愉快な依頼主一味
依頼状の最下部に依頼主の住所と名前が書いてある。
住所は幸い、ルトナムの村の中だった。
先ほど開け閉めした丸太の扉を再度開閉し、僕たちは急いで記載された住所へと足を運ぶ。
報酬金があれだけ高いなら、さぞかし立派な家を構えているだろうと思ったけれど、
実際目にした家は周りとなんら変わらない、レンガ造りの普通の家だった。
夜分遅くに失礼と思いながらも、依頼状を握り締めて僕はドアに付いているノッカーを掴む。
「すいません、どなたかいませんか。」
ノッカーでドアを叩いてから暫くして、家の中から物音がした。
それから少しドアが開くと、隙間から少し歳の召した女性の顔がこちらを覗く。
「どなたでしょうか。」
不審な顔をされるのもしょうがない。
こんな夜遅くに見知らぬ男女がいるのだから。
なるべく気を害さないように喋ろうと思った。
「依頼状に書いてあった狼を倒したの。
大きすぎて持って帰ってこれなかったから、一緒に付いてきてほしいんだけど。」
僕が口を開くよりも早く、そして簡潔に彼女が言い放った。
もうちょっと礼儀とかないものか。
困惑した面持ちで、女性は右手を頬へ当てる。
「・・・ちょっと私には分からないわ、主人なら酒場で呑んでいるだろうから。」
「分かりました、夜分遅くにすいませんでした。」
一礼して、僕は足早にその場を去った。
申し訳なくて一刻も早くここから離れたかったのもあった。
ライフは何食わぬ顔をして僕の後をついてくる。
酒場に着き、依頼主の名前を大きめな声で呼んでみる。
するとあの船員達のテーブルからこちらを見たおじさんがいた。
・・・あの人は確か、今日船の舵を握っていた人だ。
「君達・・・今日最終便に乗ってた子だな、どうしたんだ。」
「あの、これの狼、倒したんですけど、ここまで運んでこれなくて。」
依頼状を片手に持った僕の言葉に船員達がどよめく。
「倒したって・・・君達が?」
「僕達はあんまり手助けできなかったんですけど・・・。」
「えぇっと、どこにあるんだいそれは。」
赤い顔をした船員一同立ち上がり、僕達の後についてくる。
なんだかとてもおかしな光景で思わず笑ってしまう。
いつの間にかどこからか持ってきた荷車を依頼主のおじさんが引いて来ていた。
酒臭い。
多分最終便の後からずっと皆で呑んでいたのだろう。
千鳥足でフラフラな船員もいて、その人達は荷車に乗せられていた。
帰りはどうするのだろうか。
狼の死体が遠方から見えると、船員達は低い歓声をあげる。
一斉に喋るものだから、何一つ聞き取れない。
ルイーガがこちらに気付いて手を振ると、船員達が手を振り返す。
「あの兄ちゃんか、そりゃこうなるわけだわ。」
「いやいやいや、あいつだって何人も殺してるさぁ、強かっただろう。」
5~6人の船乗り達が好き勝手にものを言いながら、大狼を取り囲んだ。
荷車に乗っていた船員達も降りてきて大狼を覗き込む。
「兄ちゃん、申し訳ないがこいつ、荷車に乗っけてくれないかい。」
「ああ、それ位なら。」
ルイーガは大狼の尻尾を掴むと、ズルズルと引きずって荷車の前まで行く。
すうっと息を思いっきり吸い込んだ後、なんと両手で大狼を持ち上げた。
僕の隣にいるおじさん達が一斉に歓声をあげる。
中には口笛をヒューヒュー吹いてはやし立てる人もいた。
荷車に置かれた大狼を、依頼主とその他の船員達一同で村へ押して帰る。
僕たちはその後を付いて行った。
宿屋に泊まる金がないのを聞くと、僕たちは船着場から少し離れた船員達の簡易寮に招待された。
簡易寮とはいえ、寝床は同じだがシャワー室もついている。
ぞろぞろ付いてきた船員達は明日も早いそうで、日付が変わる頃になったら酒場を出て、ここに寝泊りする予定だったらしい。
けれど僕達に気を遣って、それぞれ自分達の家に帰ってしまった。
寮にあるものは勝手に使っていいと言われた。
僕とライフの意見は一致し、ルイーガが最初にシャワーを浴びる事になった。
返り血は既に乾いて彼の体に張り付いている状態だ。
頭の上にめぐらされているロープにかかっている数枚のバスタオルの中から1枚取ってルイーガに渡すと、急ぐこともなく彼はシャワー室へと歩いて行った。
寮は階段を上って2階にある。
1階は事務所になっていて、今は誰もいない。
外見は古臭く見えたが、中に入れば色々改装してあってフローリングも綺麗だし、水色の壁もあまり汚れが目立たない。
けれど洗面台や台所は山積みの食器やコップ、歯ブラシや髭剃り道具が散乱していてとてもじゃないが使う気にもなれなかった。
シャワー室の扉が閉まり、しばらくしてシャワーの音が聞こえる。
ライフと何か話そうか考えていたけれど、うまい事タイミングが掴めない。
シャワーの音と、床に水がビタビタと落ちる音が部屋に響き渡っていた。
一隅に置かれた布団を見つけ、皮手袋を外してから僕はそれを広げてみた。
親父くさい匂いはせず、日中干していたのか良い匂いがする。
良く見ると他の布団も全て同じ折り方で畳まれていて、誰かがきちんとお世話してくれているようだ。
3人分敷布団を広げ終わり、鎧を外してから端に敷いた1つに倒れこむ。
柔らかくて気持ち良い。
体も鎧を外したから幾分か軽くなった。
いつの間にか瞼が閉じていて、意識が消えかけそうな時にライフの声で目を開けた。
「人間って意外と面白いのね。」
布団から頭を上げて彼女を見る。
勿論僕に話しかけていたので、目が自然と合った。
頭が回っていなかったから僕は普通に受け答えが出来た。
「君の街にはいなかったの?」
「いないわ。皆いつも無表情で、あんまり笑わないもの。」
「・・・それって、君の前だけじゃなくて?」
「どういう意味。」
そう言った彼女の顔も無表情で、何を考えているか分からない。
あまり感情を顔に出さない類の子かと思っていたけれど、この話の流れからそうではないらしい。
光の道を見つけて初めて会った時、あんなに険しい顔をしていたのは余程中に入られたくなかったんだろう。
「些細な事で大きな声だしたり、笑ったりして、あんた達も大変ね。」
ライフは軽く溜息をついて、僕と反対側の端の布団へ横になる。
僕の視界に彼女の背中が入った。
「でも君だって、よく笑うじゃないか。」
「ルイーガがよく笑うから伝染ったのかもね。」
彼の名前が出てきてふと疑問に思っていた事が頭に浮かんだ。
「恋人なの?」
「は?」
物凄い勢いで僕に向きを変えて睨みつけてきた。
「えっと・・・君とルイーガが・・・。」
「そんな事ある訳ないでしょ。勝手に思い違いしないで。」
思い違いというのは間違えて思い込む事であって、僕がしたわけではない。
だってルイーガの口から聞いたのだから。
"あの女は俺のもん"って・・・そういう事じゃないのか?
「ご、ごめん・・・なさい。」
「別に謝らなくてもいいわ。」
ライフは再度僕へ背を向けた。
それから少し経つとシャワーの音が消えて、ルイーガが扉を開けた。
「待たせたな、次はどっちが入るんだ。」
「ライフが先でいいよ。」
僕がそう言うと、ライフは起き上がってロープに吊るされたバスタオルの1つを持ってシャワー室へと入って行った。