クペサニー出航
混雑した船を避けたかったので、日が昇る前に宿屋をチェックアウトした。
宿から出ると、すぐ傍の壁にもたれかかっているケンタロスが目に入る。
一体何を感知して、いつからそこにいたんだろう・・・なんて思いながら挨拶を交わし、ケンタロスも一行に加わった。
まだ人のまばらな港へ到着し、イータルコルムへの船を捜す。
既にどの停留所にも船が停まって出港を待っている状態だった。
ルトナムの船員達とは大きく差があり、こちらの船員は細身で黒いタキシードを着こなしていて、どことなく高級感がある。
人獣族の船員の方が多そうだ。
僕の肩を叩いて、ケンタロスが右奥を指差した。
彼の指先にはクフトーと書かれた文字の下に小さくイータルコルムと書かれた看板を見つけた。
早足でその方向へ急いで、船へ続くはしごにいる船員さんへ乗船代を支払う。
ひとり1000ガリッドと決してお安くはない。
でも、まだお金には余裕があるので、何の気兼ねもなく全員分を払って船の中へ足を踏み入れた。
昨日は人混みの中、遠くから見ただけだったので細かく見れなかったけれど・・・なんとこの船、3階建てだ。
デッキも左右前後ぐるっと一周して、客室の建物を取り囲む構造になっている。
これには僕だけでなく、全員が目を輝かせてそこら中を探索した。
デッキから街を見渡す。
船自体が高いから港にいる人達が小さく見えるし、僕達が泊まっていた宿屋もここから見つける事が出来た。
・・・本当にクペサニーは広いなぁ、街壁を奥まで見通す事が出来ないんだもの。
反対側の海も見ようとして、手すりから手を離して足を動かした時に、すぐ後ろにいたケンタロスにぶつかった。
「ふっ、お茶目だな、昨日と同じじゃあないか。」
「ご、ごめん・・・っていうか、近すぎでしょ・・・もっと離れてよ。」
僕が怒っても、ケンタロスは声を出して笑うだけで効果がない。
「言っただろう、お前の事を知りたいと。
これからいつでもお前の傍にいる。」
星が流れそうなウインクを僕へ向けるケンタロス。
・・・僕が女の子だったらときめいてしまうかもしれないけど、生憎僕は男だし・・・鳥肌が立つだけだ。
口を結んで僕は反対側のテラスへと歩く・・・蹄の足音を背後で聞きながら。
広がる、一面の海景色。
つい手すりまで早足で歩いていく。
潮風に吹かれながら、景色を眺めていると心が澄んでいくみたい。
水平線にうっすらと島が見えるのは多分、アルカボルドの大陸だ。
父さんが仕事で通っていた・・・アルカボルド城のある、大陸。
父さんはアルカボルド城の龍騎士団の一員で、重大な任務がない時は毎日ミルディヴからアルカボルドを往復して通っていた。
今だから疑問に思ったけれど、どうやってこんな長距離を移動していたんだろう。
龍騎士というからには、龍に乗って行くのかな・・・?
でも、そんなおとぎ話に登場するようなもの、いる訳ない。
そう思ったけれど。
既に僕は空想上の一族だと思っていた人物と出会っているし、この世のものではない人物も彼女の傍にいる。
・・・もっと視野を広げた方がいいのかもしれない。
すぐ後ろにいるケンタロスも、もしかしたら・・・意外な人物かもしれないし。
「風に吹かれ、思いに浸る青年・・・ふっ、悪くないな。」
目を瞑り感慨に耽っているケンタロスを無視して船内のラウンジへ移動した。
1階は飲み物や食べ物が売っていて、その場で食べれるようテーブルや椅子も多く用意されていた。
その中にルイーガがいて、麦酒をかっ食らっていた。
空のジョッキはここから見ただけでも5杯は越えている。
「まだ朝なのにこんなに呑んで・・・。」
「がははは!! お前さんもいっちょやるか?」
酒臭い息が僕にかかり、思わず顔を背けてしまった。
・・・これだけ呑んでもルイーガの顔は全く赤くなっていない。
お誘いをお断りしようと思ったのだけれど、僕よりも早く口を開かれてしまった。
「貴様のような呑んだくれとラスタンを一緒にするんじゃあない。」
「・・・あ?」
「や、やめてよケンタロス・・・!」
ルイーガを睨みつけるケンタロスの緑瞳は、まるで魔獣を今から退治しようとしているかのようで。
僕は慌ててケンタロスの体をルイーガから遠ざける。
「ご、ごめんねルイーガ!
今日は僕、ケンタロスと色々見て回るよ!」
逃げるようにして階段を上がる。
・・・もう、ケンタロスのせいで無駄にひやひやしたじゃないの。
ルイーガの事、嫌いなのかな・・・?
階段を上りきった通路には、乗客の船室の扉がズラリと並んでいた。
そういえば、料金を払った時にチケットを貰っていたっけ。
良くみると3桁の数字が書いてあって、これはどうやら船室番号のようだ。
4人分まとめて買ったので、番号も4つ連なっている・・・250から253まで。
この階の扉は全て1から始まっているから、僕達の部屋は3階にあるのかな。
数字が一番若い番号のチケットをケンタロスに渡した。
これで僕が逆の遠い番号の部屋を押さえればまず心配ない。
そう思いながら3階へ上がると、ライフが腕を組んで待ち構えていた。
「遅いじゃない、部屋のチケット持ってるでしょ。」
そう言うなり、僕が持っていた3枚のチケットを1枚ひったくった。
それはまさしく・・・253と書かれたチケットで。
僕が待ってといわんばかりに手を伸ばしたけれど、その先に彼女の姿はもう、無かった。
扉が奥で閉まる音が聞こえ、僕はがっくりと肩を落とす。
その肩をケンタロスが軽く叩いた時、汽笛が鳴り響き、船が動き出した。
「いよいよ出航か。」
「みたいだね。」
イータルコルムへ・・・。
どんな街なのか、今からとても楽しみだ。
ケンタロスと別れてライフの隣の部屋に入り、荷物を降ろした。
部屋数が多いせいか中はかなり狭いのに、ベッド、更に反対側にはソファーとテーブルが置かれてあって、それだけでもう窮屈な状態。
小さい窓からは流れていく空と海しか見えない。
ソファーにリュックを置いて、テーブルの上にあったルームキーを手に取る。
手首にはめる平べったい、ゴム製の腕輪に鍵がとりつけてあったので、失くさないようにそれをはめて・・・。
ここにいても気が休まらないから、とりあえず部屋を出よう。
「早かったな。」
またもや彼は壁に寄りかかっていて、僕の方を見ている。
・・・僕の気配を感知する力でもあるんだろうか。
「部屋が狭くて落ち着かないね。」
「ああ、俺も入ったら向きを変えられなくて困った。」
確かに彼の大きさだと非常に不便そうだ・・・ベッドで寝る時はどうするんだろう。
ふたりで1階へ戻り、ルイーガに手を振ってデッキへと向かった。
カモメ達が船と一緒に飛んでいるのを眺めながら、僕はようやくケンタロスへ切り出す事が出来た。
「ケンタロスはルイーガの事・・・好きじゃないの?」
背も高いし、それにあの筋肉の塊のような体。
僕から見れば彼は相当おっかない印象なんだけれど、ケンタロスは僕とは違った印象を持っているように感じる。
怖い、という感情ではなく・・・嫌悪のような感情。
「別にあいつに限ったことじゃあない。
俺はああいった肉食獣の獣族が好かん。」
「・・・君だって獣族でしょ。」
ケンタロスは横髪を掻き揚げて眉をひそめ、目を閉じる。
「俺の事は人馬族と言ってくれ。
あんな奴らとは一緒にしてほしくない。」
「そ、そう・・・。」
ふいにケンタロスが口笛を短く吹くと、飛んでいたカモメの1羽がケンタロスの元へやってきた。
手に持っていた封筒をカモメの足に挟ませると、カモメは空高く舞い上がっていった。
「友達に連絡しろと言われているんだ。
家出をした故郷への、唯一の連絡手段でな。」
豆粒程になったカモメを見上げてケンタロスは言った。
そのカモメは友達の家を知っているのだろうかと疑問に思ったけれど、口には出さなかった。
「どうして家出なんかしたの?」
「・・・ただの親子喧嘩だ。
俺がこんなだからな・・・業を煮やして俺につっかかってきた。
しまいには友達と縁を切らせようとした。」
「それは・・・ちょっと酷いね。」
「しょうがないんだ、親父もく・・・家を守る為だからな。」
目を閉じて、深々と鼻息を吐くケンタロスを見つめる。
・・・色々事情があったんだなぁ。
「だからといって俺に仕事を継がせようとするのは納得がいかん。
俺は俺のやりたいようにする、それが俺の矜持だったんだが・・・。」
ふと、彼と目が合う・・・なんだか嫌な予感がした。
「昨日お前に会って気が変わった。」
「・・・えっと。」
「俺にも上手く言えないが、惚れた好いたの域をどうやら超えているようだ。
だから、俺はお前の盾になって、全てのものからお前を守ってみせる。」
・・・何を言ってるんだろう。
呆気に取られながら、目を輝かせ拳を強く握ったケンタロスをげんなりと見上げていた。
面倒くさい、長い船旅になる事は間違いないだろう。
波が船体に当たる音とカモメの鳴き声がよく聞こえたひと時だった。