イケメンに告白されたけどメイド修行中
ここから連載番新規です。
メイド服を受け取りに、ホイホイとアオイ先輩の家を訪れた土曜日の昼下がり。
いや、本当何で来ちゃったんだろうね俺。メイド服を人質に取られたからだ。……どんな状況だよ!?
「いらっしゃい古雅くん。待ってたわよ」
「ようこそおいでくださいました」
何やらめかしこみ、笑顔で俺を迎えるアオイ先輩と、どこか冷たい雰囲気の黒髪おかっぱなメイドさん。
しかし目の前に建つのは家ではなかった。
「……大きいですね」
これは家じゃ無い。屋敷だ。
しかも「欧米か!?」とつっこみたくなるような西洋建築物だよ。日本美人なアオイ先輩にはあんま似合わないよ。
……いや、日本屋敷にメイドが居ても似合わないけれども。
「それでお嬢様。不届きにも遊びにメイド服を用いようと画策しているのは、こちらの変態で間違いありませんね?」
「うわーお、毒舌ぅ」
第一印象通り、冷たい視線をくれながら言い放つメイドさん。
遊び半分なのは否定しないけど、いきなり変態呼ばわりとはどういう了見だ。
「あろうことか、男性不審に陥ったお嬢様を女装で懐柔するとは……!」
「いや、向こうが勝手に釣れたんですけど」
俺は餌を蒔くどころか、針に餌をつけた覚えすらない。
そして変態呼ばわりに納得。女装はやっぱり理解を得るのが難しいね。慣れてるけど。
「もう、三枝。今の古雅くんはお客様なんだから。失礼をしちゃ駄目でしょう?」
「……失礼いたしました。私は九重家のメイド長を勤めさせていただいております、三枝ユキと申します」
アオイ先輩に注意され、敵意をひっこめると頭を下げる三枝さん。
さすがプロ。即座にスイッチを切り替えた。相変わらず視線は冷たいけど、多分この人はそれがデフォルトなんだろう。
「では、ご案内します変態」
訂正。プロ根性を凌駕する勢いで嫌われているだけでした。
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突然だが、俺は女装というものにそれなりにプライドを持っている。
化粧とか服とか髪とか、細かい努力は割愛するが、それなりに手間隙をかけて女装をやっているのだ。
そこまでやっていると、プライドも出る。言わば俺の女装姿は長年の努力の結晶だ。故に女装をするならば、俺は全力をもって女になりきる――!
「……お待たせしましたお嬢様」
メイド服に着替え、薄く化粧を施し、灰色の巻き髪のついたウィッグをかぶった私は、三枝さんに連れられてアオイ先輩の部屋へとやって来た。
三枝さんのもそうだが、メイド服はよくあるミニスカの邪道ではなく、きっちり丈が長い正道のものだ。まあ本業の人のだから当然だけど。
「あら……あらあらあらあらあら!」
そしてメイド姿の私を見るなり、一時硬直すると突然立ち上がるアオイ先輩。目を輝かせ、夢遊病者のような足取りで距離をつめてくる。
「可愛い! 可愛いわ古雅くん! この間のロリータファッションもお人形さんみたいで可愛かったけど、メイド服も清楚な感じがぐっと来るわ!」
そう言うとがばりと背後から抱きつき、頬ずりしてくるアオイ先輩。ウィッグがずれるから程ほどにして欲しい。
しかし思えばアオイ先輩は、男性不審を公言しながら男の姿の俺に抱きついていたのだ。女の格好をしている私相手では、これまで以上にスキンシップ過剰になるのも仕方ないのだろう。
「……どうしたの古雅くん? いつもならもう少し抵抗するのに」
されるがままになっていた私を不審に思ったのか、アオイ先輩が頬ずりを止めて聞いてくる。
「今の私はメイドですから。主のなさる事に抵抗はいたしません」
今の私は主に仕えるメイドという仮面をかぶっている。故にアオイ先輩のやることに一々反応したりしないのだ。
「……じゃあこのままベッドに」
「つれこむな!?」
腰に抱きついてずりずりと引っ張るアオイ先輩に全力で抵抗する。
ごめんなさい。やっぱり無理でした。
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冗談かと思っていたが、メイド修行は本当にやるらしい。まず俺がメイドの何たるかを学び、後日クラスメートに指南するとか。
……何で男の俺にやらせるんだよ!?
「では、メイド喫茶なるものを催すと聞いておりますので、まずはあちらの方をお客様と想定して給仕を行いましょう」
「やあ」
「出たなホモ」
三枝さんに案内されてやって来た客間には、足を組んで優雅に座る彩月先輩。
本当様になってるなこの野郎。イケメンは計算なしで何やっても許されるから嫌いだ。
「古雅さん。常に笑顔で居る必要はありませんが、嫌悪などの感情は顔に出さないようにしましょう」
「……はい」
普段から女の子を演じているので演技はお手の物なのだが、どうしても生理的嫌悪が抑えきれず迸ってしまうらしい。
というかメイド服に着替えてから優しいですね三枝さん。もしかしてアオイ先輩と同類なんですか三枝さん。
「ではお茶を出しましょう。お茶一つとっても入室の時点から作法があり……」
三枝さんのお茶だし口座をふんふんと聞く。これは別にメイドさんじゃなくても知ってて損はなさそうだ。
「お出しする時は右から、カップの持ち手が見えるように置きます。ではやってみてください」
「分かりました」
お茶は三枝さんがいれてくれたので、それを彩月先輩の前のテーブルへと持っていく。
「失礼します」
零さないように注意しながら、しかし遅くなりすぎないよう丁寧にお茶を置く。
「ふふ。震えてるね。緊張してるのかい」
しかしお茶を出した手を引っ込める前に、彩月先輩に左手を取られた。
「……(殴っていいですか?)」
「……(駄目です)」
三枝さんとアイコンタクト。駄目ですかそうですか。まあメイドさんがお客さん殴っちゃいけませんよね。
「おっと手が滑った」
「きゃっ!?」
三枝さんと目で話していたら、突然左手を引っ張られて彩月先輩の膝の上に突っ伏す形になる。
悲鳴が女の子みたいなのは仕方ない。私は女装している時は軽く自己暗示がかかっているので、咄嗟の仕種すら女の子のそれになってしまうのだ。
「ああもう、なんて可愛いんだ。このままうちに連れて帰って雇いたいくらいだよ」
「……(パチキかましていいですか?)」
「……(駄目です)」
人の背中を撫でながら頭がわいた発言をしているイケメン(ホモ)は置いといて、再び三枝さんとアイコンタクトをするものの提案は却下された。
いや、もうここまで来たら、メイドにも反抗の権利があると思うんですが。
「ふう……もう我慢がきかないからここで……」
「調子にのんな!?」
人が抵抗しないのを良いことに、スカートの中に手を入れてまさぐってくる変態。
思いっきり頭を振り上げて頭突きかました俺は悪くない。
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「……」
「だ、大丈夫古雅くん?」
場所は戻ってアオイ先輩の部屋。私はメイド姿のまま、部屋の片隅で体育座りをしていた。
いくらなんでもスカートの中をまさぐられたのはショッキングすぎた。何度も言うが、私は女装している時は自分は女だという意識が強いのだ。
だから涙だってでる。だって女の子だもん。
「……うう~」
「……!?」
涙目で声にならない声をあげていると、それを見ていたアオイ先輩が何やら悶絶し始める。
「っ……予想以上の破壊力だわ。よくやった……じゃなくて、よくもやったわねマサト!」
そして咆哮。怒りに混じって何やら邪念が飛び出した気がするが、今の私に気にする余裕は無い。
「三枝! あの色情魔を去勢するわよ!」
「かしこまりました」
「かしこまるの!?」
恐ろしい発言に、私の仮面が剥がれて俺がつっこみをいれた。
それはマズイ。いくらなんでも切り落とすのは可哀相だ。タコの足じゃ無いんだから、また生えたりしないんだぞ!?
「タコの足(触手)とは意味深な比喩ですね」
「どういう深読みだよ!?」
「あら、でも三本目の足って言うわよね?」
「止めて!? アオイ先輩はそういう事言わないで!?」
ちょっとおかしな所が徐々に露見しているが、それでもアオイ先輩は憧れの生徒会長なのだ。
頼むからこれ以上俺の幻想をぶっ壊さないでください。
「……そういえば去勢すると男性ホルモンの分泌が止まるのよね?」
ふと思い出したとばかりに、アオイ先輩がそんな事を言う。
ボーイソプラノを維持するために去勢をする例もかつてはあったし、それは事実なのだろうが。
「……それって成長期前にやるもんですよね?」
「万が一の可能性を摘む。これって大事なことよね」
そう言いながらジリジリと近寄ってくるアオイ先輩と三枝さん。
何やら手をわきわきとさせているのが危機感を煽る。
……去勢はされなくても間違いなく俺の尊厳を踏みにじる何かをされる!?
「……お邪魔しました!」
逃走。これ以上ここに居ては危険だと判断し、メイド服のまま屋敷の廊下を駆け抜ける。
「追うわよ三枝!」
「はい!」
しかしここは雑巾がけ400メートル走とか余裕でできそうな無駄にでかいお屋敷。しかも相手は屋敷の中を知り尽くした主従。
結果先回りされまくり、俺は屋敷の中を走り回る羽目になる。
「……どうしてこうなった!?」
三度目の叫びは屋敷の中を反響して消えていった。