった。


「おはよーー!」


 咲夜歌の明るい声がリビングに響き、ふたりはそれに気づき咲夜歌の方を向く。グラスは、いつもの笑顔で


「おはよう!」


 イミラは、いつも通りのそっけない態度で


「おはよ。」


 と返してくれた。


 咲夜歌は台所から近いテーブルの椅子に座ろうとして、グラスの朝食作りに目を向ける。そうしてすぐ、グラスの方へ近づく。


「私も手伝うわ!」


「いいの?」


「もちろんよ~。じゃ私これやるわ!」


「…いつもありがとう!」


 いつも通り、咲夜歌はグラスの手伝いをした。ただ、そこに一つだけ違うところがあるようで。咲夜歌は何か企むように笑った。




 今日なら……絶対いける!



 *



 いつものように朝食を食べ終えた咲夜歌は、スプーンを置いて改まるようにして、テーブル越しで前にいるグラスへと目を向ける。


 グラスは既に食べ終えており、頬杖をついて、ぼー、としている。食器はシンクに置いてある。立った咲夜歌もそこにおいて元の席に戻る。ゆっくり深呼吸すると、すっ、とグラスを見据える。そして、咲夜歌はテーブルを叩きながら勢いよく立ち上がった。


「グラスちゃん!」


「ぇ…ど、どうしたの?サヤカ…。」


 驚いた様子でグラスは咲夜歌に目を向ける。咲夜歌の隣の椅子に座っていたイミラも、横目に見る。咲夜歌は、このままの勢いで口から放たれる。




「付き合いましょう!」





「…え?」


 グラスはさらに驚き、顔もひきつり、石像のように硬直してしまう。咲夜歌の隣のイミラも、どことなく今までとは比にならないくらい、目で静かに怒っているようだ。


「……おい、ちゃんとした理由があるんだろうなあ?」


「理由?」


 咲夜歌は、興奮したように頬を赤らめてはイミラに顔を向ける。


「付き合うのに理由なんてないわ!」


「いるわバカ野郎。」


 咲夜歌に体ごと向けるイミラ。椅子から立ち上がって、その赤い瞳で咲夜歌を睨む。


「てかお前は、まだここに住まわせてもらってから半年も、なんなら三ヶ月も経ってねえのに、マシな理由もねえのに兄貴と付き合う?いいご身分だなぁ?え?」


 イミラが本気で怒っている事に咲夜歌は気がつくと、我に返ったように、力無く椅子に座る。こんなふうに怖く怒るなんて初めて知った。自業自得だと咲夜歌は思いながらも、泣きたい気持ちで床に目を向ける。


「ご…ごめんなさい。そんな……本当に怒るとは思ってなかったわ…。」


「……。」


 イミラも、少しそっぽを向くと、ゆっくりと椅子に座る。そうして、ゆっくり息を吸った。


「すまん…。俺も…言いすぎた…。」


「いえ、いいのよ…!だって…本当の事じゃない…。」


 お互いに気まずくなり、何も言わなくなる。すると、ずっと止まっていたグラスが咲夜歌の方を向いて、さりげなく呟く。



「僕は別にいいけど…」


 咲夜歌は途端に笑顔になってグラスに視線を向ける。


「本当!!?」


「いやダメだって言ってんだろうが!」




 *




「はぁ……。」


 最南端の半島、冷たい雪が地面を覆うこの街で咲夜歌は一人温かい服装で歩いていた。ちょっと恋がしたかっただけなのに、なんて、言い訳に過ぎないような言葉を頭の中で思いながら玄関から出た直後、咲夜歌はある約束を思い出す。


 そして今、その約束のために歩いている。片手には、いつぞや使った、かぼちゃ柄の大きめな傘。目的地は既に決まっている。足早に向かっているのは、演奏会や図書館で会った、



 カボチャ三兄弟の家である。



「まあ、でも……ふふ。」


 咲夜歌は、さっきの事を、まるで反省していないような不敵な笑みを浮かべると、顔を下に向けて手に持った傘を見つめる。そうしてから、前を向いて走り出した。









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