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北風と月

1.北風が来た


 寒い寒い冬の夜──。


 北風が月の所にやってきました。ついに復権への第一歩を踏み出すのです。大きくびゅうーと息を吸い込むと、


「おーい、月くーん、頼もーーーぅ!」


 呼ばれて現れた月の顔には、黒いベールが下りていました。


「あれ?! ごめん、寝てた?」


「起きてますよ。夜起きて昼に寝るのが月ですから。あぁ、そうか。このベールですね? 今日は新月、月に一度の公休ですよ。で、ご用件は?」


「え、あ、休みの日にごめん。えっと……」


 出鼻をくじかれた北風は迷いました。せっかくの休みに迷惑ですし、幸先が悪いから出直そうかと。

 でも、ここで戻ったらせっかくの決意が崩れて、もう来れないような気がしたのです。厳しい修行の日々の記憶が頭をよぎりました。

 北風はびゅうーびゅうーと深呼吸をして、気合いを入れ直します。

 

「月くん、僕と勝負をしてくれ!」



2.北風のその後


「──勝負、ですか? そういえば北風君は、ずいぶん前に太陽君と勝負してましたね?」


「そうか、月君も知ってるんだ……」


「ええ。というか、かなり有名ですよ。本にもなって世界中知らない人はいないぐらい」


「そうなんだよ。まったくもって酷い話さ!」

 北風はひゅうとため息をつきました。

「あれはただの遊び、ちょっとした勝負事じゃないか。なのにいつのまにか教訓がつけられてるんだ。人を動かすには無理やり力ずくではなくて、優しく接すれば自発的に動いてもらえる、みたいな。まるで太陽君が優しい理想の上司で、僕は敗れ去ったパワハラ上司みたいな印象操作さ……くそっ! あの勝負の後、熱中症で倒れた旅人をクールダウンしたのは僕だっつーの!」


「そうでしたか」

 月は静かに相槌を打ちます。

 

「そう、あれ以来僕は、友達の寒太郎君からは絶交を言い渡され、北風界の恥さらしとして生きてきた。そして人目を気にして引きこもってたのさ。でも、ある時気づいたんだ。僕がいない間に地球温暖化が進んで大変なことになってるって。だから決心したのさ。復活して悪評をひっくり返し、地球を救うんだって。これまで厳しい修行を重ねてきたんだ。だからもう負けない!」


 黒いベールに覆われて表情はわかりませんが、月は冷静な口調で答えました。


「それはずいぶんと大変な目にあいましたね。地球温暖化は関係ないでしょうけど。ま、いきなり太陽君にリベンジじゃなくて、修行の成果を私で試そうという慎重さは嫌いじゃないですよ。今日はやることもありませんし。いいでしょう。その勝負、受けて立ちましょう」



3.勝負


「──やっぱり、紅茶でも入れてきましょうか? 新月の夜は真っ暗で危ないですから。待ってても現れないと思うんですよ。旅人は」

 待ちくたびれた月がつぶやきました。


「もうちょっとだけ待って。月君、お願い。あと少しだけ……あ、あそこ、来た来た、旅人キターッ! しっかりマントにくるまってるよ」


「あー、来ちゃいましたか。花束抱えてますよ。行き先は恋人の所ですかね? 月夜の方がロマンチックなのに、よりによってこんな新月に……じゃ、北風君、始めましょうか。ルールは、あの旅人のマントを、先にではなく()()脱がせた方が勝ちでしたね? では、お先にどうぞ」


「じゃ、いくよ! うぉおおおーーーーっ!!!」

 北風は旅人に冷たい風を力一杯吹き付けます。旅人は突然の風と冷え込みに立ち止まり、ぶるぶる震えながらマントを身体に巻き付けると、地面に座り込んで体を丸めました。


「北風君、それでは太陽君の時と同じですよ?」


「ふっ、月君、見ていたまえ。ここから先が違うのさ。厳しい修行で身に着けた究極奥義。いくぞっ、究極の(アルティメット・)氷の風(アイス・ウインド)ーーーっ!!!!」


 マイナス30℃の冷気が旅人に向けて吹き下ろされました。

 すると、どうでしょう。体育座りで震えていた旅人が突然立ち上がると、マントを脱ぎ、その下の服も脱ぎ始めたのです。


「おっと、これ以上は旅人の命が危険だ」

 北風は風を止めました。我に返った旅人は、震えながら服やマントを身に着けます。

「どうだい? 旅人がマントを脱ぐまで2分12秒。これなら太陽君にも圧勝さ」


「なるほど。冬山の遭難で見られる「矛盾脱衣」ですね。人間は重度の低体温症の時に、体内に発生させた熱を暑いと錯覚して服を脱いでしまう、あれですね。いいじゃないですか。考えましたね。嫌いじゃないですよ」


「月君、ありがとう。これで自信が持てたよ。今日はお休みのところ悪かったね」


「……あの、勝負はまだ終わっていませんよ。私のターンが残っています」


「え?! やるの?」



4.決着


「はい。それぞれがチャレンジして早さを競う勝負ですから。構いませんよね?」


 黒いベールの向こうで月の表情はわかりませんが、口調からは悔しがっているのでも怒っているのでもなさそうです。でも、負けフラグが立ったような流れに一抹の不安を覚えながら、北風は答えました。


「もちろん、いいとも……」


「勝負の相手に私を選んだのは、月が温めることも冷やすこともできないから、勝算があってのことですよね? いいじゃないですか。そういう北風君の慎重に考えて行動するところ、私は好きですよ。ま、底抜けに明るくて前向きで何も考えない太陽君のキャラも、あれはあれでいいですけどね。

 私も退屈しのぎで勝負を受けたので、自分のターンはどちらでもよかったのですが、さっき旅人の身体をみたらワンチャンあるかなっていうか、勝負の神様が最後までちゃんとやれって言っているような気がして。確証はないんですが、やってみますね」


 月は顔にかけていた黒いベールをめくり上げました。


「奥義、大きな満月(スーパームーン)!」


 突然明るくなった夜空を見上げ、旅人が声をあげました。


『な、なぜ満月が?! 今日は新月のはずじゃ、うががががーーーっ!』


 旅人はマントも服も脱ぎ捨てて裸になると、みるみるうちに全身に体毛が伸びてきました。


「やっぱり、狼男だったのですね。新月の夜にデートは変だと思ったんですよ。おっと、もうやめないとせっかくの夜デートが台無しですね」


 月がベールを下ろすと、再び辺りは暗闇に包まれました。元の身体に戻った旅人は、不思議そうに首を傾げながら服を着ています。


「ご、57秒……負けた……これまでの厳しい修行が……」


 茫然自失の北風に、あわてて月が声をかけます。


「無駄にはなりませんよ。前哨戦に一喜一憂は不要です。負けても次に活かすことが重要なのです。太陽君は私の技を使えません。大丈夫、勝てますよ」


「そ、そうか、そうだよね。ありがとう。よし、きっちりリベンジしてくるよ」


「期待してます。あ、私にもリベンジしたかったらいつでもどうぞ。待ってますから」


 その後、北風は太陽にリベンジを果たして評判を回復すると、月との再戦に向けて策を練るのですが、そのお話はまたの機会に。


(了)


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