龍を狩る二人の獣
月の綺麗な夜だ。
幻想的なまでに、蠱惑的なまでに、妖しい夜だ。
そんな幻想郷には、必ずと言っていいほどに何かが現れる。
何か――人を喰らい、闇を喰らう怪物。異形のそれを、人々は恐れと軽蔑を込めて、〝害悪〟と呼ぶ。
そして、俺が戦っているのはそんな〝害悪〟、その中でも一際強大な化け物、神格化すらされた存在、龍。
〝悪祓い〟――その高ランクに属する〝龍斬党〟、それが俺の所属だ。
「いけるか、相棒」
「黙れ」
相変わらずいけすかない野郎だ。左二の腕に治癒魔術を施しながら、傍らの相棒は悪態をついていた。銀の長髪、その下の白い美貌には苦痛による歪みと赤い血痕が添えられていた。
俺達は、建物の角に二人でしゃがみこんでいる。
建物の向こう側には、地を揺るがす重低音。圧倒的な破壊力を持った龍の闊歩の音。
「どうする……今回のは強烈だ。策でも練っとくか?」
「馬鹿も休み休み言え。貴様はそれだから情弱なんだ」
「酷いなあ」
相棒の暴言には慣れているが、今日はとくによく切れる。依頼とは例のヤツが違っていたからだ。
何の変哲もない、普通の龍退治――まあ、龍を殺すこと自体普通じゃないからこの言い方はおかしいんだが――のはずだった。敵も普通なら、場所も普通。いつも俺や相棒他、?龍斬党?になら達成できるはずのミッションだった――が。
どうやら、俺と相棒は罠に嵌められてしまったらしい。
その黒幕は恐らく、龍保護団体。しかもこれほどの龍を出してくるとは、かなり大物の団体だろう。
龍保護団体とは、その名の通り龍を守るために存在する奴らだ。?害悪?でありながらそのような奴らがいるのは、他でもない、龍そのものが秘める力と格によるものだ。街一つなど容易く焼き払うレベルがごまんといるのだ。それを神の力だと崇める者が現れるのも、無理はないだろう。
だが俺にはそんなこと関係ない。
俺にとってはただの敵だ。
「仲間も異変に気付くころだろう。それまで時間稼ぎでもするか」
傍らの相棒に問いかけるが、返事はない。一定の間隔で訪れる地面を踏み鳴らす音を聞きながら前方を睨んでいた。
相棒の名は、テレーゼ・ライオット。欧州の出の、まだ若い女だ。若いといっても同い年なのだけど。
白銀と見紛うばかりに輝かしい銀髪。瞳は見る者をぞっとさせる冷たさを備えた美しさ。その美貌は、女性の少ない?龍斬党?の中でも一際異彩を放っている。
ただ、口の悪さと一匹狼の性格から、寄り付く男は(女も)殆どいない。
「ふざけるな」
その彼女が、ようやく口を開いた。どうやら俺の話は聞いていたらしい。
おもむろにテレーゼは立ち上がる。その左隣に立てかけてあった両刃剣に手をかけた。
「このまま負けるのは癪だ。あいつは――私が、私と貴様がぶち殺さないと。帰るに帰れない。それに――」
テレーゼは、俺を見下ろしながら、その表情に笑みを加えた。
「その方が楽しいに決まってる」
その笑みは、凄惨な笑みだ。見る者をぞっとさせる、魔性の笑みだ。
俺は、それを見ながら……溜息を吐いた。
「……ですよねー」
こいつの性格は熟知してる。散々振り回された結果だ。
そして、こいつがそう言い出すのも当然だと思っていた。
「じゃあ、さっさと倒すか」
俺も立ち上がりながら、腰の武器に手をかける。それを鞘から抜き取った。
東洋の――俺の故郷に伝わる伝統の武器。その大業物の名は、〝月光〟。
「同時に出るぞ」
「了解。役割はいつも通り?」
「そうだ。いつも通り――無策だ」
あっそ、と呟いて、また一つ溜息。横を窺うと、テレーゼはまるでこれから起こることが楽しいことであるかのように口元をにやつかせていた。
「準備はいいか?」
「そちらこそ」
俺の左拳と、テレーゼの右拳がかち合う。俺達なりの握手。……さて、これから先は激しい死闘だ。敵は大物。こちらは二人。どっちが死ぬかも分からない。勝敗が決するのか見当もつかない。だが、勝負とは、龍狩りとはそういうものだ。どっちかが死に、どっちかが生きる。それは戦いのみならず、生きていくうえで幾らでもあることだ。この世界に。血の絶えないこの世界には。
さあ、さあさあさあさあお立会い。
「いざ、刃上に――――」
「――――勝負と、いこうか」
建物の角から二人同時に飛び出る。龍はそれに気付いた。
俺は、疾走しながら右手の刀の刀身に左手を添える。刀身に左手を滑らすと、左手が通った所から光が溢れ出る。赤い、赤い光――俺の属性の、魔装。
人には生まれながらに属性というものがある。それが魔力と呼ばれるものだ。それは放ったときの色や効果によって区分される。そして、その魔力を武器に込める行為が、魔装だ。
〝害悪〟を倒すために、先人達は魔力を発見し、それを応用して武器とすることを考え付いた。生き残るために、守るために。
そして、俺の魔装は、炎を主軸とした、風が副属性の赤。
全てを焼き尽くす、灼熱吹き荒れる嵐の――紅蓮色。
刀身全てが赤く染まり、左手はその場所を変える。腰の右側に手を伸ばし、二つ目の武器を引き抜く。それは銃だ。大振りのハンドガン。
それにも、赤い光が灯る。
俺が迂回しながら魔装を展開しているとき、既にテレーゼは戦闘を開始していた。
持っていた両刃剣はその様相を変え、巨大な剣となっていた。片刃の、二メートルはあろうかという分厚く身広な剣だ。斧のような反りを持った剣身が龍の鱗を削った。だが致命傷には程遠い。
テレーゼの属性は、氷の青。彼女の容貌に相応しい、全てを凍てつかせる氷河の如き群青色。
俺は左手のハンドガンの銃口を龍に定め、トリガーを引いた。赤い、血のようなマズルフラッシュ。
龍の左前足が閃く。薙ぎ払うように、弾丸が吹き飛ばされた。
俺達が対峙しているこの龍――タイプは四足双翼の地龍種だ。太い足や胴体、巨大な一対の翼が放つ覇気。頭部はトカゲに近い。
体長は四十メートルはあろうかという巨体だ。
まさに怪物と呼ぶに相応しい威容を前に、俺とテレーゼはたった二人で挑んでいる。殺すか死ぬか。絶望的な状況を前に、アドレナリンが大量放出される。何だかんだ言って、俺もテレーゼと同類なのだ。
戦いに意義を見出せない奴は、戦場で最も早く散っていった。
再び引き金を引く。今度は龍本体に向けてではなく、その足元だ。放った四発の弾丸が地面に爆ぜ、爆炎を生みだした。
ハンドガンを腰にしまい、魔装刀を両手に構え、突進する。
刀を包んでいた赤い光が、段々と剥がされていく。そして出てきたのは、元の刀身とは違う――その二倍はあろうかという長い刀身だった。柄も二倍ほどになる。
斬馬刀。〝害悪〟を断ち切るために俺が選んだ、魔装の形だ。
〝月光〟は、魔装を施さない状態でも十分に切れる武器だ。だが、それでも?害悪?を切ることは出来ない。俺の魔装は刀の切れ味を生かすに最適な能力だった。
刀を触媒とし、さらなる力を誇る刀を生み出す。
そのための〝月光〟。
長大な斬馬刀を引きずるように疾駆しながら、テレーゼを窺った。
龍は俺が向かっているのに気付いているが、対抗は出来なかった。何故なら、件のテレーゼがその背上で大剣を振り回しているからだ。龍の鱗は一枚一枚が大の男の拳ほどの大きさだ。それを地道に削りながら、乱舞するように奔る。
龍にとっては大したダメージではない。だが、自分の思い通りにならない蝿が見過ごせないのだろう。
龍は四足を地に踏みしめ、巨大な双翼をはためかせた。僅かに宙を浮いて後退しながら、テレーゼの痩身を吹き飛ばした。
テレーゼは空中で体勢を変え、左手を閃かせた。俺のハンドガンと同じような、テレーゼ独自の副兵装。それは、鎖のブレスレットとリングを触媒とした魔装鎖だ。テレーゼの意思を通じて動く、自由自在の縛鎖は、一直線に龍へと向かった。
鎖の先端からは青い光。それが触れた龍の体には、氷柱が突き立っていた。氷に特化したテレーゼの魔装は、攻防共に優れた、応用のしがいもあるいい能力だ。
龍の体を支点に、ブランコのように鎖を扱って再び龍に接近していく。俺はその隣だ。
「どう切り崩す?」
「どう……か。とりあえず、普通に攻撃しとこう」
テレーゼの問いに明確に答えられない。戦うと決意したのはいいものの、勝てるかどうかはまた別の問題なのだ。
二人揃って疾駆する。龍は勿論その好機を見逃さない。巨大な口腔を開け、その奥の真っ暗な闇を覗かせた。間もなくその闇の中に、真紅が灯る。
四足を踏みしめ、口内のそれを放つ。放射上に広がり迫るそれは、龍の象徴の一つ、街を焼き尽くす業火。俺とテレーゼは左右に弾け跳ぶ。
炎を噴き荒らした直後の龍は隙だらけだ。斬馬刀を振るい、前足を攻撃する。硬い。鱗が数枚剥がれて、僅かな鮮血を散らした。
勢いをとどめることなく、その前足を踏み台として跳ぶ。
背中に着地――しようとするが、不可能だった。翼がはためき、豪風を発生させた。空中の俺は、それを避けることが出来ない。風に吹かれながら、苦し紛れにハンドガンを数発放ちながら後退する。
龍のもう片方の側面では、テレーゼが大剣を振るい同じように前足を傷つけていた。そして背中は狙わず、そのまま前進する。そこにあるのは、腹部だ。
龍は総じて腹が弱点だ。特に地龍は。そこだけが唯一、鱗に覆われていない場所でもある。
分厚く長大な刃を天に向け、そのまま突っ込む――
無論、龍だって自分の弱点が腹であることなんて知っている。だからこそ、飛ぼうと両翼に力を込めるのだが、それを見逃す俺ではない。
左手のハンドガンを構える。自分の体の奥底に滾っているマグマのような紅を、イメージする。弾丸として、トリガーとして、銃そのものとして。想像し――創造する。
「煉獄の番犬――狙撃」
次の瞬間、ハンドガンを、俺の左腕を包んだのは紅蓮のボディをしたスナイパーライフルだ。長い銃身の先には、中に収まりきらない炎がちらついている。ずっしりとした感触――だが、照準は不思議と狂わない。左目をサイトに合わせずとも、何を狙っているのかがはっきりと分かる。
左半身を前へ。左腕はまっすぐと伸ばし、ライフルと一体化したかのような直線を描く。右手の斬馬刀は後ろ側で地面に突き刺していた。照準が合わせられてしっかりと撃つことが出来たとしても、その後、遥かな威力を誇る銃弾によって俺の体が吹っ飛ばされてしまう。それを防ぐための支えだ。
俺の魔装、火の紅蓮が持つ特徴は、その爆発力だ。力を溜め続け、一撃の下に敵を葬る、至上の一手。
「――喰らいやがれ」
トリガーを、引く。
このライフルが放つ弾丸は、俺の魔装によって練られた炎だ。銃身を通り抜け、閃光の代わりに火炎を煌かせながら。
龍の、目を。
光速の紅蓮が、射抜く。
――轟亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜ァァァァ……
長く糸を曳いた龍の雄たけび。
俺の体は数メートル後ろに後退されていた。恐るべき反動。斬馬刀を地面から抜きながら、ハンドガンへと戻った銃を腰に戻す。
龍の頭部右半分を、炎が覆っていた。恐らく右目はつぶした。そして、本来の狙いだった龍をその場にとどめることも出来たようだ。
テレーゼが龍の腹部を切り裂きながら足元を走り去る。その破滅的な音声が、俺の耳にまで届く。硬い皮膚を無理矢理切り裂く音が。
龍の腹部を横一文字に切り裂いたテレーゼは、凄惨な笑みを添えたまま、こちらへ走ってきた。
腹からは膨大な量の鮮血がとめどなく溢れ出ている。さながら滝のようだ。
龍の雄たけびは止まらない。そしてその質が、痛みに耐えるものから怒りを表すものに変わってきた。
「来るぞ……ッ」
間髪いれず、龍の口腔から火炎が放たれる。寸分たがわず俺たちを狙う。前進してその火の粉を掠めながら、龍の下を目指す。
気付けば、龍の出血はもう止まっていた。腹部の皮膚は既に再生し、何とか血が溢れるのを防いでいるようだった。
恐るべき回復速度。これも龍の特徴のひとつだ。有り余る体力に加えこの回復力があるから、並大抵の悪祓いは龍を狩ることすら出来ない。
こいつらを殺せるだけの火力は、普通の人間にはない。
だからこそ、人間たちは徒党を組んで、武器を使って害悪を滅する。
「まあ、俺たちは出来るんだけどな……狩ることがッ!」
「朱蘭、決めるぞ」
テレーゼが、俺の名を呼ぶ。銀髪をたなびかせ疾駆する彼女の得物は、深い青の色を湛えていた。それは、魔装を解放させる準備に他ならない。
次で決める。
「ああ」
意識を集中。自分の武器に、魂を込める。
視界が極端に狭くなって、目の前の龍しか見えない。
長大な斬馬刀は、紅の光を帯び始める。より大きな力で、敵を滅ぼすために。
強大に過ぎる龍を少人数で倒す方法――それは、龍を一撃で葬れるレベルの攻撃をぶち込むこと。回復する暇もなく。一瞬の内にケリをつけること。
俺とテレーゼ、二匹の野獣が龍に迫る。
今までの攻撃で、この龍の大体の能力は掴めた。愚鈍な地龍種らしい、単調な炎の攻撃。挙動からしても、やはり図体がでかいだけの龍だ。そしてひたすら鱗と皮膚が硬い。
しかしやはり生物というべきなのか、目が弱い。
そして傷ついた右目は再生していない。つまり、その奥への攻撃はさらに容易になった。
「はあああぁぁぁ――」
腹の底から漏れる気合の叫び。龍に接触。
赤く滾る刀を、左前足に突き刺した。いくら鱗は硬いといえど、触れる部分の少ない突きであれば、その隙間を縫っていける。しっかりと突き刺さったのを感じて、即座に命じる。
爆ぜよ、と。
瞬間、刀身から放たれる、周囲を吹き飛ばす爆発。蒸発した血肉と鱗を吹き飛ばしながら、龍の前足が弾けた。
まさに、抉り取るように。
龍の前足の中身がむき出しになる。
それと同時に、テレーゼは副兵装の魔装鎖を使って右前足を掬った。龍は両前足を攻撃され、バランスを崩し前のめりになる。
左を崩したからとはいえど、巨大な龍の体のバランスを崩すとは、とんでもない膂力だ。さすがテレーゼ、と心の中で褒めておく。
前のめりになると当然、首は前方に倒れてくる。
俺はすかさず、ハンドガンと取り出す。そして、創造。
紅蓮の装甲が銃を包む。先ほどの狙撃銃とは違うフォルム――違う能力。
正方形に並んだ四つの大き目の銃口。長めの銃身。弾丸はそれぞれの銃身に一弾ずつの、計四弾。
拡散する小弾をばら撒く、散弾銃。
「煉獄の番犬――斉射!」
狙うのは首もと。付け根を狙って、まず一発。下から狙っている分鱗は少ない。大量の血肉が弾け飛ぶ。少し着地点をずらしてもう一発。
さらにもう一発。
最後にもう一発。
間髪いれず放たれた四発の銃弾。その中にある小弾は、数え切れない。
そして、その小弾も普通ではない。俺の力で作り出された――炎の魔装を組み込まれた、爆破する小弾。いくら龍でもひとたまりもない。
ぐらついて倒れようとする龍の東部に、さらにテレーゼが容赦ない追撃をかける。
一足に飛び上がり、その途中で龍の首を叩き降ろした。そのせいで龍の首は自然な落下から仕組まれた墜落へと変わり、地面に叩きつけられる。
一方テレーゼは更に上へと飛んでいた。
「これで終わりだ」
装甲が解除されたハンドガンを、懐にしまう時間も惜しいと傍らに投げ捨てる。
輝きを失わない刀を、構える。
ひゅっ――という、鋭い息と一緒に。
神速の斬線が、眼前の空間に刻まれる。
眼前の空間――龍の頭部。
赤く神々しくも輝く焔を湛えて、その刃は奔る。硬質な鱗に守られた頭部は、いとも容易く切り裂かれる。刃の軌道に炎も合わさって。
もはや悲鳴をあげさせもしない。
頭の大部分を傷つけ、脳までもその傷は届いたはずだ。
力を失った龍、その動向を見守りながら、俺はゆっくりと後退する。右手に携えた刀は、元の月光の姿に戻っていた。
龍の巨体が崩れ落ちる轟音。地震かと間違うほどに揺れる。地面は龍を中心に放射状のひびを生じていた。
俺は――黙って、それを見つめていた。
――と。
突然それは動き出した。損傷の激しい頭を揺りまわしながら、弱弱しくも威厳ある咆哮を上げながら、翼をはためかせた。
それは、龍の最後のあがきだ。
放っておいてもじきにこいつは死ぬ。それでも、龍としての、生き物としての頂点のプライドが、ただ死ぬことを許しはしないのだ。
龍だから。
だが――
「無駄だ」
無慈悲な一撃。
上空高くに飛び上がっていたテレーゼが、落下とともにその大剣を突き立てた。龍の眉間を正確に射抜いて、そのまま勢いは止まらず地面へと縫いとめる。
先ほどの轟音にも引けをとらぬ大音声。
脳天から喉元までを貫通され、龍はなす術もなく息絶える。問答無用に、最後にあがくことさえも許さず。正確無比な一撃が、一瞬にして葬る。
プライドなんか、知ったこっちゃないとばかりに。
「終わりだな」
激しい流血を伴いながら、命を奪った大剣を引き抜くテレーゼ。その顔面には、笑顔が張り付いていた。自分より遥かに大きく、強い相手を葬った、勝者の笑みだ。
凄惨で凄絶な笑み。
見るものを震え上がらせ――どうしようもなく興奮させる笑み。
「ああ……そうだな」
血溜りの中を意にも介さず歩いてくる。血臭がひどい。俺も人のことは言えないはずだが。
「さっさとシャワー浴びたい」
「一緒に入るか」
「死んでもごめんだ」
そんな、軽い会話の応酬をしながら、俺とテレーゼは歩いた。
遠い先に、人影が見える。
「やっと増援のお出ましか? もう終わっちまったっての」
ハンドガンを拾いながら、ぼやく。
「来なくても十分だったがな」
テレーゼは魔装を解いて普通に戻った剣を納めながら、薄く笑った。
俺もこいつも、すっかり戦闘時の緊張からは解き放たれていた。
増援らしき人影は、どんどん近づいてきている。
だが――様子がおかしい?
何やら、ひどく慌てているような。
それを見て、心中穏やかでないものを感じる。言葉では言い表せないような、不安。
「大変です!」
と、走ってきた男たちは叫んだ。
「どうした?」
「じ、実は……」
近くまで走り寄ってきて、ひざに手をついて息を整えている。荒い息のまま、続けた。
「この近くに、また、龍が……!」
「……まじかよ」「……ほう」
不安は当たっていたようだった。出来れば当たっていてほしくなかった、不安が。
「俺ら、今終わったばかりだぞ」
「ですが、少人数で龍を狩れる人があなた方くらいしか集められないのです!」
どうやらこの男、増援ではなく龍斬党の非戦闘員らしい。よく見ればまだ若い。
「どういうことだ」
「……現在、四ヶ所で大型龍が、三ヶ所で人間と小型龍の混成部隊が現れ、交戦中です」
「っ……何だよそれ」
何かが起きている。この街で。
「――いいじゃないか、別に」
「テレーゼ?」
「仕方ないだろ。それに――」
傍らのテレーゼは、舌でぺろりと唇を舐めながら、
「面白い。龍の連続討伐」
凄絶な笑みを零すのだった。
「……はあ」
また、テレーゼの戦闘狂が出てきた。
こうなると、俺も付き合うしかない、か。
「場所は?」
「こ、ここから西に十キロです!」
「了解」
どこか遠くから、龍の咆哮が聞こえた。空気を震わせながら、その存在を誇示するように。
「――さて、やりにいくか」
「さすが私の相棒だ。それでこそ」
「うるさいな。早く走れ」
そうして、俺とテレーゼは並んで足を踏み出した。
久しぶりの投稿となります。
戦闘描写の練習として、書きたいものを書いてみました。自分の伝えたいものにぴったりの描写をつけるのって、難しいですよね。
情景を思い浮かべられるような文章が書けるよう精進します。