空を飛ぶ神
阿刀田さんとか筒井さんの短編みたいに、オチのある小説が書きたくてたまらないのですが、遜色あるのは当然といたしまして、この短編では子供の描写に努めた積りです。
こんな夢を見た。
それは、デジタル表示の腕時計だった。最新式だった。
5文字なら、漢字、平仮名、いずれの表示も可能のようだ。
突然、ピピッ!見ると、表示に『お前は神だ』と出た。
誰かのイタズラかと思ってると、『ほんまだす』と来た。
わしが神なら、この文字を出しているのは、神の神か?わしはイエスみたいなもので、湖水の上も歩けりゃ、樽の水をワインにかえることもできるんじゃろか?
嬉しくなってきた。 ワインの飲み放題ができる。次の瞬間、『あきまへん』
ええい、朗報なんか悪いニュースなんか判らんではないか。それに神は関西人かいな。とにかくサプライズなことには違いなかろうが‥‥
ピピッ!『人助けせな』
わしゃ還暦が間近の白髪の自由業。ふと髪をさわってみると急に長くなっておるではないか。大急ぎで鏡を見た。すごい。わしゃ神になってしもうた。
わしゃ博多は中央区、唐人町、ひと呼んで「銀杏御殿」に住んでおる。周辺を銀杏の木に囲まれているんじゃよ。
人助けか‥‥。
とりあえずは自宅からタクシーに乗り、最も人助けのできそうなところに急ぐことにした。
「中洲は南新地にやってくれ」「へぃ」
背後から運転手を観察したが、特にかわった様子もなく、時計もモノを言わぬ。
新地で降りた。夜には間があり、人影も少ない。
大昔はT国の名で呼んでいたが、ヘルス街と言わなくてはならんらしい。
大金が飛んでいくんやろうし、いっそ、ヘルズ街と言うたらどうなんやろとラチもないことを呟くうちにその街の玄関口にある橋の上にいた。ここじゃ、ここじゃ。
その橋は、牛若丸と弁慶が対峙したという橋に欄干から何までよく似ててのう。そりゃ縮小版じゃろうが、架けたハナはおそらく深紅に塗られていたんじゃろう。
なんでそこが人助けに関係あるかって?
わしがうんと若い頃、ここで血と涙の惨劇を目撃してのう。
あれは秋の夕刻じゃった。
浅い川じゃが、小さな青いサカナが跳ねとった。よう覚えちょる。鈍い夕陽がサカナの白い腹にキラキラ映えてのう‥‥。
で、その風俗ヘルス店からいきなり二人の男が血相変えて飛び出てきよったわ。
二人とも包丁もってのう、殺し合いじゃった。
刺された男はドサッと倒れ、シャツも真っ赤じゃったし、道も黒く染まっていきよった。
人だかりもあったんじゃが、風俗嬢も2、3人出てきよってのう、全員が制服っちゅうんか、太ももも隠せないほどの短いネグリジェよ。ベビードールというんかいな、わしも若かったし、あんなにだらだら流れる血もはじめて見たし、お嬢さんの一人は、「もう、やめなよ」と声あげて泣きよってのう。
わしゃ単なる通りすがりの傍観者じゃったけど、おかしなもんで、彼女たちのすべすべの素足を見て興奮したことも昨日のことのように覚えちょる。
結局、見てるだけで何も行動できんかった悔しさも覚えちょる。
あれから何十年。ようやく再度、この橋に来たことになる。
時計が、『次に見る人』と告げた。
橋には小学校1年生らしい年ごろの男の子がいて、あの日のわしのように川面を見て、しかも泣いてごじゃった。
「どうした?何かあったか」「ママがここで働いてるってヒトの話で聞いたから来てみたら、お化け屋敷やったけん」「お化け屋敷かぁ、うまいことを言うのう。ちょっと違うとるが、ま、似たようなもんじゃな」「‥‥」
「やっぱり何か、お母さんがここいらで働いてるんは嫌か」「お岩さんみたいなんやってたらカッコ悪いし‥」「で、泣いていたんか」「それだけじゃ、ないけど‥」また大粒の涙が頬を伝わった。
この子にはこの子の悩みやら、つらいこともあり、まだ説明もつかんのじゃろうて。
時計には、『飛べる々る』と出た。飛べる飛べると読むんじゃろうか。全能の神も、おそるるに足らずかもしれんな。
「これから飛んでみるか、おじさんといっしょに」
瞬間涙が止まり、少年は澄んだ目で、うん、と、わしを見上げよった。「さ、わしの肩に手をやって、と」
橋の欄干に立ち、飛ぼうと念じたら、空高く舞い上がることができた。見る見る眼下、博多区の全景が小さくなっていく。素晴らしい夕暮れの景色だ。
那珂川を見下ろし、遠くに海が見えた。
「ほら、あれが玄海灘ったい。今日はちょっとばっかし荒れてるのう。ずっと後ろを見てみい、高い塔があるじゃろ。その横が福岡ドームたい。野球は好きかな?」「うん」
「向こうの山が背振山たい」
はたしてどこまで飛べるのか、いつまで飛べるのか、心配になってきた。時計を見ると『大阪までや』
「本州にも行ってみるか?」「うんっ」
少しは元気もでてきたようじゃ。 「ほら、あの大きな橋、関門橋じゃ。その下に関門トンネルが走っておる。新幹線には乗ったこと、あるんか?」「墓まいりで広島、行った」「関門トンネル、通ったじゃろ」「今は海の中だってママから聞いて、壁からおサカナ出てくる、思うた」「はは、いい話じゃ。今は広島上空じゃ、たくさんの小さな島が見えるじゃろ。きれいじゃな」「うん」
「ほうら、日本第二の都会、大阪やおへんか~」「ふふ」
「ついでに富士山も見るかい」「見たい、見たい」
ピピッ。『高度で稼げ』
「じゃ、ここから垂直に、うーん、垂直はわからんのう、もっともっと高くに飛んでいくな!」
わしゃ高度をひたすら上げていった。
ずっとずっと遠く、東の方向に、薄暗い、小指の先で隠せるほどの富士山が見えた。
「あれが富士山やなぁ、小さいなぁ、わかるかな?」「カタチでわかる」「ほう、お利口さんやな」
時計には『博多に戻れ』
「じゃ、ここいらでママのいる博多に帰ることにするか」「帰りたくないよぉ。もっと、もっと」「ダメじゃよ、わしにもできること、できんことあるけんね。わかるね」「しかたんなか」「わかってくれて嬉しかばい」
それからUターンして飛ぶこと数十分。ずっと背中でイビキをかいてごじゃった。宇部の近辺か、コンビナートの上空、暗やみの中、無数の松明が海面に反射し、綺麗だった。が、起こすのは止しておこう。よく寝てごじゃる。
松明に向かい、高度を下げたくもあったが、イカルスの前例もあるし、博多に急いだ。
振り出しの、欄干近くに着地した。
「ひとりでウチに帰ること、できるかな?」
上目遣いに、こっくりと頷く。
「よかった‥‥」「ねぇ、おじさんに、あとひとつお願いがあるんだけど」「何じゃ。言うてみな。できぬことはないはずじゃ」「ママ、家でも最近、よく泣いてるの」「ふむ」「今日、僕、おじさんとすごく楽しかった。富士山も見えたし」「そうじゃった、そうじゃった」「だから今度はママを連れてってよ」「おやすいご用じゃ、今からでもできるさ。じゃな」
子供の後ろ姿を追いながら、時計に目をやる。
『スチワデス』
欄干のすぐ近く、《客室乗務員に会える店、ANA2号店》にわしは急いだ。
店の玄関口に、オレンジ電球に照らされた立て看板。
《昇天するまでのサービス、絶対保証‥‥》
近々、もうちょっと綺麗にストンとしたオチのつく短編、投稿しますね‥