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ブロンド美女に見つかった

「ふふ、なんでという顔ね」


 私の視線に応えて、金髪美女さんはくすくすと楽しそうに肩を揺らした。それに合わせて彼女の豪奢なブロンドが揺れる。ひとしきり笑い終えると今度は柔らかい微笑みを浮かべて、彼女が私の方を見た。


「大丈夫よ。あなたに激しい好き嫌いがあるからって、それをばらそうなんて思ってないから。それにね、気付いたのは私だからであって他の人は気付くはずないから安心して頂戴、ミレディ=アル=アーカレド伯爵令嬢?」

「え、なんで私の名前を…」


 このお方とは初対面のはず。だってこんな派手な美女と一度でも会っていたとしたら忘れるはずがないもの。

 そんな疑問を読み取ったかのように、彼女が答えた。


「レッドゴールドの美しい髪を持つご令嬢。あなたのマナーは完璧だって、巷ではちょっとした評判なのよ?」

「……………え」


 まあ待て。いろいろ言いたいことはあるのだけど、今彼女が言ったこと何一つ私知らないぞ。まず私の髪は確かに赤みがかった金色だけれど、目の前の派手な純粋ブロンドを前にしては美しいなんてとても言えたもんじゃない。そのうえ確かに私は壮絶な偏食矯正とマナー特訓を経てある程度のことは身に付けてきたつもりだけど、そんな噂なんて社交界に出て3年、一度だって聞いたことないわよ。

 そんな疑いが顔に出てしまっていたのだろうか、彼女が再び片眉を上げて口を開いた。


「あら。私、嘘はついていないわよ?」

「え、ええ……あの、でもなんでその…」


 私が偏食家だってことが分かったのですか?という問いは口にせずとも伝わったようだった。


「言ったでしょう、あなたのソレよ」


 そう言って彼女が視線で指し示すのは、私が手に持つ金縁の平たい取り皿。


「あなたの好み、まるでそっくりそのまま私の弟よ。あなたと同じ大の偏食家の、ね」


 本日の社交パーティーは立食形式である。中央の馬鹿みたいに縦長のテーブルに所狭しと並んだ料理を、それぞれが好きに自分のお皿へと誘っていく。つまり今日、私はいつもみたいに我慢してくそまずい食べ物を口に押し込める必要はないってことなのよ!

 当然、今手にしている金縁の取り皿には、大好きな肉料理をはじめ自分の好きな具材だけを選り好んで盛った私による私だけのスペシャルカスタマイズディナーが慎ましくその存在を主張していた。

 ちなみに栄養バランスなどくそくらえと思っているその特別メニューのいろどりはすこぶる最悪である。こんなラインナップを作れる人間がいるとしたら、それはきっと私ほど好き嫌いが激しい人間かよほどの馬鹿舌かのどちらかでしょうね。

 残念なことに、前者だという金髪美女さんの弟君には心からの同情をしてあげようと思う。何と言われようとその苦しみは誰よりも私が痛いほど知っているから。


「それは…弟さんも大変でしょうね。分かりますわ」


 と言っても、正直このときの私の気持ちは”お気の毒様”という同情、ただそれ1つだけ。それ以上でもそれ以下でもなかった。つまりはまったくの他人事。とりあえず礼儀上そう口にしただけだった。だからその直後、彼女の纏う空気がその風貌にふさわしい本来の鋭いものに変わったことに、私はすぐには気付かなかった。


「…そう、そうよ。大変なのよ」

「え?ええ…そうでしょうね。私も、ここまでくるまでに苦労しましたもの…」

「でも、あなたはそれを克服した。そうよね?」

「ま、まあ社交界で粗相をしない程度には…」

「ッ決まりよ!!ちょっとこっちにいらっしゃい!!」

「!?」


 みなさん、もうおわかりでしょう。そう。この日この時、この瞬間が私、ミレディ=アル=アーカレド、すべての運の尽きだったのよ。いえ、この瞬間というよりもむしろもっと前…言うなればアーカレド伯爵領が財政難に見舞われたその瞬間から、こうなることは決まっていたとも言えるわね。

 彼女――エリス=フォン=ド=エルドリア王太子妃殿下(これを知った時には文字通りひっくり返りそうになった)は畏れ多くも私にそのお役目をお申し付けくださった。

 いわく、傾きかけた生家に後ろ盾が欲しくば、弟の食育指導係としてその偏食を矯正させるように――と。

 旧姓、エリス=フォン=ド=ルーティス侯爵家令嬢。

 まぎれもなく、あの美しき紳士の皮をかぶったエセ貴族――エドヴァン=フォン=ド=ルーティス侯爵の実の姉上であった。




****




「ああ…せめてエドヴァン様がお噂通りの誠実でお優しい紳士であれば良かったのに。本性がこんなだなんて知りたくもなかったわ…」

「おいコラ。こんなとはなんだ、こんなとは。聞こえてんだよ」

「あら失礼、声に出しているつもりはなかったのですが」

「おまえ…相変わらず白々しい女だな」


じとっとした視線を投げていたエドヴァン様だったが、結局私の態度が改まらないのを知ると一つだけ小さくため息をついて諦めてしまったようだ。

毎度毎度思うけど、この人こんなでも一応泣く子も黙る侯爵家のご当主様でしょう?その気になれば私の家なんて赤子の手をひねるくらい簡単に潰してしまえるくせに、どうして何もしないのだろう。エドヴァン様の偏食矯正指導係になってからというもの、自分でも普通なら考えられないくらいの無礼を働いている自覚があるのだが、なかなかどうしてこの男はただの一度もその地位を振りかざして私を黙らせるようなことをしたことがない。

そんなだからついつい私も自分の立場というものを忘れてエドヴァン様に軽口を叩いてしまうのである。

 

「まったく…なんて可愛げのない女だ。姉上もとんでもない奴を連れてきてくれたな」

「はいはい悪かったですね。どうせ私はあなた方姉弟のような美貌もなければ可愛げだってないですよ。文句があるなら暇を出して下ってもかまいませんわ」


そう。ちょうどこんなふうにね。


「そこまでは言ってないだろうが。なんでおまえは毎度毎度そう捻くれた捉え方ばかりする」


エドヴァン様がむっとした様子で形の良い眉を顰められた。


「別に捻くれているつもりなどありません。事実を述べているだけです」

「はぁ…あのな、たしかに最初は姉上が勝手におまえに目をつけて始まったことだが、これでも俺はおまえのこと認めてんだぞ」

「……」

「おまえは今まで俺の好き嫌いをなくそうとしてやって来たどの能無し共とも違うからな。期待してるってことだ」


言いながら、エドヴァン様は少し呆れたような視線を私に流してよこした。どこか気だるげなその緑の瞳は、外面ばかり爽やかなみんな大好きルーティス侯爵なら絶対にしないような目だ。そのくせ元々の美貌と相まってそれが妙に余計な色気を醸し出しているから厄介で、不覚にもドキッとさせられた私は思わず顔を背けた。


「そ、そうですか!それなら無駄話なんてやめて早く今日の訓練に戻りましょう。冷めてしまいますよ」

「こんなモンは冷めようがどうなろうがくそまずいことに変わりはないだろ」

「まあ…それはそうですけど」


 本日の対エドヴァン様特別メニューはいたってシンプル、「温野菜」。そう、無駄に大きなお皿の端っこ、主にメインのおまけとしてこっそり、しかしかなりの高確率で居座っているアレである。今はルーティス家お抱えの優秀なシェフによってエドヴァン様仕様になったそれは、小さなお皿のど真ん中に数種類しゃれた配置で盛り付けられていた。

 はい、今「たかがそんなもの」と思ったそこのあなた!違うのよ、私たちのようなとんでもない偏食家にとってはたかがそんなもの」が死活問題になりうるのよ!!

例えば人参!あれは何なの!?茹でられたことによってさらにその人参臭さをパワーアップさせて口に含む前から挫けさせるような臭いを振りまく!かろうじてそれを乗り越えたかと思えばひと噛みしただけであの中途半端な柔らかさと謎の甘みが襲い掛かってくる!ああなんて忌まわしい!!


「おい、全部口に出てるぞ」

「!そ、それは失礼しました…」

「まあいいけど。…しかしまあ、つくづく食べ物の好みに関しては意見が合うよな。今の人参に対する意見なんてまったくもってその通りだ」


 言いながらエドヴァン様は見る人が見れば美味しそうと思うのだろうオレンジ色の物体をちょいちょいとフォークでつつき回した。眉をしかめながらのその行為は到底いつもの隙ない侯爵様とは程遠く、こんなとんでもないマナー違反をもしも社交界で見せようものならどれだけの人が卒倒するのかしらと密かに思った。


「こんなものを進んで食べようとする奴らの気が知れない」

「気持ちは分かりますがエドヴァン様、遊んでないでさっさと食べてください。不自然にならないギリギリまで小さくカットしたら、口に入れる前に息を止める。奥歯で噛むとますます味が広がってしまいますから前歯で2、3回噛んで無理やり丸のみ。基本の手順はいつもと同じです。この前はなんとかなったじゃないですか」

「先週は魚の酢漬けだっただろ。基本は同じって言ってもやっぱ温野菜となるとよくわかないな。ってことでミレディ。おまえ、手本として一度食ってみろ。ほら、俺が切り分けてやるから」


 この男、私に食べさせて自分のノルマをごまかす気満々じゃないのよ!…ああもう、人参ぶっ刺したフォークを私の方に突きだしてこないでってば!


「エドヴァン様!いい加減になさってください!」

「なんだよ。俺はただ手本を見せてもらおうとしてるだけだろう?」

「何を見え透いたことを!」


 ああ!この男に見初められることを夢見てやまない王都中の貴族令嬢にこの有様を見せてやりたいわ!嫌いな野菜を食べたくないあまりよりにもよって4つも年下の令嬢に押し付けようとするこの有様を!


「ほら。はやく食えよ。まさかおまえ、自分ができもしないくせに俺に指導しているなんて言わないよな」

「できますよ!できますけどこれは違うでしょ!!」

「どう違うのか、俺には良く分からないなあ~」


 にやにやしながら依然としてフォークを差し出してくるエドヴァン様だったが、これはもう完全に遊んでいるとしか思えない。くそう、毎度毎度この人は!だいたい何だかんだ言って先週の魚の酢漬けだって結局は私が半分以上食べさせられたじゃないの!私だって好きじゃないのに!あれはエドヴァン様ほど苦手じゃなかったから仕方なく食べたけど!

 もう今日という今日は絶対に折れてやらないんだから。


「エドヴァン様!いつまでもそんなずる賢い手が通じると思ったら大間違いですよ!」

「ずる賢い?なんのことだか分からないな」

 

 白々しくすっとぼけてられるのも今のうちなんだから。

 私はエドヴァン様がぐいぐい突きつけてくるフォークを押し返して言い放った。


「エリス様に言いつけますよ?」

「…はっ!?」


 それまでエドヴァン様のお顔に浮かんでいた意地悪い笑みが瞬時に引っ込んだ。

 地位も高けりゃ頭も切れる。引く手あまたの麗しき青年侯爵エドヴァン=フォン=ド=ルーティスという一見天下無敵に思われるそんな彼にだって、弱点くらい存在するのだ。


「おま…っ、今姉上は関係ないだろう」

「い~え、関係あります。エリス様にはエドヴァン様に関して困ったことがあればいつでも言うようにと仰せつかっておりますから!」


 いつでも余裕顔の彼にしては珍しく、苦虫を噛み潰したようにその顔が顰められた。


「ちっ…姉上も余計なことを…」

「あらエド。わたくしがどうかしたかしら?」

「――……っ!?!?」


 2人して勢いよく振り返った先にはエドヴァン様とよく似た派手なブロンド美女。にっこり弧を描くその唇に、赤い口紅がよく映えていた。


「姉上…!?いつからここに!?」

「たった今よ。部屋の扉くらいきちんと閉めておきなさいな」

「エリス様!お久しぶりでございます」

「ミレディ、久しぶりね。エドが世話になっているわ」


 エリス様はそうおっしゃってにっこりほほ笑むと、今度はその琥珀色の瞳をすっと細めてエドヴァン様の方へ視線を向けた。


「それで?エド。さっきのアレは、いったいどういうことかしら…?」


 そう言うエリス様の視線はがっつり私に向けられたフォークと、まったく減っていない温野菜の盛り合わせに向けられていた。




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