昔々
最初に会ったときに何を話したかなんて覚えてない。普通に挨拶をしたのか、怯えてそれすらもできなかったのか。
覚えていないのは幼すぎたのもあるが、印象に残るような出会いでも無かったというのが大きいだろう。
しかし俺にとっては理不尽で不安しか無かった本家入りは、一人っ子だった彼女には嬉しくて仕方がなかったらしい。
弟ができたと喜び、歳一つどころか数ヶ月しか生まれが違わないのにお姉さん風を吹かせていた。
まあそれでも、当時の俺は素直というかお馬鹿というか、ノリにノリまくってるユミコさんになつきまくっていた。
両親に牽制されたせいで、本家夫婦が俺の扱いに苦慮し遠慮しまくっていたのも拍車をかけた。俺の周囲には、無条件な愛というものがユミコさんの与えてくれるそれしか無かったのだ。
今思えば、立派なシスコンだった。
稽古が終われば真っ先にユミコさんに報告に行き、暇があればユミコさんの後ろを付いて回り、風呂にも当然のように一緒に入っていた。
そのまま俺が跡取りになっていれば、その依存にも問題は無かったのかもしれない。
いや、問題が起きるのは目に見えていたが、少なくとも子供のうちは問題は表面化しないはずだった。
「……妹だったら良かったのに」
ある日ユミコさんがポツリと呟いた。
今ならその意味が理解できるが、当時十二歳だった俺は呆れるほどに暢気で阿呆だった。
「そうか。ユミコさんは妹が欲しいのか」と納得し、女装してユミコさんの部屋に突撃した。
今でこそ完全無欠な女装子である私だが、初めての女装はさすがに上手くいかなかった。顔は無駄に白く、口紅は曲がり、カツラをかぶる発想すらなく髪はそのまま。
結果ユミコさん大爆笑。ユミコさんが笑ってくれたと当初の目的忘れて大喜びな俺。
今にしてみると過去の自分の阿呆っぷりに涙が出てくる。本当、何であんなに阿呆だったんだろう自分。
だけど阿呆は阿呆なりに幸せだった。
ユミコさんと一緒に居られるのが嬉しかった。
色気付き始めた頃には、ユミコさんとずっと一緒に居るには結婚するのが一番ではないかと思い、養子ではなく婿養子になろうと密かに決意したりしていた。
俺は限りなく阿呆だった。
少し注意すれば、周囲の空気の変化に、何より本家夫婦の変化に気づけたはずなのだから。
本家夫婦に男子が生まれたのは、それからすぐの事だった。