ファミレスは社会勉強のようです。
「さて、定例会だ」
「輔ぼっちゃん」
「なんだ、幸野」
「なんで敢えてここなんです?」
幸野が店内をぐるりと見回してから、また正面にいる俺に視線を戻して、こてんと首を傾げた。
「しゃ、社会勉強もかねてだ」
ここ、と形容されたこの場所はファミレスである。ちなみにこのファミレスは有数の全国チェーンで、移動手段が車であれば、車も走ればファミレスに当たると言われるほどすぐに看板が見つかる。
ちなみに看板メニューはハンバーグだ。
「社会勉強と仰られても、先日来たばかりじゃないですか」
「い、一度で勉強になるわけないだろう!」
「そうなんですか」
「そうだ!」
「なに頼むんですか」
「ハンバーグとグリルチキンと残念な厚さのステーキセットだな!」
メニューをみて絞りに絞り切ったメニューを告げれば、幸野はうろんな目をする。
「単純にここに来たかったと素直に言ったらどうです、ぼっちゃん」
「な、そんなわけないだろう! 俺は庶民の気持ちを理解しようとしてだな!」
「ぴんぽーん」
「おい、勝手に店員を呼ぶな!」
声付きで幸野がボタンを押す。
まったく俺の話を聞いてない。断じて、断じて俺はここに来たかったのではないからな!
別にちょっと唐揚げも食べたいとか思ってないからな!
「あ、注文お願いします」
現れた店員に幸野がメニューを指差しながら、注文をし始める。
その姿に少し溜飲が下がった。なんだかんだいっても、彼女は優秀な俺の従者である。
こうして、何も言わずとも俺の意思を汲み取り、気を利かせて……
「シーザーサラダとハンバーグセットのパン、珈琲にスペシャルお子様ランチとオレンジジュースで」
「は?」
「あぁ珈琲は食後でお願いします」
俺がぽかん、と口を開けている間に店員は幸野が告げたメニューを繰り返してから下がる。
淡々とメニューを片付けている幸野に、声をかける。
「ゆ、幸野……」
「なんです、ぼっちゃん」
「この際、俺の注文をことごとく無視したのは一旦置いておくとして、お前、お子様ランチが食べたかったの、か……?」
「? いいえ」
「ですよね! 確実にそれ俺のだよな! ふざけんなちくしょう!」
俺がお子様ランチだと! 壱ノ宮家が嫡子の輔様がお子様ランチだと!
「お前、ふざけ」
「でも、ほら、ぼっちゃん、これならハンバーグもチキンもステーキも載ってますから」
「え、あ、ほんとだ」
「いいですねー豪華ですねー嬉しいですかー?」
「やったー豪華だー……とでもやると思うか‼︎」
「ぼっちゃんって案外ノリがいいですよね」
お冷を飲みながら、幸野がぼんやりとした目で俺を見る。本当にこいつは一度、教育し直した方がいいのかもしれない。
「そもそもぼっちゃんはまだ小学校低学年なんですから、それらしいもの食べててくださいよ」
「世間の小学生と俺を一緒にするな‼︎」
そう、俺はまだこの世に生を受けて7年足らずだが、この心はもう既に大人と大差ない。
九九だってもうできるんだからな!
「大人は肉ばかり3皿も食べようとしません。ちゃんと野菜と量を考えてください」
「う、うるさい! 心を読むな!」
「すみません、顔に書いてあったもので」
「〜〜っ‼︎」
本当にこいつは!
主人の俺の顔を立てるということを覚えないな!
幸野は大抵、他の奴らと違って全然俺の言うことを聞かない。この前は駄菓子屋で一万円分買おうとしたら、幸野が会計をして戻って来た時には千円分になっていた。他にもフードコートの時や、バス停の時にも……言い訳ではないがこれらはれっきとした社会勉強だ。
「でも、ぼっちゃん。デザート食べたいんでしょう?」
「は?」
ふいに向けられた言葉に思わず、目が点になる。
ほら、と幸野が指を指したのは窓の外に揺れる『マンゴーフェア』の旗。
「この前、こっそりチラシ見て始まる日付、確認してましたよね」
「そ、それはお前の見間違いじゃないか⁉︎」
「そうですか? 確かぼっちゃんが25日の午後8時43分、就寝前、ベットの隅でこそこそ見てたと思うんですけど。今日、マンゴーフェア初日ですし」
「……」
「あんなに食べたら楽しみにしてたデザートを美味しく食べられなくなりますよ」
淡々と告げられた言葉に少し混乱した。
先を続けようとした幸野を少し待てと手で制して、状況を整理する。
つまり、幸野は俺がデザートを食べたいことを見越して、量を調節してくれたわけで。
俺のことを考えてそうしてくれたわけで。
「ぼっちゃん」
こてんと、不可解そうに首を傾げる幸野に見えないように笑う。
こうやってわかりにくい気遣いをするから、すぐに気づけない俺はいつもこの不意打ちに弱い。
純粋に嬉しくなる。たったこれだけのことで、嬉しくなる自分はなんて単純で滑稽だ。
「でも、残念。外れだ、幸野」
「?」
「お前がこの前に言ったんだぞ」
ふふん、と少し胸を張ってしまうのは読みの強い幸野の上を行けたからだろう。
「この前とは、ここに先日来た時ですか?」
「あぁ、その時お前ポツリと言ったろ。今年のマンゴーフェアまだかなぁってな!」
「なんでそこでドヤ顔なんですか、ぼっちゃん」
「え、マンゴー食べたかったんだろ」
「……」
黙る幸野に肩透かしを食らった気分になる。
でも、確かに彼女は前回言ったのだ。『今年のマンゴーフェアまだかなぁ』と。この俺の記憶力に間違いはない。
ない、はずだ。
今度は幸野がさっきの俺のように待ったを申し出る。
「状況を確認させてください。つまり、ぼっちゃんは私がマンゴーを食べたがっていると思って、下調べ済みでここに来たんですか?」
珍しく幸野が困ったような顔をして俺を見る。
俺は俺で、無敵の計画を論破されたようで、もう色々と泣きたかった。
「そうだよ、お前、今日は誕生日だろ」
「……これ、誕生日会だったんですか」
「だって、去年に大々的にやろうとしたら本気で怒るし、宝石とかやろうとしても逃げるし、なになら喜ぶとか全然わからないし」
だから、渡りに船だと思ったのだ。マンゴーが好きというのは初耳だったが、これで誕生日を祝えると思った。
「だから、今年はマンゴーパフェとか奢ろうかと思ってだな」
「奢るって、それ坊ちゃんのお金ではないでしょう」
微かに呆れを含んだそれに、もう一度だけ気持ちが浮上する。
「それがだな、今回の俺は一味違うぞ! ちゃんと、俺の金で奢ってやろう」
「…………まさか、部屋に溢れていたあの花、内職でしたか」
「俺が同じことを2度も指摘される馬鹿だと思うなよ! ただし600円以内な!」
そう言ってびしっと指差す。ここ何日かちまちま花を作って、換金してもらえばそれは2枚の硬貨にしかならなくて、なんだこれと思ったのは言わないでおく。本当は株で儲けようとしていた、とも言わないでおく。
あと、地味にあの単調な作業は辛い。思い出して、思わずぐったりする。そして、やっぱり幸野は知っているあたりさすがだ。
「あの花で600円ということは単価があの値段だから……」
ぶつぶつと呟く幸野をしばらく放っておけば、食事が運ばれてきた。フォークとナイフを取り上げて、声をかければ、幸野は弾かれたように顔を上げる。
「坊ちゃん、」
「なんだ」
「その、ありがとうございます。私のこと考えてくださって」
「まぁ、幸野は俺の第一のお付きだからな」
「私、柄にもなくちょっと感動してます。あの我儘で俺様で成金思考の坊ちゃんが、文句を言いながらもちまちま花を作って、でも六百円しか稼げなくて、こそこそベッドの隅でチラシを見てそわそわして、完全にサプライズとか企んでたんでしょうに、自分で誤爆して」
「ストップゥウ!」
早口でべらべら概要を語る幸野に頭を抱える。
こいつ感動してない、完全に感動してない。俺のこと馬鹿だと思ってる!
「あと坊ちゃん」
「なんだよ……もう、なんなんだよ……」
「お子様ランチにナイフもフォークもいりませんよ」
「……」
「どうぞ?」
にっこりして差し出されたのは三又スプーンで、屈辱に震えながら俺はそれを受け取ったのだった。
文句を言いつつも、坊ちゃんがお子様ランチを食べる姿に年相応の子供らしさを見て少し安心する。
ただ、三又スプーンでありながら作法が完璧なあたりがさすが、うちの坊ちゃんである。
口元にケチャップがついて、ほどよく頭が弱い子のように見えたので後で大旦那さまに見せるために写真を撮っておく。
もちろん、シャッターを押した時に数秒固まった坊ちゃんが、その後に火を吹くドラゴンのごとく怒り出したのは知らないふりをしておく。
「それ、で、だな」
お互いに食事が片付き始めると、ふいに坊ちゃんが口を開いた。
「600円以内なら俺の金で奢ってやれるわけだが、」
珍しく歯切れの悪い言い方。普段の横暴さからは考えられないその様子に少しだけ笑みが零れる。
「なら、マンゴースペシャルパフェがいいです」
慌ててメニューを確認しようとする坊ちゃんに今度は声を出して笑ってしまう。
「大丈夫、594円ですよ」
「……ギリギリだな」
「ギリギリですね」
「わざとか」
「いえ」
くすくすと笑うと、坊ちゃんが小さくため息をつく。それでも、その後ほっとしたように笑うから、私はひとつ秘密にする。
マンゴーが好きなのは、マンゴーフェアに目がない私の弟だということ。
そらみみプロジェクト その6『主従』