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CRYSTAL ISTORIA  作者: ぽん
愛に生きる者
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家出王子の御光臨

アヴァステという国がある。

それは地図には載っていない・・・何故ならば地上に存在しない国だからだ。

空に浮かぶ、翼ある者だけが暮らす空の楽園、それがアヴァステだ。


アヴァステを治める王ペニュエル・ガエザル・サヴァス・スヴィーニン。

略してペガサス王と民からは愛称がつく位、慕われている王だ。

だが国王も年老い、そろそろ後継者をと城内の側近や大臣達は話し合う。


国王には、子供が2人いる。

長男のケンヴィ・タデアーシュ・ロターリオ・スヴィーニン。

次女のアンブロシネ・タニア・レベッカ・スヴィーニン。

王にちなんでそれぞれケンタロス、アンタレスと呼ばれていた。


勿論次王はケンタロスになるだろうと、誕生した時誰もが思っただろう。

だがこいつは厄介な事に成長するにつれて男色毛が濃くなっていったんだ。

その噂は国民の殆どが知っていて、事実彼のバトラーは頻繁に入れ替わっていた。


男色家というだけであってきちんとした学力も国を治める術も教わっていたが、国民からは批判の声が相次いだ。

次第に次期王は妹のアンタレスへと期待が寄せられた。


兄はあれだったが、彼女にはそういった性癖は見られなかった。

だがそれは国民から見た彼女であって、城の内側・・・彼女を良く知る者はあまり良く思っていなかった。

その原因は、兄に対する異常な愛情、すなわちブラコン。


兄同様に知力も高く、国を治めるには十分な腕を持っている筈だが、彼女は決して王になるとは言わなかった。

愛する兄に全てを治めて欲しかったからだ。


今日も今日とて会議を開き、お偉いさん方が首を捻る。

時々討論が沸騰して物が飛び交い床に落ちる音が俺の部屋まで響いたりする。


正直、どうでも良かった。

国なんて治めたい奴が治めればいいし、俺は俺のやりたいようにやって生きたかった。


「そんな事をおっしゃってはいけませんよ。」


執事のガインが俺にたしなめる。

入れ替わりの激しかった執事もこいつが来てからもう何年も経ち、すっかり落ち着いた。


下の世界では人獣族と呼ばれていただろうか。

俺もガインもそれに当てはまるが、この呼び方は気に入らない・・・血の気が盛んな獣達と一緒くたにされるのが不快で堪らん。


人馬族と勝手に名付けるとして、俺とガイン・・・というか、城の者達のほとんどが上半身は人間、下半身は馬の体を持っている。

足は勿論4本だ、背中に生えている翼は自由に消すことが出来るので、空を飛ぶ時以外は邪魔にならない。


執事だと一目見れば分かる、穢れの無い白いブラウスに黒い燕尾服を着飾ったガインが俺に苦言を呈する。


「王子・・・今日も言わせて頂きますが、服を着てください。

 アンブロシネ様に示しがつきませんよ。」

「なら今日も言うが絶対に着んぞ、ギチギチした服なんて息苦しいだけだ。」


それよりもと、俺はガインの首へ両腕を回す。

瑞々しい濃褐色の肌に、飴色の艶掛かった髪は思わず食んでしまいたくなる。


ガインはいつも通り深く溜息をついた後、肘で俺の顔を制裁した。


「懲りませんね・・・そろそろ国王に呼び出される時間ですよ。」


肘鉄された顔面をさすっていると、早速親父・・・父上のけたたましい声が廊下に響き渡る。

ここ数日、父上は側近からの世代交代に関する話をうんざり聞かされていてすこぶる機嫌が悪い。


「なあガイン。」

「何でしょう?」

「・・・何でもない。」


呆けたガインを置いて、俺は廊下へ出て王の間へ歩いて行った。


機嫌が悪いのは親父だけじゃあない。

興味も無い事をこうやって頻繁に無理強いさせられる身になってみろ。

・・・俺はあいつの替え玉なんかじゃあないんだ。


多分もう俺は、この日常に耐えられないだろう。

今日で終わらせると固く心に誓った。


天井は見えないほどの高さで突き抜けている。

玉座で馬体を休ませている父上が、廊下から現れた俺の姿を見るなり怒鳴る。


「身なりを整えろと何回言われれば気が済むのだケンヴィ!

 ・・・やはりガインには執事としての力が足りないようだな。」

「ガインは関係ありません・・・俺が彼の言葉を勝手に無視しているだけです。」


父上に就いている執事がなだめるも虚しく、俺との口論が幕を開ける。


「私と言いなさい、これも何回目だ。

 そんな事だから好き勝手に周りから言われるのだ。」

「お・・・私は誰がどうこう言おうが気にしませんし、何も感じません。」

「お前がそれでは困るのだ。

 アヴァステの次の王となるのはお前なのだ、いい加減しっかりして貰わないと困るぞケンヴィ。」

「・・・俺は王になるつもりなどない。」


くだらない会話を毎日毎日・・・それも同じ内容を繰り返して何になる。

もううんざりだ。


「また戻っているぞ、気をつけろ。

 お前が王位を捨てるならば、アンブロシネが私の後を引き継ぐのか?」

「それでもいいし、アンタレスが嫌なら他の誰かが王になればいい。」


父上が深く息を吸う。


「ケンヴィ・・・お前は男だ。

 そして王の子に産まれた、お前は王にならなければならぬ。

 好き勝手に生きていては他の者に示しがつかぬぞ。

 もしお前が王にならなかったとして、この生活が続く訳ではない事を自覚しなさい。

 アンブロシネもお前も、ガインでさえもこの城から出て行かなくてはならぬのだぞ。

 少し考えれば分かる話をお前はそうやっていつもほっぽり投げて逃げ出す・・・もっと大人になりなさい。」

「・・・親父から見れば俺は子供でしかないかもしれんが、もう21だ。

 いちいち親から口出しされんでも分かってるんだよ・・・!」


父上がとうとう馬体を上げて立ち上がった。


「お前は物事を軽視し過ぎだ、責任を持て。

 お前の嗜好のせいでどれだけ私が恥ずかしい思いをしたか分かっているのか?」

「・・・それは申し訳無いと思っている。」

「申し訳無いと思っているなら今すぐその男色を治せ。

 執事も女にする。ガインは首だ。」


頭の中で糸の切れる音がした。

火花の弾ける音が俺の馬体から小さく響き始める。


「もう我慢ならんぞこのクソジジイ・・・ガインを何だと思ってるんだ!」

「そのような下劣な言葉を使うな。」

「うるさいッ! 俺は王なんぞならんわ!

 ああしろこうしろ毎日言われなきゃいけないんだったらこんな国出てってやる!」

「勝手にしろ! お前のような息子などいらぬわ!」


親父の執事が俺を呼び止める声が聞こえたが、無視して自分の部屋に帰った。


玉座の間と俺の部屋は1本の廊下で繋がれているから、部屋の扉が空いていれば会話など筒抜けだ。

一部始終を聞いていたガインが心配そうに俺を見つめていて、少しだけ怒りを抑えため息を吐く。


「すまないなガイン、俺はもうここに居たくない。」

「・・・いずれ来るだろうと思っておりました。」


苦笑しながらガインは言った。

そうだろうな、こいつにもほぼ毎日愚痴を溢していた・・・俺の事など全てお見通しだろう。


「小さい兄弟をたくさん持つお前に付いてこいとは言わんが。

 ・・・これからお前がどうなってしまうか心配だ。」


ガインを抱き寄せる。

数年間俺の傍にいてくれた、人生の中で一番の伴侶でもあり、親友でもあった。

そんなガインの将来を壊してしまったようなものだ。


俺の胸の中でガインが笑う。


「貴方の自由きままな姿が、私は好きです。

 例え私が火の粉をかぶろうとも、貴方が幸せならそれでいいのです。」


手を俺の胸に突き立て、ガインが俺から離れた。


「私に逐一報告をして下されば、国王様も王子の状況を掴めるでしょう。」


・・・成る程、こいつだけに俺の近況を伝えれば親父もガインを城から追放しない筈だ。

もし他の追っ手が偵察にきたとしても、俺の性格からしてそいつらは叩き落とされる・・・叩き落す。


「分かった、報告はする・・・忘れなければ。」

「王子。」

「・・・頑張る。」

「王子。」

「・・・忘れない。」


ガインは満面の笑みで冷や汗をたらした俺の頭を撫でた。


「大きくなられました。」

「・・・お前のおかげだ。」


一息つくとガインはいつもの表情に戻り、俺の衣装タンスの奥から大きい袋を取り出した。


「何だそれは。」

「いつかこの日が来ると思い、用意していた物です。

 これでお困りになる事はないかと・・・。」


手渡された大袋の中には、俺の愛用している双斧が一際目立って見えた。

他には馬体にかける毛布や非常食、飲料が入っている。


「足りないものがあれば、報告して下さる時にでも御申しつけ下さい。」

「ああ、何から何まで本当にありがとう、愛してる。」


ガインを強く抱きしめる。

・・・次はいつお前をこうしてやれるだろうか。


「・・・行ってくる。」


ガインの体から離れ、俺は大袋を片手で背負う。

部屋の窓はとても大きく、人馬族が飛び立てる程のスペースがある。

窓というよりもはやガラス戸に近い。


「あなたの道に幸あらんことを。」


ガインは右拳を胸に置き、俺に深く頭を下げた。

それは忠誠を誓う構えであり、身も心も俺に仕えてくれる意。


・・・いつでもこいつは俺を案じていてくれるのだな。


馬体と同じ位長い白い翼を広げ、部屋から四肢を離す。

もう後ろは振り返らず、俺は開いた窓から飛び立った。


アヴァステを取り囲む霧のような雲を突破して、俺は急降下する。

行く所はそこしかない・・・地上だ。


空を棄てた以上、俺は地を這いつくばって生きるしかない。

それが例え過酷なものであっても、城の中での生活よりは心が活きるだろう。

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