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お洋服と記憶

 

 昼下がりの都会の東区。行き交うモンスターに紛れて、人間の咲夜歌(さやか)は、とあるビルの看板を指さす。


「ほら、あそこ!衣って書いてあるじゃん!」


 その両脇に、兎獣人のイミラと犬獣人のグラスが、咲夜歌の指さした方向を見やる。イミラはビルの階数と洋服店のある階数を確認して、口を開く。


「衣料品店は三階だな。エレベーター使うか。」


 さんにんは、ビルに入って、目的の衣料品店へと足を運んだ。



 *



 今日は服を買って来る。咲夜歌は外出する際、一番まともな服は、転移してきた時に着ていた学校の制服くらいしかない。グラスやイミラから貰えばいいと思ったりもしたが、どちらも獣人ということもあり、獣の毛が付いてしまっている服が多い。洗濯すればついた毛は無くなるが、咲夜歌は、どうせなら新しく買いたい、と思ったのだ。


 その旨をふたりに伝えると、グラスは納得するように頷きながら了承、グラスも渋々であったが了承してくれた。そうして今、家から都会の衣料品店へと約一時間かけやってきた。


 衣料品店には咲夜歌一人でやって来る。あのふたりは一階のゲームセンターで待っている。グラスがやりたいと駄々をこねたからだ。仕方なくイミラからお金を貰い、ここにやってきた。


「さて…まずは~…」


 まず最初に咲夜歌がやって来た所は、寝るときに着る、寝巻が多くある所である。実は、寝巻はグラスから借りていたものがあったが、そろそろ返さなくては、と後ろめたく感じていたのだ。


「どれがいいかな〜。」


 寝巻といえば、パジャマであろう。咲夜歌は、機嫌よくハンガーにかけられた様々な商品のパジャマを吟味する。それぞれ違う色や柄が陳列され、どれにしようか、となかなか決められないでいる。


 無難に質素な柄にするか、思い切って可愛らしい柄にするか。しかし正直、咲夜歌は、この年になって可愛いらしいパジャマはどうか、と思ってしまう。個人的に、まだ高校生なのだから、着ていいとは思うのだが。


 そんな時、咲夜歌の気になるパジャマが目に入る。手に取って前にかざす。水色の縞模様のパジャマだ。パジャマの中で、よくあるやつだ。イミラも、色は違うが同じ柄を持っているはずである。


「これも…まぁいいんだけど…。」


 どうせなら、被らないものにしたいわ。


 戻しがたい感覚を抑えて、仕方なくパジャマを元の所にかけ直す。また、どれにしようか、と振り出しに戻ってしまう。そんな時、あるパジャマに目が留まる。


 手に取って見れば、全体的にモコモコとしたもので、特に袖や襟、ズボンの袖口の部分はモコモコが増している。とても温かそうだ。明るいピンク色で、若干色の部分ではイミラと被ってしまうが、柄は水玉模様だ。値段も、それほどしない。


「…これ…いいんじゃないかしら。」


 咲夜歌は目を輝かせてポツリと呟く。咲夜歌の住んでいる半島では、季節関係なく雪が年中降ったりする。つまり、寒さを凌ぐのにうってつけのパジャマであるのだ。


 特に朝。ベッドから出ようとすると、まあ寒くて寒くて。ずっと出られないわ。


 そういう事で考えると、獣毛が生え備わっている獣人は、朝が強いのだろう。慣れ、という可能性もあったが。咲夜歌は、パジャマを持って、他の種類の服を探しに足を進める。その途中で思い出す。


 そういえば外出用の服がまだだったわね。


 肩までおろした艶やかな白髪を靡かせて、目当ての服を探す。しかし、来てしまった場所は、モンスター型の形の服ばかり。慌てて引き返して、違う場所を探しながら散策する。


 そうして、その群青色の瞳が捉えたのは、薄茶色のボアコート。ハンガー越しで手に取る。白い首周りには、またもやモコモコが備えられている。さらに、それはフードになっており、頭に被ることも出来る。


 これなら外でも寒さでやられることもなさそう。


 咲夜歌は、このコートも購入する服の一つとして手に持った。ただ、服だけじゃ足りない、と咲夜歌は考える。


 私だって、コーディネートをしてみたいわ。


 手に持っている服を片方の手だけに持たせ、もう片方の手で今の所持金を確認する。


 …うん。いける。


 そう判断するなり、足早にその場を去っていく。その脚は、軽快そうであった。



 *



「わぁー…!」


 兄貴と俺は、魔法で宙に浮かせられる。これは、ゲームセンターのとあるゲーム。サヤカを待っている間に、やろうと兄貴が提案してきたのだ。


 宙に浮いた状態で、四方八方にあるボタンを二分間で光ったボタンの押した回数を競うといったゲームのようだ。そこに俺と兄貴はやって来た。中央の線を対称に縦四メートル、横六メートルの大きめな室内で、さらに言えば暗い。壁の所々にあるランダムに動く色とりどりの光だけが、この室内を照らしている。


「……。」


 俺は慣れた感覚で宙に静止する。一方、兄貴は、宙に浮いたことにより興奮する。茶色と白色の生え揃った尻尾を振って、目を輝かせては室内を見渡している。すると、不意に無機質な声が聞こえた。


『それでは始めます。』


「よし!頑張るぞぉー!」


 兄貴は、やる気満々に片腕を天に突く。



『3』


『2』


『1』


『GO』



 *



『終了』


 俺は宙に浮いた足を床につける。兄貴は慣れない様子で尻もちをついて着地してしまう。中央横の壁にある大きなモニターが、それぞれの、光るボタンを押した回数が表示される。点数は、かなりの差で俺が勝利した。



「イミラ~。魔法使うのズルいよ~。」


 ふてくさる兄貴に、俺は壁にある多いボタンを眺めてから横目に少しにやけて兄貴を見る。


「どこに魔法を使ってはいけないと書いてあるんだ?」


「む……。」


 そっぽを向きながら、垂れ下がった尻尾が重りになっているかのように、ゆっくり兄貴は立ち上がる。少し言い過ぎたか。そう思いながら、兄貴がこっちに来るのを待ってから、出入口の黒いカーテンへ向かう。それと同時に、その出入口から見覚えのある綺麗な手が、カーテンを弾く。そこから半分覗く顔で確信する。


「あ!いたいた!買い物終わったわよー。」


 服の購入を終えたサヤカが、俺達にそう告げては室内から出るように手招きする。促されて外に出てみれば、サヤカはいつもと違う服になっている。片手には、大きな袋を持っているが中身は見えない。兄貴は目を輝かせてはサヤカを興味津々に見つめる。


「服変わってる!」


「でしょう?お店のひとに頼んで、着替えさせてもらったの。」


 サヤカは満足げに両手を広げては、服をよく見せる。温かそうなコート、耳まで被った淡い赤色の毛糸の帽子、首に巻いた濃い茶色のマフラー、藍色の毛糸の手袋、膝まで隠した厚そうな長めの茶色のスカート、茶色のブーツ。


 温かそうな風貌に変わったサヤカは、これで寒くないわ!と嬉しそうに笑う。兄貴も、それに同意して共に笑う。ただ、俺は少し疑問を持つ。それが、寒い地域で着る場合なら問題ない。ここ、寒い地域ではないこの場所ならば、


「お前、今熱いだろ。」



 サヤカは、驚くように目を見開く。そうしてすぐ、


「あー……うん。」


 苦笑いで呟いて控えめに頷いた。




 *




 しばらくさんにんはゲームセンターで遊んだ。日も傾き始め、ビルから出ようとした時、このビルの屋上に公園があるのだとか。それを知ったさんにんのうちグラスが、公園行こう!と提案する。特に否定する必要が無いと考えたふたりは、それに賛成して屋上へ向かう。



 咲夜歌は、さっきの熱い格好から、着替える前の学校の制服へと着替え直す。そうして、屋上へ来ると、確かに公園があり、そこでモンスターやその子供達が楽しく遊んでいる様子が目に映る。公園は、日の傾いた橙色のグラデーションがかかっている。グラスが、目を輝く。


「わぁ…ねえねえ!あれ!あのブランコで遊んでいい!?」


「ああ、いいぞ。」


 イミラはそう認めると、グラスはすぐにブランコへと駆けて行った。イミラと咲夜歌はそれを見届けると、咲夜歌はイミラの方を向いてから、もう一度グラスを見やる。


「グラスちゃんさ、可愛いっていうか…幼いわよね。」


「まあ…そうだな。」


「……ねえ、」


 咲夜歌は、もう一度、イミラの方を向く。


「あなた達って…何歳なの?ずっと気にしてなかったけど…。」


「……。」


 イミラはブランコで揺れているグラスを見やりながら面倒くさそうにその白い頭を搔く。口を開けて、ゆっくり息を吸う。



「俺は…十六だな。兄貴が二十。」


「……え、え」


 咲夜歌はグラスとイミラを交互に高速で見る。


「グ、グラスちゃん成人してるの!!?」


「ああ。…その言い方もあんま無いけどな。」


 左右に動く頭を止めた咲夜歌。今度は口を抑えて見開いた目でイミラを見据える。


「しかもイミラちゃん、私と同じなのね!?」


「うわお前と同じかよ。」


「…いやそんな露骨に嫌な顔されても!」


 眉間にしわを寄せるイミラ。咲夜歌は必死そうにツッコんでいた。イミラはもう十六なのね。


「まあでも、これでお互いの事少し知れたしいいんじゃない?」


「あんま嬉しくねえな。」


 そうぶっきらぼうに放って、グラスの方を頭だけ向く。


「私は嬉しいんだけどなぁー。」


 夕陽の方へ振り向いて、咲夜歌は一歩一歩、悠々と足を動かす。咲夜歌の胸あたりの高さまである柵に、前のめりになって体を預ける。前に腕をだらんと下げて、夕陽に照らされた都会を見渡す。イミラは、咲夜歌の隣へ。そうして、咲夜歌はある事を思って、口に出す。


「…ねえ、イミラって魔法使えるわよね。それってさ、どんな感じなの?私も使ってみたいのよね…!」


「……。」


 イミラは、特に何も言わずに紅い太陽を眺める。と思えば、口を開けて咲夜歌の方を向く。


「あんまりいいもんじゃねえぞ、魔法。」


 急に、冷たいような風が吹き、咲夜歌の白髪の髪がひらひらと靡く。イミラも頭の白い獣毛が小さく靡く。突然の風にも関わらず、あまり驚かない咲夜歌。その視線はイミラを向いて離さない。


「…なんで?」


 そんな純粋な質問に、イミラは少し苛立つような様子で丸っこく白い尻尾を振る。


「魔法を使えない普通の人を、いとも簡単に支配できるからな。立場が、常に上なんだ。俺はそういうのが気に入らない。」


 その赤い瞳は、夕陽に照らされても赤いまま。


「望んで手に入れたものじゃないからな。消せるんなら、今すぐにでも消したい。」


「……。」


 イミラの心境を、今初めて知った気がするわ。ええ、そう。言われてみれば、日常的に魔法なんて使ってなかった。じゃあ、イミラ。あなたはなんで、私と、ほかの人と、共に歩んでくれたの?しかし、そんな質問の返答はされない。咲夜歌は、神妙な面持ちでイミラを見つめては、靡く白髪を抑えるように手で留める。


「そうなの…。イミラちゃんはそういう考えなのね。…なんだか私もわかる気がする。」


 こんな明確に、イミラが自分の考えを明かすなんて思わなかった。


 咲夜歌は、そう思いながら、イミラの視線の先にある赤い夕陽を、イミラの赤い瞳越しに見やる。


「……お前さ」


 不意に夕陽を見つめたままのイミラに話しかけられる。


「最初の頃より、落ち着いたよな。」


「あー…そうかしら?」


「俺は思う。」


 イミラは、夕陽を見るのを止める。振り向いて、柵に背中を預けては、まだブランコで揺れているグラスを見る。咲夜歌もその視線を追う。


「そろそろ慣れてきた…って事か?」


「え?」


 思いも寄らない事を言われ、咲夜歌は心から驚く。他の世界から転移してきたなんて言ってないはず、と心で思って右往左往に目を動かす。


「あぁ、え、わ…私は…」


 おどおどとする咲夜歌に、イミラは疑いの眼差しを向ける。


「なんだ、獣人の事だろ?」


「…あ」


 ここで咲夜歌は思い出す。


 そういえば、獣人には会ったことが無いって…言ってたんだわ。


 まだ知られていないと安心して、口が軽くなる。


「そうそう、そうなのよ。だいぶ慣れてきたわ。」


「俺もお前に慣れてきたかな。」


 咲夜歌は、眉間にしわを寄せて聞く。


「どういう意味よー、それ。」


 いつにも増して、何かと饒舌になっているイミラが、変わらない半目で咲夜歌の顔を煽るように見る。


「最初はお前が兄貴に触れることさえ嫌悪を感じた。だが、今はもうそれに慣れたって意味だ。」


「あぁ、そゆこと。」


 咲夜歌は納得して小さく頷く。


「まあ最初も今も変人だという事は変わらないと思うがな。」


「む…なんですってー?」


「まあ最初も今も変人だという事は変わらないと思うがな。」


「そんなコピーしたみたいに二回も……あ」


 途中で、咲夜歌は思い出す。


 これ、最初の時の…!


 驚いてイミラの顔を見ると、その白い頬を少し赤らめては、ふ、と鼻で笑いながらそっぽを向いていた。それを見て咲夜歌は、段々と目を輝かせる。たちまち、笑顔になって、イミラを勢いよく両手で大きく抱きつく。


「可愛い~!!やっぱりイミラちゃんも可愛いところあるじゃないの~!」


「っ!?や、やめろ、離せ、バカッ!!」


 抱きつく咲夜歌をイミラは離そうとする。ただ、そこに、最初のような嫌悪感などは無く、少なからず嬉しさのような感情があったように思えた。


 グラスも相変わらず、嬉しそうにブランコで揺れていた。



 *



 家に帰ってきたさんにん。晩御飯を食べ、風呂に入って、就寝の準備が整えた咲夜歌は、自室である二階の物置部屋へと入る。机の前の椅子に座ると、赤い日記とお気に入りの万年筆を机に置く。だが、今日の咲夜歌は万年筆は使う様子は無く、変わりに鉛筆を持っていた。


 日記を開き、昨日の直前のページまで捲る。左側の1ページ分の空白に、鉛筆で描く。そうして出来たのは、丸っこく可愛らしい絵柄で描かれたグラスとイミラだ。


 グラスは溢れんばかりの笑顔で。イミラは赤い瞳の半目で。それぞれの特徴を汲み取って描いたそれは、咲夜歌自身でも思わず微笑む。


「…ふふっ。」


 静かに笑っては、日記を閉じて椅子から立つ。鉛筆を置いて、電気を消し、ベッドへと飛び込む。ゆっくりベッドと毛布の間に体を挟む。


 今日も、楽しかった。楽しかったわ…。


 咲夜歌は目を瞑って、日々の賑やかさを噛み締める。もしかしたら、咲夜歌はこういう幸福を望んでいたのかもしれない。それと同時に咲夜歌は、転移する前の世界の日々は、それほど楽しくなかったのではと思った。


 でも……


 咲夜歌は目を開けて、天井を見る。



 私はどうやってここへ来たのかしら。



 記憶の彼方を探っても、この世界へと転移してきたきっかけが思い出せない。一番新しいような記憶といったら、どこかへ修学旅行に行ったということだけ。その肝心な、どこか、というのも思い出せなかったが。結局、この記憶は転移とは関係なさそうだと咲夜歌は思った。


 まあ…いいわ。忘れちゃったなら仕方ない。時間が解決してくれるわ。こういうのは。


 仕方ないように溜息を吐くと、目を瞑った。しばらくして、ゆっくりと意識を手放していった。






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