さらばルトナム
ライフと合流し、僕達は再度武具屋へ戻った。
武器が出来上がるのを待つ間に、防具も見ておきたかったからだ。
残念な事に、ここでは主に武具を扱っている為防具の数が少なかった。
それでもパスルタチアの防具よりもしゃれていて、機能性に優れているのは見れば分かった。
大体は鎧というか、服に近い素材で出来てはいるものの、デザインが素敵で且つ動きやすいものになっている。
たとえば、フード付きの腰まであるベスト型のローブに肩鎧、腰鎧がセットでついているものや、港に因んだセーラー服を土台に、生地は厚みのあるものを使って仕上がった服やブーツなどだ。
お姉さんが自作しているものなんだろう、センスが光っている。
中でも僕が目を引いたのは、左腕だけ鎧で固められていて、分厚い黒い生地で作られた服だった。
両肩は明るい色の革ベルトが通っていて、胸囲を測るように横に通っているベルトと繋がっている。
腰にも同じようなベルトが巻いてあって、その先の小物が入れられるポシェットにたどり着く。
黒い箇所を触ると皮のような感触が手に残る。
厚さもこれだけあれば、狼達の牙や爪も余裕で受け止めてくれるだろう。
僕はさっそく着けていた鎧を外して、黒皮の服を試着した。
左側の腕が冷たい。
肩から指先まで鎧が僕を包んでいて、少し動かし辛いかもしれない。
黒い革の服は身に着けた瞬間にポカポカと温かい。
そして何といっても体にすぐ馴染むような着心地、これは素晴らしい。
襟部分が立ててあって、水晶のチョーカーが見えなくなってしまうのが難点だが、諦めるとしよう。
平均的な身長なのでサイズもなんら問題ない。
新しい防具を着たまま、店の中を数十分うろうろしてお姉さんを待った。
「なかなか似合ってるじゃないの、私の手作りなんだよそれ。」
手を真っ黒にしてお姉さんが工房から出てきた。
汗を拭った跡か、額周辺も少し黒ずんでいる。
汚れた手には剣が入った鞘と、ルイーガのナックルが握られていた。
「これ、売ってもらえませんか?」
「ありがたいね、少し値引いてあげるよ。」
客人は少なくはないものの、ここで扱っている主体は武器である為彼女の作った防具はなかなか売れないのだという。
手作りであるが故の値段にも躊躇してしまうのかもしれない。
値札には4万ガリッドと表示されていたが、お姉さんは3万までまけてくれた。
ライフとルイーガもお好きにしろとの許可も出た。
「それも色付けはしたけど、狼の皮を剥ぎ取って作った奴なのさ。
名付けてハウンドスーツだよ。」
お姉さんが3枚札を受け取ってニカっと笑う。
「もっといいものが欲しかったら、イータルコルムに寄ったらどうだい?
あそこの防具に勝るものはないからさ。」
彼女自身も昔イータルコルムで修行をしていたと話を聞かせてくれた。
上質な鉱石を加工して作る武具はここいらに巣食う魔物達の素材とは比べ物にならない質だとのこと。
ここからクペサニーまでは歩いて数日かかるらしい。
途中に休憩するコテージが数箇所あるという情報も教えてもらったので、野宿もしないで済みそうだ。
剣を貰って、早速鞘から抜き刀身を拝見する。
牙で作られている為銀色に輝いてはいないが、刃は鋭利に削られてあり指をなぞらせただけでも皮がきれてしまいそうだ。
秘伝の繋ぎを調合しているので相当な圧力をかけない限りは折れる事もないそうだ。
おまけに砥石も貰ったので、早速ハウンドスーツのポシェットに入れる。
ルイーガも早速両手にはめて感触を確かめる。
丁度手首まであるグローブで、手首側の端側は狼の毛皮が一周している。
こういう所は本当にオシャレに作ってくれて、少し羨ましくなった。
相手に一番拳が当たる箇所、いわゆる中手骨に当たる部分には3つ、円錐の形をした棘がついている。
多分、こんなもので顔を殴られれば穴が開いてしまうだろう。
「試しにやってみるか?」
意地悪そうな笑みを浮かべてルイーガがこちらを見てくる。
丁重にお断りした。
「何から何まで、本当にお世話になりました。」
「気にしないでよ、助かったのはこっちだからさ。」
もう旦那の落ち込んだ姿を見ないで済むと、お姉さんも爽やかに微笑む。
僕は深々とお辞儀をして、武具屋を後にした。
ルトナムの街門に行くまで、ライフが買った食糧を見せてもらった。
果物や野菜、肉や魚を乾燥させたものが殆どで、後はクッキーやビスケットなどの甘い類。
ドライ系はとてもおいしそうだし、そのまま鍋料理にも放り込めば具材にもなる。
それぞれ透明な袋に分けてあって、探しやすい。
長いバゲットも別の紙袋に数本入っていた。
3人分の水もちゃんと買ってきてくれていた。
完璧な買い物を彼女はやってのけてくれたのだ。
「っていうか、あるものを適度に買っただけなんだけどね。」
食料を僕の背負っているリュックへライフが詰め込む。
少し重くなったリュックが何故か心地良い。
これぞまさしく旅人、という感じがしてきた。
あまりにも重くなったらルイーガに背負ってもらおう。
ルイーガを見たが、彼はこっちへ目線を合わしてはくれなかった。
ルトナムの村を見渡して、心の中で別れの挨拶をし、丸太の扉を静かに閉めた。
僕たちはクペサニーへと続く街道をゆっくりと歩き始めた。