水晶を知る者
中央から分かれている前髪は横髪まで白色で、後ろは黒髪が首の付け根あたりまで生えている。
細めの眉毛に、青い瞳の人獣族の男の子。
彼の肩からは髪色と同じ、白黒のふわふわし飾り毛が生えていた。
僕とさほど歳は離れていないだろう。
黒い獣毛に覆われた脚を一歩踏み出して、その子は口を開く。
「これがお前らの持ち物だって証拠はあるのか?」
「貴様がラスタンにぶつかった時、ラスタンの財布袋が消えた。
そしてお前が持っている、同じ財布袋が何よりの証拠だ・・・!
今すぐ渡さないのなら力ずくでも返してもらうぞ!」
麻袋の紐を指に掛けてくるくると回しながら不敵な笑みを浮かべる男の子へ、ケンタロスが斧を強く握り戦闘の構えをとる。
対峙する人獣族の少年も腰を軽く落とし、身をかがめた。
男の子へ向かって走り出し、片斧を振りかざすケンタロス。
けれど、その振り下ろされた斧を・・・いとも簡単に彼は避けた。
もう片方の斧も間を置かずに少年を狙ったけれど、後ろへ軽々と飛んで避けられてしまった。
「どこを狙ってる?
そんなとろい斧で俺を捕まえられるとでも思ったのか?」
斧をふたつも手に持っているから、ケンタロスの攻撃速度はあまり速くない。
それにあの人獣族の少年、とても素早い。
笑いながら右へ左へ避ける彼に、ケンタロスは力の限り斧の連撃を繰り返す。
僕も助太刀した方がいいのかな・・・盗まれたのは僕の財布なんだし。
でも、逆に足を引っ張ってしまうかもしれないと思うと、手が動かなくなってしまう。
剣柄に手をかけたまま躊躇っていた時、ふと人獣族の少年と目が合った。
鮮やかな・・・青瞳。
獣毛や髪の毛は白黒の2色なのに、瞳がやけに色を主張していて、それがとても綺麗に思えた。
僕が彼の瞳に気を取られていた間にケンタロスの攻撃をくぐり抜け、少年は一瞬で僕の目の前に姿を現した。
大きく振りかぶった、僕よりも色白の腕。
獣のように長い爪が鈍く光ったのを見て、僕は慌てて首を退いた。
黒影が目の前を横切った瞬間・・・ルトナムで作ってもらったハウンドスーツの襟が音も無く裂けていった。
「・・・お前、そのクリスタルッ・・・!」
首を狙った爪の一撃はハウンドスーツと水晶のチョーカーで阻まれていた。
襟が破けた事で水晶のチョーカーが露出してしまっていて、それを見た男の目の色が一瞬で変わった。
その隙をケンタロスが見逃すはずもなく、瞬時に少年の首に斧が突きつけられた。
「ラスタンを狙うとは良い度胸だな・・・今すぐ楽にしてやる!」
「ちょ、ちょっと待ってよケンタロス!」
今にも殺さんとばかりのケンタロスを制止し、僕は少年を見つめた。
斧が首にめり込みそうな程押されている。
「どこで拾った・・・それはお前のじゃない!!」
「それは俺達の台詞だ、金を返・・・。」
「うるさいっ!!
お前は黙ってろ、俺はそこの茶髪と話してるんだ!!」
「・・・何だと?」
斧の刃先が今にもめり込んでしまいそうだ・・・!
ケンタロスを何とかなだめ、僕は首の水晶を撫でながら彼へ話しかけた。
「確かにこれは僕の物じゃないけど・・・君は、誰の物か知ってるの?」
「・・・ザルドだ。
ザルド・ドルダのクリスタルだ。」
・・・それは、紛れもなく僕の父さんの名前だった。
どうして僕よりも幼く見える少年が、父さんの名前を知ってるんだろう。
「僕はラスタン・・・ラスタン・ドルダ。」
「ドルダ・・・ザルドの子供、なのか?」
見開いた青瞳に僕は頷き、更に続ける。
「君と父さんはどういう関係なの?」
「・・・お前に言う必要なんてない。」
少年の顔つきが一瞬で険しくなってしまった・・・。
この子は間違いなく父さんと接点があったんだろう。
チョーカーを付けてる父さんを知っているなら、仕事中に会っていたのかもしれない。
だとしたら・・・父さんが居なくなった理由、知っているかもしれない・・・!
次第に拳へ力が入る。
「父さんは10年前に居なくなってしまったんだ。
もう・・・死んでいるかもしれないけど、生きているかもしれない。
だから教えてほしいんだ、君が父さんといつ会ったのか!」
事の重大さに気付いたケンタロスが突きつけた斧を引っ込めた。
それでも人獣族の少年は逃げる事もなく、僕と睨みあっている。
「お前がザルドの子供だったとしても、言うつもりなんてない。」
「ど、どうしてっ・・・!?」
「お前は関わっちゃいけないからだ。」
手に持っていた麻袋を、少年が地面へ投げた。
「すまなかった・・・これは返す。」
麻袋から男が離れると、ケンタロスは警戒しながらかがんで拾った。
「リークス様ー!」
街道の向こうから走ってくる男が見えた。
黄金色の長髪をたなびかせながら、その男はこちらへ手を振る。
少年へ駆け寄り、僕達を見つめた。
「こちらの方々は?」
「この茶色い方が、ザルドの子供だって言ってる。」
「・・・なんとっ!?」
人獣族だろうか・・・二の腕と手首に金色のブレスレットをはめていて、その間にはびっしりと緑の鱗が生えていた。
・・・獣、じゃなくて・・・爬虫類なのかな?
腰にもV字に金色の輪がかけてあり、そこから下も鱗で覆われている。
とがった両耳には黄色いピアスがふたつずつ、はめられていた。
「ザルド殿には大変お世話になり申した・・・某、アージと申す。」
「あ、えっと・・・ラスタンです。」
「ラスタン殿、ザルド殿は今どこにいるでござるか?」
なんか、独特の喋り方するなぁ・・・このアージって人。
答えようとしたけれど、隣に居た少年の方が早かった。
「10年前に居なくなったままらしい。」
「・・・そうでござったか。」
アージは立ち上がり、膝に付いた土を払った。
どうやら彼等も父さんの行方を知らないみたいだ。
「あなた達は父さんとどういう関係だったんですか?」
「・・・申し訳ないでござるが、お話する事は出来ないでござる。」
「どうして?」
「知られてはいけない事なのでござる。」
視線を落としたアージの肩へ、少年が手を掛けながら僕を眺める。
何か事情があるのかな・・・。
・・・でも、降ってきた機会をみすみす逃したくない。
父さんを知ってる人に出会えたんだ・・・何か、何かひとつでも・・・!
「子供の僕にですら話してもらえないんですか!?
もうずっと会ってない・・・会いたいんです、どんな形であっても!」
アージと少年は困ったように顔を見合わせる。
でも・・・まだ僕に話そうとはしてくれない・・・。
「僕は父さんを探す為にここまで来た。
やっと見つけた手がかりなのに、ここで諦めたくない!」
少しでも父さんに関する情報を知っているのなら、どんな些細な事でも教えて欲しい。
ただ、それだけだった。
観念したようにため息を吐いたのは、男の子の方だった。
「俺達からは話せない、その代わりに・・・俺の名前はリークス。
これをアルカボルドの龍騎士団長に言え、あいつならきっと話してくれる筈だ。」
「リークス・・・ありがとう、リークス!」
アージが走ってきた方向へ、リークスは歩き出した。
僕達に一礼するとアージも彼を追いかける。
「またいつか会おう、ラスタン。」
右手を僕に振り、リークスは行ってしまった。
小さくなっていく姿を見つめながら、首元の水晶に手を置く。
・・・父さんとどういう関係だったんだろう、あの人達。
でも、手がかりは掴めた。
アルカボルドに・・・アルカボルド龍騎士団の団長に彼の名前を言えば・・・きっと・・・!
ふたりが歩いて行った反対の方向を見やればクフトーの街が見えた。
早く皆に伝えなきゃ、この事を。
浮かない顔をしているケンタロスに声をかける。
「クフトーに戻ろう。」
「ラスタン、その・・・すまなかった。
俺はお前を守ると言ったのに。」
「大丈夫だったよ、そんなに気にしないで。
それに父さんの手がかりが掴めた、ありがとう。」
ケンタロスの馬体を軽く2回叩いて、クフトーへ向かう。
途中で乗せてくれると言うのでケンタロスへ跨って街へと戻った。
街は何事も無かったかのように、変わらず賑わっていた。
ケンタロスと入り損ねたレストランへの扉を開ける。
「おぅ、待ちくたびれたわ・・・2人でデートか。」
窓際の真ん中のテーブルですっかり出来上がっていたルイーガ。
酔っ払いの相手をしていたせいか、ライフはとても不機嫌そうだった。
席につくと僕は今起こった事をふたりに話す。
お財布を無事取り返した事も報告した。
「じゃあ今すぐアルカボルドに行くの?」
片方の眉をひそめながらライフが僕を睨んでくる・・・。
きっとこのまま観光しないでアルカボルドへ直行すれば、もっと機嫌が悪くなるに違いないだろう。
「・・・急がなくていいよ。
イータルコルムを満喫したら、アルカボルドへ行こう。」
僕の言葉を聞くやいなや、ライフの顔が綻んでいった。
良かった・・・。
さっき買ってあげた星飾りのついたピンは、まだ彼女の前髪についていた。