クフトー到着
船は魔獣の奇襲により停止していたが、ケンタロスの活躍により再び動き出した。
シャチの親玉の死体はそのまま放置されたけれど、放っておいてもいずれイータルコルムの海岸に流れ着くだろうとのことで心配はないようだ。
船長から僕達は直々に謝礼され、何度も手を握られた。
なんと船のフリーパスチケットも人数分貰った・・・これで全ての船が乗り放題だ。
何事もなかったように、船はそのままイータルコルム大陸のクフトーへと到着した。
発着場はクペサニー程広くもなく、人も多くはない。
今僕らが乗ってきた船ともう1つの船の停留所しかなかった。
港と街は分かれているようで、港の外れから街へと道が続いているようだ。
クペサニーでは狼や狐といった人獣族の姿が多かったけど、こちらでは象や牛などの屈強そうな体格をした人獣族をよく見かける。
島ごとに分布が分かれているのかな・・・。
案内の看板によると、街まで大分歩かなければならないみたい。
太陽は既にてっぺんから西へと移動し始めている。
・・・正直かなり疲れていたし、お腹も減っていた。
軽食すらつまめる食堂もなく、停泊所と待合所があるだけだったので街まで行かなければ何も食べれない。
リュックから食糧を出して、皆で齧りながら街へ続く道を歩く。
いかにも溶岩が固まって出来たような地面。
道の左右には手すりが設置されていたりして少しは整備されてはあるものの、革のブーツを通して固い触感が足の裏に伝わってくる。
道はずっと上り坂でZ字のように1本道を歩いてカーブしての連続だ。
「荷物、持ってやろうか。」
背中から重みが消えて、体が幾分か軽くなった。
ケンタロスが僕の代わりにリュックを背負ってくれたのだ。
「ありがとう・・・もう体、平気なの?」
「ああ、大丈夫だ。
心配かけたな。」
翼はいつのまにか彼の馬体の背から消えていた。
船の中で彼に聞いた話だと、自在に消したり出したり出来るらしい・・・不思議だ。
「結構面白かったらしいじゃない、見たかったな。」
前を歩いていたライフが、後ろに続く僕とケンタロスへ振り返る。
彼女は僕からチケットを奪って部屋に入った後、騒動が治まるまで爆睡していたらしい。
あんなに船が傾いたり酷く揺れていたにも関わらず・・・図太い神経の持ち主だと思う。
ライフの隣にいたルイーガも話に加わる。
「お馬さんが天馬になっただけだぜ、詰まる話じゃねぇぞ。」
「助けてやったのに憎まれ口しか叩けないのかお前は。」
「危うくコンビーフになるところだったろうが・・・ああ、馬刺しか?
どわははは!!!」
「人をおちょくるのもいい加減にしろよっ・・・!」
「ちょ、ちょっと!」
立ち止まるケンタロスをなだめて喧嘩を仲裁する。
ルイーガもすぐにからかうものだから、すぐにややこしくなる。
「・・・仲間なんだから、もう少し仲良くしてくれない?」
ふたりに言ってみたけれど・・・両者共に返事をしてくれず、ライフが面白そうに傍観しているだけ。
・・・これから僕の日課が1つ増えることになった。
談笑をしながら歩いた上り坂が終わり、広がる景色を見下ろした。
クフトーらしき街だ・・・クペサニーと同じ位広いだろうか。
街門の代わりに、青透明の大きい鉱石が両端にそびえたっているのが遠くからでもよく分かった。
街壁はなく、簡単な木製の柵で仕切られているだけだった・・・魔物が侵入してこないのかな。
地面から突き出るように伸びた青透明の鉱石は、僕の背丈を裕に超える。
鉱石を通ると床は灰色のタイルに代わり、活気のある出店達が僕達を歓迎した。
薬草を取り揃えている店、砥石や小さいナイフなどが並べられている雑貨店に、パンや握り飯のような簡単な飯屋などが見渡す限りに広がっている。
初めて来た街には瞳を輝かせざるを得ない。
ライフを先頭にとにかく店を見て回った。
彼女が足を止めたのは、女性用の髪飾りや髪留めゴム、ピンや腕輪などが売られていた屋台だった。
「これは何の武器なの?」
「武器じゃないよ・・・おしゃれする為の道具、って言えばいいのかな。」
品物を手に取り見つめるライフ。
店主の若いお姉さんにレクチャーされて、早速僕達は足止めを食らった。
「俺ぁ腹減ったから、どっか食い物屋入って飯食うわ。」
目を輝かせて色んな商品を試着するライフを急かす訳にもいかなかったルイーガ。
手の平を見せられ、僕はケンタロスが背負っているリュックから財布用の麻袋を取り出し、そこから札を1枚出して、彼の手の平に置いた。
札を軽く握り締めて、ルイーガは早々と奥の人混みの中へ消えていった。
「短気な奴だ・・・よくあんなのと一緒にいられる。」
目を細めて彼の姿を睨みつけるケンタロスをなだめながらも、前髪にピンをつけてライフの照れ笑いする顔を見ていた。
普通の少女のようで、あどけなくて・・・とっても可愛かった。
「・・・ひとつ、買う?」
「いいの?」
いつの間にか麻袋から金を取り出して、僕はライフがつけていたヘアピン代を店主に払っていた。
別に、彼女が僕はこのピンを買うと宣言したわけでもなかった。
ライフも驚いていたのか目を丸くして僕の一部始終を見ていた。
「・・・に、似合ってるよ。」
ライフから目線を外して言ったにも関わらず、顔が熱かった。
「あはっ、ありがとう。」
そう言った彼女の頬も心なし桃色になっていた気がした。
それを見た僕も何だか照れしまって、更に頬が熱くなった。
「ラスタンは紳士だな、女にも気遣いが出来る。」
ケンタロスが優しく微笑んでいたけど・・・何故だろう、彼の瞳の奥から殺気を感じる。
・・・それは誰に向けたものなのだろうか。
無事に歩き出した僕達は少し先に行った所で、大きな食事処を見つけた。
お酒も色々あるみたいだし、きっとルイーガの事だからここに真っ先に入ったに違いない。
入り口の扉へ向きを変えて歩き始めた時、向こうから走ってきた人獣族の男の子とぶつかってしまった。
そんなに衝撃がなかったのでふらついただけで済んだ。
男は止まることも無く、そのまま走り去っていってしまったので謝ることもできなかった。
「失礼な奴だな。」
ケンタロスはルイーガと同じ位身長が一番高いから、僕では見渡せない所も見えたりする。
今も人獣族の男を自分の視界から消え去るまで睨み続けていたが、はっとしたように僕の腕を見た。
「ラスタン、お前腕に財布袋つけてなかったか?」
「持ってるよ、ここに・・・あれ・・・?」
腕に巻いていた麻袋の紐は無かった・・・それどころか、麻袋すら無かった。
「同じものを持っていたからもしやとは思ったが・・・!」
・・・スリ!?
あ、あの男の子が・・・!?
で、でも中には現金全てが入っていて、あれを盗られたら宿屋代どころかご飯すら・・・!
後を追おうにも、人混みでうまく走れない。
それでも僕は嫌な汗を噴出しながら、男の子が通ったであろう後を追いかけた。
やっと人が捌けた場所へ戻ってきても、彼の姿は無い。
息を切らしながら左右を見渡す。
「空から探そう、乗れラスタン!」
後をついてきてくれたケンタロスに跨る。
先ほど通った鉱石のオブジェを戻って、溶岩道に差し掛かったところでケンタロスの背から翼が生え、空高く舞い上がった。
手綱が無いので鬣を強く握り締め、眼下の景色へ視線を向けたけれど・・・。
・・・た、高い・・・!
思わず身がすくんでしまう高さ・・・とてもじゃないけど怖くて地上を見続けられない。
目を瞑ってケンタロスに任せた。
「いたぞ、あいつだ!」
そう言うなりケンタロスは急下降して地上へと戻る。
体が落ちて行くような感覚に襲われて、僕はただただ体を小さくして耐えるだけだった。
地上へ近づくにつれて、恐怖もやわらいでいく。
目もうっすらと開け、次第に視界を広げていく。
クフトーの西側から街道を走る人獣族の子を見つけた。
肩から黒い毛をたなびかせて走っているのは、さっき僕とぶつかった男の子に間違いない・・・!
空から先回りして、ケンタロスは彼の目の前に降り立った。
辺りに砂埃が舞い、人獣族の男の子も動きを止める。
「その金、返してもらおうか。」
ケンタロスの両手には、シャチの親玉との戦いの際に使っていた双斧が握られていた。