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悪い知らせ

 シリアスは最初で最後だと言ったな。あれは嘘だ。

 胃が誰かに捕まれたみたいに縮んでひきつった。

 全身が糸を抜かれた人形みたいに頼りなくて、気をはってないと折れて落ちそうだ。

 それくらい、俺は目の前の彼女を見ただけで、自分を見失っていた。


「……なんて格好をしてるのリョウ」

「っ……」


 冷たい声で、蔑むように言われて、ひきつった声が漏れそうになる。

 実際にはそんなことはない。彼女は呆れているだけで、悪意なんて無いに違いない。

 だけど、それでも。

 恐怖にまみれた俺にとっては、彼女の全てが己を糾弾する刃でしか無かった。


「あら、知り合いかしら古雅くん?」


 不意に、包み込むように誰かが俺を後ろから抱きしめていた。


「……アオイ先輩?」

「良ければ紹介してくれないかしら?」


 いつもみたいに、アオイ先輩が俺を抱きしめている。

 いや、その抱擁はいつものような絡み付くものではなく、慈愛に満ちたもの。

 きっと俺の異変に気付き、周囲にそれと悟られないように落ち着かせてくれたのだろう。

 本当に、この人には敵わない。


「え、と、……この人は」


 なら落ち着かないと。アオイ先輩の心遣いに応えないと。

 大丈夫。俺が育んだ「私」という仮面は、どんな逆境にだって耐えられる。


「私の……幼馴染みになるのでしょうか。名前は高市ユミコさん。私より一つ歳上ですから、アオイ先輩と同学年ですね」

「へぇ、幼馴染み。よろしく高市さん。私は古雅くんの前に生徒会長を務めていた九重アオイです」


 満面の、しかしどこか威圧感満載な笑みで右手を差し出すアオイ先輩。

 さすが先輩。僅かな時間で、私とユミコさんの間に流れる微妙な空気の正体を看破し敵認定したらしい。


「よろしく。私はリョウの姉のようなものです。リョウがお世話になっているようで……」


 対して冷静に切り返しつつも、臆することなく挑戦的な視線をアオイ先輩に向けるユミコさん。

 何これ恐い。自分を巡って女子二人が火花散らしてんのに嬉しくない。むしろ逃げたい。


「えー……席へご案内します」


 とりあえずこの二人を引き離そう。

 逃げではない。これは未来への前進だ。



「……リョウ。私は真面目な話をしたいのだけど」


 注文されたお茶をだし、何か用があるんだろうなと察し対面に座った私に、ユミコさんは蔑むような目を向けてきた。

 いや、呆れてるだけなんだろうけど。


「着替えている暇もないので。それに突然押しかけてきたのはそちらでしょう」


 私の抗弁に、ユミコさんは驚いたような顔をした。他人行儀な私に驚いたのかそれとも……。

 まあ普段の「俺」なら、とてもユミコさんに反論などできなかっただろう。仮面である「私」だからこそ、ユミコさんと対峙できている。

 だからふざけていると思われても、女装をやめるわけにはいかない。それではまともにユミコさんと話ができなくなる。


「まあいいわ。今回は知らせたいことがあるだけだし」

「知らせたいこと?」

「弟が死んだわ」


 あっさりと、この場の空気など知ったことかとばかりに、ユミコさんはあまりに重い知らせを告げた。


「……こんな場所で、さらりと言うことですか?」

「やっぱり知らなかったのね。もう三ヶ月も前の話よ。今さら気を遣う話でもないわ」


 どうやら私は親戚の死を四十九日が過ぎても知らなかったらしい。

 まあ、状況を省みれば悪いのは私では無いのだろうけど。


「……御愁傷様です」


 そんな言葉しか出なかった。いや、むしろ自分の人生を狂わせた元凶が死んだというのに、何も感じない私は冷静なのか薄情なのか。

 どちらにせよ――。


「死んだ弟くんには悪いですが、ざまあみろとしか私には言えませんね」

「……」


 偽らざる俺の本音に、ユミコさんは悲しげに目を伏せた。


「……お話がお済みなら失礼します。他のお客様の接待もありますので」

「……ええ」


 最後まで他人行儀な私に、ユミコさんは傷付いたように顔を曇らせた。

 それに満足し、すぐに自己嫌悪して吐きそうになった。


 落ち着け。悪いのはユミコさんでも弟くんでもない。元凶は弟くんでも、悪いのは周囲の大人たちだった。

 例えユミコさんに思うところがあっても、彼女を傷付けて満足するのは、ただの自己満足だ。


 そう自分を納得させると、私は逃げるようにユミコさんから離れた。


「おかえり古雅くん」


 そして私を迎えたのは、慈母の笑みを浮かべるアオイ先輩。

 なにも聞こうとしないその態度に安堵して、だけど話を聞いてほしいという思いにかられた。

 ああ、ユミコさんを拒絶しといてなんて様だろう。


 結局俺は今も昔も、誰かに依存しなければ自分を支えることすらできなかったのだ。


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